第2話 「森の掟」

 徒歩で数十分したところで、ウロは住処であるログハウスへと着きます。


「おい。何してる。よそ者は森に入れないのが掟だろ」


 カイをベッドに運び込み、棚の上にある救急箱を取ろうとすると、狼の姿から人間へと変貌した青年が現れます。ウロと同じ白髪で灰の目をした、『森の民』のルーです。


「そうだけど……。ルー、さっきは大丈夫だった?」


「なんとかな。アイツの笛、獣を従わさせるためだけの道具に思えた。人間のすることは気に食わねぇ。……それで、なんでコイツを家に連れて来てるんだよ。まさかとは思うが、オマエも笛に当てられて」


「……うん。なんか、おれ、おかしい。あの笛のを聞いてから、こいつを守らなきゃって、思って。うまく言えないけど、おれ、やっぱりヘンだ」


「……。治療が終わったら捨て置いていけよ。コイツもオレ達『森の民』を狙った売人かもしれない。オマエももう、辛い思いをしたくないだろ」


 その言葉を聞いて、ウロはうなずきます。彼は幼い頃、外で遊んでいるところを狙った男達――売人と呼ばれる者達がウロと彼の両親をさらったからです。狼人間の血を引く『森の民』は希少で高く売れる。そんな理由で、男達に連れ去られた過去があるのです。


「父さんと母さんはおれを庇って殺されたけど、おれ、ルーがいてくれて嬉しい。ルー、おれを育ててくれて、ありがとう」


 十四歳と言っても、ウロはまだ子供です。ウロはルーに抱きついて、頬ずりをします。


「あぁ。オマエがいてくれれば、オレはそれでいいんだ」



◇◇◇


「うぅ、ここは……?」


 数時間後。ウロとルーが二人で薪割りを終えたところで、 手当てを施された青年カイが目を覚ましました。


「ここ、おれの家。おまえ、怪我してるからここまで運んだ。今はルーもいる。変な真似したら、狼になって噛みちぎってやる」


「怖っ!? それはやめてくれませんかねぇ『森の民』様。あらかた君がここのぬしだろう? 『森の民』は一族総出でお互いを助けあって生活していると聞いたことがある。

 


「オマエ……どこまでオレ達のことを知ってる」


 ルーの鋭い目付きにうろたえることなく、カイはへにゃりとした笑顔で答えます。


「色々と、ね。もっとも、本物に出会えるなんて夢にでも思わなかったよ。今まで俺が見てきた『森の民』は首の剥製はくせいや毛皮にされたものだから」


 カイの言う通り、売人に目をつけられた『森の民』達は悲惨な運命をたどるのがオチです。

 良くて奴隷や使用人。運が悪ければ狼の姿のまま、麻酔を打たれて人の消耗品になるのが彼らの最期でした。


 その時、ウロとルーに行き場の無い怒りと悲しみが押し寄せてきました。ウロは感情がぐちゃぐちゃになってえずきます。


「おい! 大丈夫か、ウロ!?」


「だ、大丈夫……。ちょっと、気持ち悪くなっただけ」


「人間! この落とし前をどう着けるつもり」


「――その子のひたいを見せろ」


 気づけば、カイの口にはあの忌々しい笛がくわえられていました。

 これが意味することを、彼らは知っています。


「見せろ」


 深呼吸して落ち着いた後、ウロは前髪を上げて恐る恐るカイに額を見せました。ウロの額にあるのはひし形の黒いあざです。

 それを見ると、先程のカイの殺気立った表情は途端に笑顔へ変わり、


「やっぱり! 君が今代の『森のぬし』なんだね、おめでとう!」


「お、おめ……? なんで祝う……?」


「そりゃあ祝うさ! お礼と言っちゃなんだし、俺が今日の晩飯作ってあげる! その代わり、この家に居候させて欲しいんだけど……」


「は?」

「はぁ?」


「まぁそうなるよね〜、うんうん。分かる分かる。理解出来るよ、俺にも君達の感情が!」


 言いながらカイはベッドから起き上がってキッチンを探しています。その様子に呆れながら、ウロは厳しい言葉を投げつけます。


「おまえ、何者だ。よそ者、森に入らせない。この森の掟。ルール。

 だから、おまえ、出ていけ。怪我は治した。後は元いた場所に」


「俺さぁ、居場所ないんだよね〜」


 紙のような軽い笑みでカイは振り返ります。


「色んな場所を転々としてる。旅人と言えば聞こえはいいけど、結局は放浪者に過ぎない。ホームレスってやつだよ。

 大抵のことはなんとかこなしてみせるから、それで一つお願い出来る?」


 そう言うとカイはまた笛を咥えます。『無理やり命令されたくないだろ?』、と言わんばかりに目を細めて。


「くそっ。どうする、ウロ」


「……。カイ。おまえを、この家に住まわせる。けど、勘違いするな。

 おまえ、結局はよそ者。この森の一員じゃない。でも、いつかはおれに仲間だと認められるよう、励むんだな」


「じゃあここは握手を交わそう! よろしく、ぬし様!」


「……ウロでいい。主様言われると、照れる。

 でもまぁ、よろしく。カイ」


 そうして、ウロは初めて人間に笑顔を見せました。

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