第10話:うちの集落に友達はいない

 あのおじさんをやっつけた後は隠蔽魔術を使ってふつーに都庁を出て電車で奥卵まで帰った。長距離の転移は転移先に物があったときがめっちゃ危ないしそもそもめちゃくちゃ疲れるので、急いでないなら使わない魔術だ。

 うちの集落だと木が生い茂ってて開けた場所ってのがそもそもないから使いどころ殆どないんだよね……。横着した従妹がトイレに転移してきた時はグチャグチャになって地獄みたいなことになったなぁ。


「じゃあ今日帰るんだ」


 それでラヴィーネんちのお宝を取り返した翌日。

 いつものようにタケシんちにやってきた俺を迎えたのはラヴィーネからの別れの言葉だった。


「ああ。二人には世話になった。この恩はエレキシュガル家当主として必ず返す」

「いいよ別に。気になるなら今度ジュース奢ってくれよ」

「僕は刺激的な出来事がたくさん経験できたので、それでいいですよ」


 タケシ、お前ってやっぱたまに考え方がアウトロー(マサヒロが言ってた)だよな……。

 それから改まった様子でラヴィーネが続けた。


「そうはいかない。果たすべき礼は果たすさ。私如きの手が必要な時はいつでも言ってくれ。必ず協力する。

 それに……当主だなんだと息巻いていたが、実権は叔父にあるからお飾りなんだ、私は。だからきっと来ようと思えばまた来れると思う。でもきっと、暫くは会いに来れない。色々とやることがあるんだ」


 魔族は色々大変なんだな。よくわかんないけど頑張れよ。


「ラヴィーネさんが使っていた部屋、そのままにしておきますから」

「うん……ありがとう。タケシ。メイジ。それに実を言うと私としてもすぐにでも帰ってきたいんだ。正直もうスマホとアウスタがない生活は考えられない。私は好きで生きていく」

「アッ、ハイ」


 アウスタにどっぷりハマって何かに目覚めたのか、ラヴィーネ……。

 最初はタケシに言われたから始めたみたいな言い訳してたけど、次の日くらいから結構ノリノリで写真投降してたもんなお前。

 ショーニンヨッキュー(かっこいい)が満たされるって奴なのかね。


「少なくとも夏休みの間には戻ってこれないと思う。二月……いや四月くらいはかかると思う。戻ってきたら必ず連絡する」

「ええ。待ってますよ」


 おう。また盗まれないように気を付けるんだぞ。

 ……一応俺もマーキングしておくか。次があったらすぐ手元に戻せるようにしとこう。


「じゃあ、暫くの間、お別れだ」

「またな」

「道中お気をつけて」


 握手をしてラヴィーネは颯爽と帰っていった。神社跡の境内から帰るんだろう。

 にしてもヴニクロのニット着たまんまだけど、あいつの地元で変な目で見られやしないんだろうか。初めて会った時裸みたいな恰好してたけど。

 さて。


「メイジくん。今日はどうするの?」

「んー、俺はちょっと用事があるからそれ片づけてからかな」

「珍しいね。今日は山中さん居るよ?」

「なら後で戻ってくるわ!」

「メイジくんのそういうところ、もっと山中さんに伝わるといいね」


 おう。俺は元気いっぱいだぞ!






 奥卵は湖に面した町で、そのせいか割と傾斜がきつめの坂が多い。つまりそれだけ眺めがいい場所も多くて、今座ってるベンチも湖への見晴らしがいいスポット(言いたい)なわけだ。

 ……そろそろかな。

 こつこつこつと革靴が地面を叩く音。段々近づいてきて、ついに俺の隣に腰を下ろした。

 何そのムーブ。映画みたいで超かっこいいんだけど。


「意外だな。もっと町はずれで待ち構えていると思っていたが」

「別に遠くに行く必要もないしね。それにずっと魔力で所在を主張してたじゃん」


 現れたのは昨日ぶりのスーツのおじさん。都庁の地下で戦った人だ。何しに来たんだろう。


「でもよくここが分かったね」

「協会の人間はお前たちがこの町で活動している事を全員知ってるぞ。というかお前たちのチャンネルの動画を見ていれば特に隠されてもいないだろう」

「へー。そういう事した方がいいんだ」

「住所が割れると不要な面倒を抱える事にもなりかねんからな。あくまで一般論的には所在が分かるような情報は載せないのが良しとされている」

「ありがと。タケシに聞いてみるよ」

「……妙なガキだなお前は。昨日戦った相手が自分の住処に現れたんだぞ? 少しは不安に思ったり緊張したりしないのか」


 そりゃうちの居間でかーちゃんとお茶してたら会話が二言以上続いている事に驚くかもしれないけど、奥卵で出くわしても特には……。


「おじさん別に戦いに来たわけじゃないんでしょ」

「分かるのか?」

「戦う気があるなら少しは隠すでしょ。大体奥卵でこんな時間にスーツ着て歩いてる人なんて目だって仕方ないよ」

「フッ、それもそうだな。まあ負けた俺がお前相手に粋がっても仕方がない」

「今日はどうしたの?」

「……これは独り言だ」

「えっ、話しかけてるじゃん」

「独り言だ」

「アッ、ハイ」

「俺が所属している局、魔族共が呼ぶ魔術協会は癒しの水晶の行方を懸念している。昨日『何者かに』襲撃され奪取された魔道具だ。これが敵性国家に運び出されたのではないかと懸念されている。物の行方さえ知ることが出来れば襲撃犯への捜索は打ち切りになるだろう」


 うん。うん……? うん。


「具体的にどこに行ったのか俺は知らないけど、あれ元々ラヴィーネんちの宝だったらしいよ。だからラヴィーネが実家に持って帰った」

「つまり魔界だと?」

「まあたぶん。ラヴィーネは今日魔界に帰ったよ。暫く遊びに来れないとも言ってた」

「ふむ。元々物の出所が魔界だったのか。秘匿課の連中、余計なものを拾ってきやがって……」

「拾った? ラヴィーネは盗まれたって言ってたけど」

「報告では魔界の出入口を巡回していた際に拾得したとされていた。大方盗んだ魔族が現世の圧力に耐えられず境内を出た所で四散して物だけが残されていたのではないか」


 え。じゃあラヴィーネ逆恨みじゃね?


「いや、日本の法律で判断するなら盗品等保管罪が協会側に適用される可能性はある。侵入した下手人の行いが正しい訳ではないが、遺失物を法規に則らず取り扱った協会側に非が全くない訳ではない。が、実際に正規の手続きを踏んで返還要請をしたところで超法規的措置が執られる可能性は高いだろうな」


 つまり……どゆこと?


「物が現世(こちら)にないのならこちらとしては問題はない。昨日は何もなかった。拾ったものが落とし主の元へ返された。そういうことで手打ちにしないかという事だ」

「ちょーほうきてきしょち(言いたい)ってことだ」

「そうではないが、まあそのようなものだ。今後は直接的な行動に出る前に一度協会に問い合わせろ。そうすれば減る面倒もある」


 そう言っておじさんは立ち上がった。改めて見ると背でけぇな。俺もこのくらいになって山中さんを抱きかかえられるようになりたい。いや今でもできるか。後でやってみてもいいか聞いてみよう。

 てか連絡ってどうやってすればいいんだ?

 受付で名前と内線214番って言えば繋がる? 何それカッケェ……。

 それはそれとして。


「おじさん。また会える? おじさんの連絡先教えてよ」

「何故会う必要が? お前からしたら我々のような存在は疎ましいのではないのか?」

「だって俺たちってちょっと喧嘩しただけの間柄でしょ? それに、都会に出てきてから初めて会ったちゃんとした魔術師だし」


 そして何より炎熱系だ。是非とも肉を焼く温度について語り合いたい。


「ふっ……ちゃんとした、な。仕事で年中飛び回っているが、東京に戻ってきて時間が合えば考えてやる。事前に連絡を寄越して置け」


 そう言って背中越しに名刺を指で弾き、ふんわりした風で調整して俺の胸ポケットに入れた。

 ヤベ。なにそれ、チョーかっこいい。俺もやりてぇ。大人だわ。

 こうして友達が一人帰り、友達が一人増えた。

 都会っていいなぁと思ったある日の夏休み。

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