第3話:広義の意味で田舎者でいいと思う

 世は夏。俺の家は山の中にあるからなのかそんなでもないんだけど、都会(田舎)の夏は死ぬほど暑いということを俺は身をもって知った。こんなに暑いんだったら先に言っとけよバカ親父。渋々苦手な氷雪系魔術を使って冷気を保っているが、ずっとやってると疲れるからそのうち止める。止めると暑いから余計ダレる。ダレた後魔術を使うともっとダレるというデススパイラル(かっこいい)に陥っている。

 やっぱ男は火炎魔術よ。男だったら自分の手で出した炎で肉の丸焼きを作る事に憧れるのは当然のことだ。なぜか女共は食い物の保存に便利だからと氷雪を持て囃すが、焼けば多少傷んでたって食えるんだ。だから火炎魔術最強。はい論破。


「でも、痛んでなければもっと美味しく食べられるよね?」

「丸焼き以上にうまい食い方なんて存在しないだろ」

「でもメイジくん給食で出てたとんかつをうまいうまい言って奪い合いしてたじゃん」

「とんかつを例に出すのは卑劣がすぎるぞタケシ。お前それは人としてどうなんだ」

「なんか文明人でごめんね」


 うん? うん。うん? まあいいか。

 それより夏である。こんだけ暑いとただでさえ身の入らない勉強に輪をかけて身が入らないと言い訳をしようと思っていたら、どうやら世間的にもこの暑さは耐え難いようで夏休みなるものが存在するらしい。

 別に俺は積極的に勉強したい訳じゃないからいいんだけど、タケシんちとか学校の職員室についてるエアコンを教室全部につけたらいいんじゃないか? 登下校くらいなら猪を狩るのと大差ないし。いや別に勉強したいわけじゃないからいいんだけど。


 話を戻して夏休みだ。中学生的には一大イベントらしいんだが、夏休み初心者の俺はイマイチこのびっぐうぇーぶに乗り切れていない。そういうときはぱそこんかタケシに頼っておけばいい。


「なら夏休みで都心の方に行ってみる?」

「おお! 行ってみたい! てか行ける距離にあんの?」


 山4つ先とか言われたら、俺の足でもさすがに日帰りできる自信はないんだが……。


「うん。電車で1時間ちょっとだよ。車だともうちょっとかかっちゃうから電車で行ってみようか」

「へー電車。電車かー! ついに俺も電車に乗る日がきたのかー!」

「乗ろうと思えばいつでも乗れたじゃない」

「俺貨幣持ってねぇからさ。電車って金いるんだろ? Utubeの金もタケシに任せてるし」

「そういえばメイジくん物々交換の民だったね……まあ収益から僕が出しておくからお金のことは気にしなくていいよ」

「じゃ予定立てよろしく! 今日は山中さん(お手伝いさん)いないの?」

「いるけどたぶん仕事中なんじゃないかな」

「おし、構ってもらいに行ってくる! 俺絶対山中さんを嫁に貰うんだ!」

「メイジくんのそういう素直なところいいと思うよ」


 都心かー。写真とか動画じゃ見たことあるけど、どんなところなんだろうなー。



----






●REC


『はーいそれじゃあ生放送始めますー。今日は前々から街へ出かける約束をしていたので、その模様をお届けします。今メイジくんは初めての電車に乗って小学生みたいにはしゃいでいるところでーす。

 メイジくんメイジくん。初めての電車はどう?』

《すげえ。俺よりはええ》

『え、でも車だってこのくらいでてたよ』

《マジかよ。あんなトロそうな形ですげえな》

『電車に乗った感想が俺より早いって本当にメイジくん面白いですよね。皆さんもそう思いません?』

《ん? タケシそれ何してんの? 電話?》

『違うよ。今日は生放送するって言ったじゃない』

《生放送ってなんだっけ》

『んーーー簡単に言うとテレビみたいなやつ』

《すげえなスマホ! え、じゃあ俺今テレビに映ってんの?》

『ううん。僕たちのチャンネルでやってる番組に映ってるだけだよ』

《なーんだ。まあでも良かったか。テレビ出るんだったらタケシじゃなくてもっとプロフェッショナルなカメラクルーに撮ってもらいたいからな》

『メイジくん、最近プロフェッショナルって単語とクルーって単語覚えたんですよ。遊んでてもいっぱい使ってくるんで面白いです。

 あ、でもメイジくん。今もう1万人も見てくれてるみたいだよ』

《1万人? 1万人つったらあれじゃん。うちの畑で採れるたまねぎを100倍してもたりねーや。そんなに人間がいるの? マジそれだけの人間がどこで生活してるの?》

『出た、メイジくんのたまねぎ換算。ちなみにメイジ君のうちの畑ではたまねぎは二番目に育ててる野菜なんだそうですよ。

 ちょっと大きい町に出たら集合住宅がいっぱい並んでて、そこに人がいっぱい住んでるんだ。ほら、学校の近くにあるでしょ。ああいうの』

《へー。全然想像がつかねーや。あ! おい! おい! 都会が近づいてきたぞ!》

『あれ隣駅だよ。この間自転車で行ったじゃない』

《マジか! 全然でっかく見えるぞ! でけー! 駅でけー!》

『ほらメイジくん。今は僕たち以外に乗る人いないからいいけど、他に人が乗ってきたら静かにしようね』

《そういや他に人いないな》

『まあ、田舎の駅だしね』

《誰も乗ってこないんじゃね?》

『田舎だけどそこまで人がいないわけじゃないよ!』



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 で、でけえ。

 都会は本当にでかかった。

 地下かと思ったらクソでかい建物の中だったし、そもそもその建物もでかい。そんな建物がずらっと並んでて、その間を川の水みたいに人間が流れている。

 新宿には大体二時間くらいでついた。二時間って言ったら行きかえりの登下校合わせた時間と同じくらいだ。俺らが暮らしている奥卵からたったそれだけの時間でこの世のものとも思えないような場所にたどり着いてしまった!


 電車って本当にはええ。ここに来るまでの景色も凄かったけど、やっぱ本物の都会ってすげえ。奥卵は田舎だったんだ。そしてうちはクソ田舎ですらない何かであることが再認識できた。なんであんな不便な場所で暮らしてるんだか謎すぎるぞとーちゃん。


 いつまでも惚けてはいられないぜ。休み時間に計画した今日のやること表があるんだ。

まずはトチョーに行くぜ。


「メイジくん行き方わかるの?」

「まったく分からない。俺は雰囲気で歩を進めようとしていた。タケシ助けてくれよ」

「案内するのはいいけど、一人でどこでも行けるように地図の確認の仕方教えておくよ」


 ナイスだタケシ。やはりタケシは俺の知らないことを何でも教えてくれる。

 まず地図を探す? スマホの奴じゃダメなのか? 駅の中の現在地までは教えてくれない? いやいやいや、駅なんだから一か所しかないに決まってるだろ。えっ、ここまだ駅の中? 周りも? 出口が8つ以上ある? よし分かった苦しゅうない案内せよ。





 あっちこっち見て回った。都会はすごかった。

 車にも色々種類があることを知った。食い物はどこで食べても別に変わらなかったけど、地元(うちの集落ではない。奥卵のこと)と比較して種類が多かったから色々楽しめた。はらいっぱい。メロンソーダが一番美味しかった。タケシに聞いたところ別にタケシん家でも作れるらしいので今度山中さんにおねだりしてみよう。


「なるほどなー。都会は"色んなものがある"ってことか」

「まあそうだね。今の時代どこで暮らしていたって、欲しいものはネットで買い物はできるからね」

「いやーけどこの人の多さは衝撃的だわ。奥卵でもビビったけど、人間って本当にこんなに暮らしていたんだな」

「新宿は特に人が集まる場所だからね」


 本当にびっくりだ。何せこちとら山生まれ山育ち、目にした生き物大体野生の原始人だからな。でもこんだけ人間がいれば色んな奴がいるんだろうな。俺より猪狩るのが上手い奴も居るんだろうか。崖上降下殺法で俺の右に出るやつは、さすがに居ないと思いたいぜ。

 炎熱系の魔術師とかもいるのかなぁ。獲った肉の最適な調理温度とか一回語り合ってみたい。


「じゃ、残りの時間で動画撮影しよっか。広めの公園があるから移動しよう」

「おっけー」


 新宿に来てみて面白いなと思ったのが、建物が多すぎて場所が余ってないってことだ。だから奥卵みたいにはらっぱとかないし、いい感じの林もない。

 そんな中で駅からちょっと離れた場所にある公園は新宿だと割と珍しい存在なのかもしれない。


「今日は何撮るんだ?」

「新宿に来ました記念だし、魔術系で行く?」

「新宿って魔術どうなの? 勝手にやっていいの?」

「んー分からない。僕の知る限り魔術を使ってはいけませんって法律はないよ。危なくなければいいんじゃない?」


 危なくないの基準もよくわかんねーんだよな。まあたぶん爆発とかしなきゃいいよな? でもしょーじき今まで散々色々やったからネタ切れ感否めないんだよな……そもそも何が面白いのかよくわかんねーし……。


「ん? タケシ、あれってなんだ?」


 U字型の坂の間で勢いよく飛び出したり回ったりを車輪のついたローラー付きの板で繰り返している。なんだろうあれ、ああいう遊びなんだろうか。


「あれはスケートボードだね。ああやってバンクの間を滑ってトリックを決めたりする競技だよ」

「へー。ねーねーお兄さんたちー!」


 一応危ない競技? だからなのかフェンスで仕切られた向こう側でやってる人たちに声をかける。


「あぁ? んだぁ? 俺らに言ってんの?」

「そうそう。それどうやってるの? もっと見せてよ」

「あ、突然すみません。僕たちUtuberやってて、お兄さんの事撮影してもいいですか?」

「はあ? まあ別にいーけど。うぜぇけどオーディエンス居た方が盛り上がるしいいか……んじゃいくぞ」


 タケシは隣でカメラを構えていた。フェンスとか邪魔じゃないんだろうか。

 スケートボード? に乗ったお兄さんはガーって音を立てながら何回か行ったり来たりして、速度が乗ってきた所でぐぐっと身体を沈めて、台の上でぼーんと浮かび上がってクルクル回って着地した。


「すげー!」


 よくあんな器用な事しようと思い立ったな!

 その後もなんかよくわからないたぶん技なんだと思うけど、それを繰り返して最後に台真ん中を滑ってきてこっちにやってきた。


「ヴぉーすごかったー! よくそんなことできるな!」

「まあやってりゃそのうちな」

「その割に顔がめっちゃ得意そうじゃーん!」

「うっせーわ! なにお前ら、なんてチャンネルでやってんの」

「メイジとタケシの色々チャンネル」

「だっせー名前だな」

「当時はネットのノリが分かってなかったんだよ!」


 タケシは都会の人は排他的で怖いって言っていたが、ケンイチ君(スケボーをやっていた人)はふつーにいい奴だし話していて面白かった。スケボーをやらせてもらって仲良くなった。また遊びにこいと言ってたのでまた来ようと思う……迷子にならずにこれるかな……これるよね……。

 まー人間はどこにいっても人間だよな。都会だからとかそういうのないだろ。




「んじゃまたな。連絡するから暇だったらまた来いよ」

「うん。絶対くるぜ!」

「今日はありがとうございました」


 スケボーとケンイチ君との会話が盛り上がって、予定より帰りが遅くなってしまった。ちょっと暗くなり始めているから早く帰らないとな。これうちに帰るときは照明魔法使わないと足元見えないだろうなぁ。


 駅に向かって歩き始めたところで良く知る感覚。

 魔術の発動を感じた。


「なあタケシ。あっちで誰か魔術使ってるみたいだぞ。やっぱ新宿程人が集まると魔術が使えるやつも居るんだな」

「えっ。それ本当? 居ないと思うんだけどなぁ……」

「おう。ご丁寧に認識阻害の魔術も張ってるなぁ」


 でもなんかこう、下手クソだ。うちの従妹みたいな雑味を感じる構成だ。あいつ何回言っても直さねえんだよな……。


「何してるんだろうな。見に行っていい? まだ時間平気だよな」

「え、う、うん。行くの?」

「そりゃ気になるから行くよ。お、なんかバチバチ魔術飛ばしあってる感じだ。早くいこうぜタケシ!」

「わっ、待ってよ!」


 魔術が発動している場所は通りから一本入った場所みたいだ。往来のど真ん中を認識阻害で塞ぐなんて迷惑な奴らだ。まあ偉そうに言ったけどうちの集落は往来というか人がいなかったからその辺の良し悪しが分かってなかったりするんだけど。

 魔術が使えない人からは何も見えていないかもしれないが、俺の目だと油絵具みたいな半球が見えてきた。タケシも入れるように認識阻害の結界に亀裂を作っておく。

 にしてもきったねー術式だなー。きっとガサツな奴が描いたに違いない。


「逃がすな! 休ませないよう攻撃を途切れさせるな!」


 中では借金取りみたいな黒服で揃えた大人が3人、行き止まりに追い詰めた人影に向かって射出系の魔術を放っていた。


「クソッ、都市部での協定はどうした人間! お構いなしか!」


 追い詰められてるっぽい人は女みたいだ。

 頭部に羊みたいな角。金色の髪、蝙蝠みたいな黒い羽根、黒く尖ったくねった尻尾。

 ああ。

 新宿って魔界の住人(いなかもの)いるんだ。

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