第22話:うちの集落に出会いとか別れはない

 俺って割と年中怪我とかしてたのね。妹とか従妹と魔術の訓練してたら生傷? だって絶えないし、猪とか鹿だってまあ生きてるからただ命を差し出すだけの存在じゃないのよ。

 だからさーなんてゆーのかなー、もしかして俺って都会の人と比べて『危ない』の基準がちょっとズレてんのかなーなんて思うんだけどさぁ。

 山中さんどう思う?

 うわ、え、なに、服めくってどうしたの。


「傷跡がない」


 えっ、そりゃそうでしょ。治したんだから。学校で怪我したら保健室だし、病院とかでも治すでしょ? 俺行ったことないけど。


「そうだけど、怪我しないのが一番だよメイジくん。みんなそう思ってるんだよ。怪我なんてしたくないから、みんな危ないことを怖がってるんだよ。子供の危ないと大人の危ないでも違いはあるし、たぶんきっとそれは人それぞれなんじゃないかな」


 そっかぁ。人それぞれかーむずかしいなー。

 とーちゃんにも怪我させるのは良くないって言われてたからそれは守ってるんだけど、怪我しなくても危ないことは危ないよね。

 ありがと山中さん! 参考になった! あとお嫁さんになって!


「はいはい。どういたしまして。メイジくんの気が変わらなかったらね」




 何とか基地に忍び込んだ日から2週間が経った。カレンダーは1枚捲れて10月に。

 心配だった桐原さんはあの後しばらく落ち込んでたみたいだけど、ちょっと前にまた奥卵まで遊びに来てくれた。「中学生男子との交流を逃すわけには行きませんのでフヒヒ」とか言ってたけど、別に奥卵じゃなくても中学生男子なんていっぱいいると思う。いるよね?

 念動力の練習は続けるって言ってたから、これからも桐原さんとは念動力フレンド(マサヒロが使っていた言い回し)だ。ちなみに俺とマサヒロはソウルフレンドらしい。辞書で調べても意味はよく分からなかったけど、なんかかっこいいから使っていこう。

 ジョナサンさんとはあの後会えていない。村木さん伝手で元気に過ごしているとは聞いている。まだ日本に居るらしくて、そのうち会うこともあるかもしれないそうだ。


 といった事の顛末をタケシに話していくうち、今後の動画投稿についての話題になった。


「という訳だからさ、山中さんも言ってたし、危ない事を動画でするのは止めようと思ったんだよ」

「いいと思うよ。元の目的はスマホ買うことだったもんね。今だったらライブ配信一回やるだけで月の使用量なんてパスできるから、メイジくんの好きなようにやったらいいんじゃないかな。じゃあパルクール系の動画止めるの?」

「なんで? あれ別に危なくないじゃん」

「そういうとこだと思うよ」


 まじかよ。前に凸られ? た時にやった短距離転移みたいなことは危ないから止めようと思ってたんだが……。


「前から思ってたんだけど、あの転移ってそんなに危ないの? うちの部屋に転移陣書いてあるけど大丈夫? うち爆発しない? 流石に家を爆破したら僕怒られるんだけど」

「タケシんちはでかいから大丈夫だよ。失敗すると転移してきた人は首から下がポップコーンみたいに弾け飛ぶかもしれないけど」

「なにそれこわい。えっ、僕そんな危ない術で飛ばされてたの?」


 だからそういうのは止めようと思ったんだよ。まあそんな派手な失敗は俺も見たことがないけど。


「そっかぁ。じゃあコラボの案件が来てたんだけど断った方がいいかな」

「へーそんなの来てたんだ」

「そりゃそうだよ。登録者数2000万人のUtuberと絡みたい人なんていくらでもいるもの」


 2000万か……2000万っていくつなんだろうな……そりゃ2000万なんだろうけど。


「ちなみにどんな話だったの?」

「ウイングスーツを使った動画撮影の話だよ。メイジくんだったら落ちても平気かと思って、谷の間を飛ぶ難度の高い奴に挑戦してもらおうかなと」

「ウイングスーツってなに?」

「そうだよね、分からないよね」


 動画を見せてもらいながら説明を受けたところによると、ムササビみたいな特別な服を着て、空を滑空するらしい。何それすげー面白そう。


「メイジくんムササビは知ってるの?」

「そりゃ知ってるよ。あの首切ってくる奴でしょ」

「えっ」

「えっ」


 ムササビは……首を狙ってこない……? じゃあどうやって生き残るんだあの生き物。


「まあそれは今度聞くよ。配信のネタにしよう。それでどうする? これ受けてみる?」

「んー、いつも通学で崖から飛び降りてはいるから、最悪落ちても何とでもなるんだろうけど、さすがに俺も空を飛んだことはないからな」

「へー意外。空飛んだことないんだ」

「ゆっくり落ちることはできるけど、飛び立ったりするのは俺は出来ないな」

「メイジくん。普通の人はゆっくり落ちることもできないんだよ」


 ジョナサンさんとか村木さんと対策課の人たちでも出来るんじゃない。あ、それが普通じゃないのね。それはそうかも。


「じゃあ今度それやってみるか。楽しそうだし。やる時は休みの日にしてね」

「うん。元からそのつもり。じゃあやる方向で伝えておくね」


 おーよ。じゃあ俺そろそろ帰る。また明日なー。




 暑かった頃と比べると日が傾くのは早くなったように思う。そういやもう魔術で気温の調整しなくても過ごしやすくなってるな。4月に都会に出てきてからもう半年も経つのかぁ。俺も都会に順応してきたなぁ。前までは一生あの山の中のうちで暮らすものだと思ってたけど、今じゃそんなこと考えられないよ。

 行き帰りの道もすっかり慣れた。4月は毎回気合入れてたけど、今じゃすっかりルーチンワーク(かっこいい)になってるぜ。

 ん?

 なんだか覚えのある感覚。なんだっけ、誰だっけこれ。

 気になって周囲を見回してみると、湖畔の方を望むベンチに白い頭の女の人が居た。


「げ」


 しまった声出しちゃった。あれ、何とか基地に居ためちゃくちゃ強い念動力者の人じゃん。なんでこんなところに居るんだ?

 しかも声に気づいてこっち向いちゃった。

 いや、冷静になれ。あの時俺は狐の面を被っていた。だからあれが俺だとバレるはずがない。つまり俺は何もなかったかのようにふつーに、ふつーに歩き出せばいいんだ。


 ――。


 むぇ、なんか無害な念動力の波が飛んできた。え、何これもしかしてなんか試された? 俺今どうした? 反応しちゃった? いや、いいからウォーキングだ。歩いて立ち去れば何事も上手くいく!

 ガシッと肩をつかまれる感覚。ぐるんっと視界の向きが変わり目の前にピンクの瞳がずいと迫ってきた。なんかめっちゃ検分されてる。


「ミツケタ」

「ふぼっ!?」


 なんか柔らかいものに包まれる感覚。

 えっ、なに? あの体勢からこの感触ってこれおっぱい? えっ、でっか、えっ、あ、そういやあの人なんかとんでもない格好してたけどすげーおっぱいでっかかったよな。今はなんていうだっけこれ、パンツルック? って奴でかっこいいとおもうよ。えっ、あれ、今俺抱きしめられてる? 何? なになになに? なにこれ?


「クル。マタ」


 そして唐突に解放されたかと思うと、女の人は去っていった。

 えっ……なに……? なんだったの……? くる、またってまた来るってコト!? それより俺大人の女の人に抱きしめられた……? ごめん山中さん、俺、山中さん以外の人に抱きしめられちゃった……。

 坂の下に姿が消えるまで白い女の人、アンジェラなんとかさんの姿をぼーぜんと立ちすくみながら見送る。


 拝啓おとーちゃん。

 都会に通うようになってから色んな事が起きて、都会での友達はまた増えました。出会った一人とは会いにくくなってしまいましたが、またきっと会えると信じてます。

 そしてたった今、たぶん友達になれるかもしれない人とまた知り合えました。


 都会は凄い。俺一人では想像も出来ないような事を考え、想像も出来ないようなことをする人達が沢山いる。そんなことを思った、秋の夕暮れ。

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