第20話:長いお友達

 白昼堂々ってのは正にこのことなのかな。警備の兵隊さんが立ってる間を堂々と通り抜けて基地の中をひた走る。


『一昔前のゲームで透明化チートを使っているような気分だ』


 チート? がなんだか分からないけど、確かに人が多いところで隠蔽魔術を使うと変な気分になるかもしれない。


『場所はどうだ、問題ないか』

『追えてるよ。移動もしてない。あの建物の中だね』

『あのってのはどのだ』

『正面の奴』

『お前の正面がどれだか分からない。この術、改良の余地があるんじゃないのか』

『そういう用途じゃないだけだし! えーと、地面にE-14って書いてある建物』

『了解した。位置確認で物を置くぞ』


 突然地面に現れた10円玉。


『10円玉が出てきた。場所もそこであってるよ』

『建物自体に施錠はされていないようだな。扉を開けるから先導しろ。この術が掛かってる者同士でぶつかると急に身体が動かなくなったと感じて違和感がとてつもないな』

『もー文句ばっかり言ってー。うお、いきなり扉が開いた。じゃあ入るよ』

『それだけ成長の余地があるということだ。先導頼んだぞ』


 建物の中は悪の秘密組織とかそういう感じじゃなくて、本当に市役所とか学校の廊下みたいな普通の内装だった。

 さて反応は……三つ先の部屋だ。


『ついた。物を置くよ』

『ああ。確認した。施錠はされているみたいだが物理錠……よし開いた』

『おお。こういう物理的な鍵も魔術で開くんだ』

『念動力が使えるならより一層簡単なんじゃないか。要は鍵穴を満たして捻ればいい。蹴り飛ばすのが一番早いがな。物はどこだ?』


 まあそれはそう。反応は右手側の棚だけど……。


『セキュリティの薄さからして望みはなさそうだったが、ハズレか。次に行くぞ』


 ゾボラの弦が置いてあった場所は倉庫だった。連れてこられたときに所持品は全部取り上げられたのかな。

 そうなると次は直接探知するしかないんだけど、この方法は方向しか分からず距離が掴めないのが欠点だ。うーん、こういう魔術をもっと研究しておくべきだった。今言っても仕方ないのでとりあえず実行。


『二箇所に分かれてる。この場所から北と東、二つは離れた方向を指してるよ』

『静岡。E-14から北と東で拘留が可能な施設はあるか』

『留置所であれば南側の施設なので、恐らくマップには記載されていない施設か本来の用途とは異なる使用方法をされている可能性が高いです』


 車で待機している静岡さんの声が耳に届く。スマホといい、こういう通信機器って便利だよなぁ。


『――念動力者を拘束できる施設ならば、万が一脱走された時を考えると入口から遠い場所にあると考えるのが自然か。東がジョナサン・モストで北が桐原あやかと考えられるか? いや、地下の可能性も考えるとどちらとも言えないか。だがどちらかを選ぶしかない。メイジ、北の方に行くぞ』

『……いや、ちょっと待って。桐原さん凄いかもしれない』

『なんだ一体』

『これ』

『これとはどれだ』

『扉の横、足元の壁』


 普通に歩いているだけでは気づかないような足元に、一本の線で描かれた小さなイラストと矢印があった。1円玉くらいの大きさで、よく見てないと気づけない。これ、兎野かしらだ。桐原さんが好きな。


『これ、桐原さんが自分の髪の毛でやったんだよ!』

『なるほど、仮に閉じ込められてても髪の毛くらい細い物なら扉の隙間から外に出せるか。考えたな』


 紐状の物しか操れない桐原さんらしい方法かもしれない。もしかしたら身動きが取れない状態だからこんな方法を取ったのかな。でも凄い発想だ。桐原さん、こんなこと一度もやったことなかったのに。それにかなりの遠隔操作になったはずだ。それなのにこんな複雑な模様を作れるなんて、本当にすごい。しかもこれ矢印があるってことは、操作した対象と自分の位置関係が分かってるってことだよね。

 いや、建物の構造は別の術を使って把握したのかな……わからないや。助けた後に聞いてみよう。人間って追い詰められるとなんでも出来るようになるんだなぁ。そういや妹もとーちゃんに崖から落とされて浮遊を覚えてたっけ……。


『この目印を頼りにすれば桐原さんが居る場所にたどり着けるかも』

『わかった。だがこれだけ小さなマーキングを基準に探すのは困難だ。まず北へ向かう方針は変えない。そこでマーキングが見当たらなければもう一か所を当たるぞ。優先順位は桐原あやかの方が高い』


 少なくともこの建物ではないことが分かったので急いで外に出る。

 外だと目印は見つからない。髪の毛みたいな軽いものだと風で飛んでしまうのかもしれない。でも大雑把な方角は魔術で分かる。

 そして到着した北側の建物の入り口脇には、兎の耳を生やしたキャラクターの小さなイラストが設置されていた。


『ここだな』

『うん』


 曲がり角毎に設置された小さな目印を頼りに館内を進む。そして拘留されていると思しき部屋の前までやってきた。


『流石に見張りがいるか』


 これまで何度も兵隊さんとはすれ違ったてはいたけど、隠蔽魔術のおかげで障害にはなっていなかった。けどこれは流石に何とかしないといけない。


『メイジ。守衛に隠蔽魔術を掛けろ。その後気絶させる』


 なるほど、倒れているところが見られなければバレるのは遅れるってことね。いやほんと、この魔術は思いもしない使われ方ばっかりするな……いつでもいいよ。


『やってくれ』


 村木さんの指示で魔術を掛ける。

 隠蔽魔術を掛けてるせいでうめき声も聞こえなかったし、村木さんが何やったのかもよく分からない。まあたぶん上手くやったんだろう。


『解錠も俺がやる。中の様子を見てくれ。俺はこのまま入口を見張る』

『了解』


 開いたぞ、という言葉と共に中に入る。


「……!?」


 桐原さんは両手両足を縛られて、丸焼きにされる猪のポーズで床に転がっていた。


「桐原さん、助けに来たよ!」

『インカムで拾ったから一応言っておくが、俺たちの声はお前の隠蔽魔術で聞こえないぞ』

『面倒すぎる……』


 じゃあこれ桐原さん目線いきなり扉が開いたと思ったら誰もいなかったってこと? 恐怖体験じゃん。んーどうやって存在を伝えよう。あ、そうださっきゾボラの弦を回収したな。これを使おう。

 念動力で~~~っと。こんなもんかな。

 ぽとっと手から落とす。ゾボラの弦、兎野かしら風だ。


「……メイジくんさん?」


 もう持ってるものないから適当に10円玉を落とす。


「! た、たすけにきてくれた……ご、ごわがっだでずぅ~」

『メイジ。それ以上喋らせるなら桐原あやかにも隠蔽魔術をかけろ』

『いや、ここで掛けると転移した後まで効果が続いてタケシんちが地獄みたいなことになるからもう送っちゃうね』


 助かったと思ったら今度はタケシんちに転移させられて、桐原さんも踏んだり蹴ったりだな。まあぱっぱとやっちゃおう。

 オド、イル、シン、マヌ、オ。

 魔力がごっそり減るなぁ。


『テレポーテーションか……科学者が見たら卒倒しそうな光景だな』

『出来る人居ないの?』

『俺が知る限り魔術師では居ないな。政府に匿われている可能性はあるが。さあ次だ。ジョナサン・モストを脱出させて帰るぞ』


 桐原さんと違ってジョナサンさんはちゃんと(?)エージェントだったからあんまり心配はしていない。怪我してたとしても生きてればなんとかなるし。


『そういえば桐原さんは日本人だから助けなきゃいけないって話だったけど、ジョナサンさんはどうして?』


 俺は友達だと思ってるから助けたいけど、村木さんからすれば元々は対策課の魔術師を襲ってきた相手だったんじゃ?


『お前には話していないが、お前に敗れた後、奴の方から協会に連絡があった。"不幸な行き違いがあり戦う結果となったが当方に敵対の意思無し。暫しの滞在を許可されたし"とな。そんなわけあるかと協会は噴飯ものだったが、はっきり言って時間停止能力者など率先して戦いたい相手ではないからな。監視と情報交換を条件に滞在は許可された。

 だから奴の立場はただの訪日外国人で、行方が分からなくなった以上捜索するのはおかしなことではない――と言い張るつもりだ。そして脱出後は適当な河原で見つかったとでも偽造しておけば文句は言えまい。まだ奴から交換条件の情報を得ていないからな。もし対価を得た後ならば奴がどうなろうが知ったことではない』

『アッ、ハイ』


 そんな話をしている間に目的の建物に到着した。方位指針は地下を指している。下り階段を3階分下りたところで指針は水平になった。まあ、水平になったところで目的地はハッキリとしていた。この階には部屋が一つしかない。


『開けるぞ』

『うん』


 村木さんが扉を開く、部屋の中は真っ暗で、廊下の明かりが差し込んで――あ、やばい。

 印。

 ソ、メロ。


『――ッ! 攻撃か!』

『弾いた。たぶん空気の砲弾みたいなもの。魔力は感じなかったから念動力だよ。まだ来る』


 弾いた一撃目で入口の扉はボーリング玉みたいな凹みを残して吹っ飛んだ。なんか目的地に着くたび毎回扉が壊れている気がする。

 一発目は余裕なかったけど二発目以降は弾くなんて真似しないぞ。

 ソル、ハ、クッイ。

 風を錘状に用意して砲弾を迎撃する。突端に触れたところから空気は混ざりあって、通り過ぎる頃にはちょっとしたそよ風になる。


「"見えない。でも、そこに居る"」


 中から女の人の声。A語? なのか何言ってるのかは分からない。こんにちはだったら挨拶返さないでごめんなさい。たぶん違うと思うけど。A語はリスペクト(かっこいい)しか分からないんだ。

 全然諦める気の無い殺意満載の空気の砲弾が連続して飛んでくるから、こちらも連続して迎撃する。


『村木さん。ジョナサンさんは居る?』

『奥で椅子に縛られている。目隠し猿轡耳栓と随分厳重な様子だ。幸い檻はない』

『俺がここで時間稼ぐから拘束を解ける?』

『まず入口への攻撃を何とかしろ。流石にこの状況では突入できない』

『せーので押し返すよ。せーのっ!』


 砲弾を迎撃した時に今度はこちらから炎の槍を撃ち返す。


「"炎? パイロキネシスト? それともこの国の魔術師? 中々やる"」


 たぶん今俺が使ってる魔術って、相手から見たら何もないところから生えてきてると思うんだけど、良く対応できるなこの人。

 奥で村木さんがジョナサンさんを解放した。でも立ち上がる様子がない。意識がないのかな。


『メイジ。ジョナサンの奴は薬か何かで眠らされている。それから気をつけろ。何故こんな場所に居たのか知らないが、この女はA国のSSS(トリプルエス)念動力者、アンジェラ・リンドベルだ!』


――パチン


 指が鳴り、部屋の明かりが点灯した。

 結いあげた白い髪、ピンクの瞳――でっかいおっぱいとレオタード。

 姿を現したのは、なんかとんでもない格好の女の人だった。

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