第8話 白銀の龍神

 そのときのことを思い出した青はお守りから手を離し、逃げるように満月を見上げてため息をついた。自分の心の内とは反して、雲一つなく、白銀に輝く星屑の歌声が流れ落ちてきそうな夜空である。


 本当に明日は雨が降るのだろうか、と青が思っていると背後から声をかけられた。


「明朝に雨乞いをするから、大丈夫だよ」


 そう苦笑交じりに言って青の隣に腰を下ろしたのは東だった。

 青は苦笑いを浮かべる。


「東のことを信じていないわけではないが……自分が見たことのない世界を信じるのは難しいな」


「だろうね。……けど、青さんは、昔は――前世は目に見えない世界に棲む神様と繋がっていたんじゃないかな」


「え?」


 思いがけない東の言葉に青が瞳を瞬かせていると、東は続けた。


「たぶん、ずっと昔。白い着物を纏って、翡翠色の勾玉を首から下げた巫覡のような女性だった。鹿の角を施した白い面をつけて舞を踊っていたのが見えたことがある」


 青は小首を傾げる。


「鹿の角?」


 東は頷いた。


「そう、鹿の角。龍神には鹿のような角が生えているでしょう? 龍神のために舞を踊って祈りを捧げていたんだと思う」


 そういえば、保親と兄と共に一度だけ中央に赴いたときに神社で見たことがある。

 黒々とした龍神の絵が天井に描かれていたのを青は思い出していた。


 螺旋を描くように蠢く黒い龍神が牙を剥き出しにしているのを見て、恐れよりも、美しいと思ったのを覚えている。


「龍神は黒いのか?」


 東は思案するように言う。


「……うーん。確かに、黒いのもいるけど、青や赤、金……色が混ざったような龍神もいるよ。ここにもいるんだよ」


 と東は地面を指さした。青も東に倣って、地面に指を差す。


「ここに?」


 何の変哲もない砂利が敷かれ、雑草が生えた庭である。想像でしかないが、龍神が存在するところはもっと清廉としたところなのだと思っていた。


「えっとね、……予波ノ島の地中に、銀色に輝く白い龍神が眠ってるんだよ」


 こう予波ノ島の縁に沿うように、と東が手振りで教えてくれる。手に巻き付けている包帯が緩んでいたので、青はそっと東の手を取った。


「そうか」


 と、手の甲にある包帯の結び目をほどきながら青は小さく笑った。


 あれから――東の父親である蓮水直成が逆賊として捕らえられてから四か月が経つ。

 東の兄・直政が蓮水家では白人を匿っていると美弥藤保親に告げ口をしたことがきっかけに、蓮水家の背信行為が露呈した。


 蓮水家は、美弥藤家が京樂に住んでいた頃から仕える譜代の臣だった。


 美弥藤家も重臣として、家臣団の中でも蓮水家を特別扱いしていたらしい。が、保親は蓮水家を贔屓にしなかった。保親から直接話を聞いたわけではないが、幸子からの情報によれば蓮水家が家臣団内で威張り倒し、上辺だけの忠儀が気に食わないと愚痴を漏らしていたようだ。


 事実、蓮水直成は天皇家に仕える一部の公家と蜜月関係にあり、保親を予波ノ島国守から引きずり降ろそうとしていたことが発覚した。


 直成は、日照りに喘ぎ苦しむ民からの信頼を損なわせるために長の処刑を独断で行ったのだろうと保親は言っていた。


 そして、直政は白人を匿っているという話は虚言であり、憂さ晴らしに混乱を招いたのだと主上である保親に告げ、自害。直成は逆賊として断罪。蓮水家はお取り潰しとなった。


 それから青は、東の素姓を隠して美弥藤家で面倒を見ている。当然ながら東が白人であることは知られてはならない。


 故に、孤児を連れ帰ったことにしている。

 浜辺に打ち上げられいてた、上半身に大火傷の痕が残っている女児だと偽って。


 連れ帰った子供が男児だと正直に伝えると、別室は必至。白人だと発覚する可能性が高くなる。


 東はまだ八つの子供だ。

 同室でも問題はないだろうと青は判断し、東は自分にしか心を開いておらず、共に生活することを許可してほしいと保親に申し出た。


 苦しい言い分ばかりだと青も思った。

 だが、ここで押し切らなければ東は生きていけない。


 必死な感情を抑え込み、悠然とした表情を繕った青を知ってか知らずか、保親は何も言うことなく青の願いを受け入れてくれた。

 

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