第30話 島廻

 東の感覚通り、五回目の島廻で最後の杭へと辿り着いた。

 龍神の胴体部分は大した術が仕込まれているわけでもなく、封印には不要の杭が穿たれていた。やはり、龍神に苦痛を伴わせるためのものだったのだ。


 最後の杭があるのは、美弥藤の屋敷から馬を走らせて一刻あれば到着する沫ノ森だ。自分の背丈以上もある岩がごろごろと転がっている道なき道を歩いて行き着いたところで見つけた杭に東は渋面を作った。

 

 明らかに今まで抜いてきた杭とは違う。

 黒い杭は血が纏わりついているかのように禍々しく、杭の根元には血溜まりができていた。


 この場所で霊力の高い人間の血が流れたのだ。

 常人の血よりも、霊力の高い人間の血の方が術の力をより増幅させる。

 そのため、ここの杭の波動が一番重く、気を抜けば地の底へ引き摺り込まれそうなほど闇が深い。

 

 久方ぶりに感じた、身体の芯が圧し潰されそうになる感覚に手が震えた。


 しかも、悪質極まりない。

 杭は龍神の瞳を突き刺していた。これでは於恵湖の龍神のように、涙を流すこともできない。抜けば確実に龍神に激痛が走るだろう。痛々しい龍神の姿に東は深紅の瞳を細めた。


 なだらかな坂を下りながら龍神の身体を案じていると、


『抜いてくれぬか』


 と初めて龍神の低く太い声が届いた。耳朶の奥で重く響く言葉に、東は意を決して杭を抜こうとした。いつものように杭を纏う雷の鎖を斬る。


 しかし幾重にも重なる鎖のうち、途切れたのは数本だけ。

 残りの鎖は厳めしい光を放ち続けている。


「力尽くで抜いてみるか……」


 杭の波動に手が震えるような自分の力では到底抜けないだろうが。


 それでもやってみるしかない、と東が杭を掴もうと腕を伸ばした瞬間、身体に衝撃が走った。

 

 突如襲った激痛に顔を歪めた東は自分の腹部に視線を落とす。

 

 鳩尾に矢が突き刺さっていた。

 これは人間が見える矢ではない。

 矢はみるみるうちに姿を変え、どろっと赤黒く溶けて東の腹部を侵していく。


 胃の中に流れ込んでくる鉄を溶融したかのような熱に唸り声を上げながら東が肩越しに視線を走らせると、そこには弓矢を持った闇霧が立っていた。


『せっかく、間抜けな先人が龍神を封印してくれたのだ。そのようなことをされては、私らの居心地が悪くなってしまうではないか』


 東は、片方の口角を引き上げてみせる。


「予波ノ島を本当の姿に戻すだけだ……」


 再び杭に腕を伸ばそうとするも、腕に力が入らず、動かすことすらままならない。

 

『人間は、愚鈍でちっぽけだねえ』


 そう狡猾に笑って闇霧は消えた。口惜しく鼻の頭に皺を刻み、闇霧の姿が消える様を睨みつけていた東は痛みに耐えかねてその場に蹲り、気を失った。


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