異世界パティスリー~剣と魔法と甘いモノ~【新装開店】

素朴なお菓子屋さん

チュートリアル編

第1話 プロローグ



【僕は……何をしているんだろう】


 

 パティシエに憧れて勉強して、念願のパティシエになり、早四年。

 そんな僕が最近仕事中に良く思う事だ。


 大人になり、色んな経験をして……自分を見失って。

 

お菓子を作りたいから作るのか、給金が欲しいから作るのか……はたまた、別の仕事をしたいのか。


 今の……僕にはわからない。

 

 ――――本当の僕はどこに行ってしまったのだろうか。


 

 ***************


 


 初めて人にお菓子を作ったのは……確か、小学生に上がる頃だった筈。


 今の僕から見ると、とても不出来で……不器用なドーナツ。

 

 子供の作った、不細工なドーナツ。けれど、叔父と一緒に楽しく作った記憶が薄らと残っている。

 

 どんな物でも、作ることが大好きで……楽しかったんだ。


 幼い、あの頃の僕は……生活なんて気にしないで、無邪気に物作りが出来たんだよね。


 そして、その不細工なドーナツを美味しい……美味しい、と褒めながら食べてくれた祖母の笑顔。


 普段は厳しい祖母の、クシャッと笑う笑顔を見て――――将来の夢をお菓子屋さんに決めたんだったなぁ。


 僕は人の笑顔を見るのが好きだ。


 自分の手で喜ばせる事が出来るのが嬉しかった。


 お菓子を作ることは楽しくて、何よりも大好き――――だった。


 


***************

 



 専門学校を卒業して、電車で一時間程かかる少し有名な洋菓子店へ入社して……四年。


 最初は楽しかった。

 

 知らない事が沢山あって、知らないお菓子が山程あって……毎日が新鮮で。


 帰れない程忙しくても、失敗して先輩に殴られても……楽しくて、生き生きしていた。


 けれど、数年経った頃には……毎日決まったお菓子を作り、売る。


 【慣れ】は


 ただ……それだけ。

 

 買っていくお客の顔なんて見やしない。


 僕の目には……テーブルの上の、真っ白いケーキしか映らない。


 ――――いつからこんなに、僕は自分に対して不真面目になってしまったのだろう。


 楽しいなんて気持ちは……何処に捨ててしまったのだろう。


 僕に夢を与えてくれた祖母も、高校生になった頃には呆けてしまった。


 【認知症】


 他人事じゃないのはわかっていたけど――――まさか、こんな身近で起こるとは思わなかった。


 厳しさの奥に優しさを秘めた祖母は……もう居ない。

 僕の作ったお菓子なんかじゃ――――おばあちゃんの心には、届かない。


 【誰が作ったって……一緒なんだ】


 そう思ってからは……昔の無邪気な気持ちは――――霧散してしまった。



 そんなやる気の無い僕は、惰性の日々を過ごしていた。


 色んなお菓子を作り学び……生み出し、世界中の人達に食べて楽しんで貰いたい、そんな純粋な気持ちはどこに捨ててしまったのか。


 生活する為に給金を貰う……その為に惰性で働く姿が、昔自分が夢見た姿だったのか。


 自分は機械だと、己を欺いて。


 生きる金を稼ぐ為に生きると、己を社会の歯車の一部だと嘯いて。


 ――――幼い僕に、今の情けない僕は胸を張って誇れるのだろうか。



 ***************



 重労働を終えた体にムチを打ち、程々に混雑した電車に揺られ家に向かう。

 

 十時間以上立ちっぱなしで働いたって、座る事を許されない電車がきつい。


 誰も……僕の辛さなんて知らない。


 他人の辛さを僕が知らないように。


 オマケに今はクリスマス前。一年で一番忙しいシーズン。

 

 ケーキは千台くらい作るし、ブッシュ・ド・ノエルと言うロールケーキだって、大体八百本くらい作らないといけなくて……控えめに言って、死ぬ。


 朝は4時に起きて出勤し、日付を超える前後には帰れる……ギリギリ人並の生活を送れるレベル。


 クリスマスだけじゃない。

 

 年末年始も、季節の変わり目も……ひな祭りやバレンタイン、ホワイトデー……毎日誰かの誕生日。


 色んなイベント事に忙しくて――――毎日が辛くて、しんどい。


 辛くても……良い事無くて。


 芸能人とか、インフルエンサーを見て……金を持ってて羨ましいと悪態ついて。


 楽な仕事で金稼げて……なんて嫉妬して。


 楽な訳ないのに決めつけて。自分が一番下だと思って。


 そんな最低で、平凡な僕で。


 他人を思い遣る心の余裕、無くて。


 お菓子作りだって、人に自慢出来る程才能無くて。


 頭の中の妄想の僕は、努力していっぱい稼いで。


 ――――だけど、変わる努力もしなくて。


 羨んで、妬んで……それで、満足する日々。


 周りが変われと……社会を、会社を、家族を……妬む日々。



 ***************


 

【クリスマスケーキ予約受付中!】

 


 乗り換えの駅で電車を降りて直ぐ、目の前にある百貨店に掲げられた看板。


 キリキリと痛む胃と、なんだか不安になる心。


 知っているよ……そんな事。


 是非、僕にはクリスマスという単語を見せないで欲しい。


 そんな僕でも……子供の頃は、クリスマスはケーキが食べられるから、好きだった。

 

 だって家族の誕生日と、クリスマスくらいしかケーキが食べれなかったから。


 ケーキは特別な日に食べる……幼い僕への教育はそうだった。古い思考の両親だったから。


 ――――あの日憧れた、まるで宝石の様に輝いて見えたケーキを……今の僕に、作れているだろうか。


 クリスマス前は二十四時間立ちっぱなし労働なんて当たり前。

 電車通勤だから、勿論帰れない。


 だから後輩に頭を下げて、近くに住んでる後輩の家に転がり込んでクリスマスを過ごす。

 

 勿論、彼女とラブラブクリスマス! なんてした事ない。


 やる気の無い……色褪せた僕には、子供の夢を乗せたケーキを作るのは――――少し、荷が重い。



 ***************

 


 乗り換えの駅で電車を降り、改札に向かう。


 目指すは……改札を出て直ぐの喫煙所。


 先輩に教えられたタバコ。


 いつの間に……僕の体に馴染んでしまったんだろうか。


 日々のストレスは、紫煙と共に吐き出すしか……今の僕には出来ない。


 精神と肉体をすり減らし、様々な技術を身に付けても……給料は大して変わらなくて。

 

 二十四歳になったが、未だに月手取り十三万くらい。


 昨近の世の中では、世帯手取りが三十万だとか、この職種はブラックで~とか流行っているが、そういう中でパティシエの名が上がらないのが不思議でならない。


 四十kgくらいの物を、頭より高い所に持ち上げたり、五kg粘土質の生地をハンドリング――――つまり手で混ぜたり。

 

 かと思えば一定の力加減で生クリームを絞ったり、ナッペ(デコレーションケーキに生クリーム塗ったくるやつ)したり……細かい作業も沢山ある。


 それでいて、職人なんて我の強い変な人が多いし、言いたくないが……お客さんだって強烈な人が居たりする。


 はぁ……幼い僕は、何でこんな仕事に憧れてしまったんだろうかねぇ。

 

 歩き慣れた駅構内を歩きつつ、思考の海に沈んでいて――――ふと、改札を通る時に、ICカードのタッチ音が鳴らなかった事に気付く。


 あぁ……やっちゃった。タッチ出来て無かったかな?



「あ、すみませ――――」



 普段、ガヤガヤと人通りの多い改札。


 誰かとぶつかると思って、反射的に謝って振り返ったけど――――



「え……?」



――――後ろには……誰もいなかった。


 改札がガラ空きで、人通りがない――――という訳じゃない。


 文字通り……人っ子一人居ない。



「いや……え? は……?」



 人だけじゃなくて……駅も、改札も……何も無い。


 僕の周りには――――見た事も無い、乾燥した荒野が広がっていた。

 


「意味、わかんな……えっ? 何、何……何? これ」


 

思考が追いつかない。


 そもそも、深夜帯の帰宅だったのに……僕の脳天をジリジリと太陽が照り付けてきてるし。


 

 ″改札を抜けた先は異世界でした″



 頭に過ぎる、そんな一言。


 幸い、アニメのモンスターやら登場人物をチョコで作って欲しい……なんて依頼が良くあったから、ファンタジーには明るい。


 けど……チョコで再現するのと、自分が巻き込まれるのは話が違いすぎる。



「け、警察……あ、スマホ……!! とにかく、何処かに連絡を……!!」



 錯乱する思考。


 勝手に漏れる言葉。



「スマホ……あ、そうだバッグ!! え、あれ……バッグが無いっ!? あ、違……ポケットだ、ポケットに――――」



 ポケットを確認しようと、頭を下げた瞬間……強烈な吐き気が込み上げてくる。



「ウオエッ……ぐっ、ゲホォッ……」



 吐瀉する事は無く、しかし……止まらない吐き気。


 バクバクと大きく跳ねる、心臓。


 血が巡るように……全身に不快感が駆け巡る。


 これ……あれだ、先輩に無理矢理リキュールを飲まされて、酷く酔っ払った時に似てる……!!


 ズキズキと痛む頭。


 何十倍にも膨れた……そう錯覚する重力。


 グルグルと歪む視界。


 ダメだ……三半規管がおかしくなっていて、立っていられない。


 徹夜明けを彷彿させる、ドッ……と足の裏から血が突き上げてくる感覚。

 

 その衝撃は僕の膝を折り、全身へと駆け巡り……耐えられなかった僕は、見知らぬ荒野のド真ん中で一人倒れ込む。



 ――――あぁ……クリスマスで二徹した時と、同じ感覚だなぁ……。


 瞼が重い。


 何も、考え……られな……。







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