12 もっと大きなモノの気配


 頭の中でぐるぐるしているとクレータが間に入った。

「私もお供しますわ。船旅もいいものですよ」

 とても頼もしい侍女だわ。元が熊だから強いだろう、きっと。

「余も行くかの」

 いつの間にか戻って来ていたヨエル様まで言ってくれる。

 パウリーナはどうしたんだろう。

「アレはよくないものが憑いているから逃げた」

 思ったことが顔に出ていたんだろうか、ちょっと頬をピタピタした。


「でもいいんですか? アイベックスのお仲間は?」

「余は引退したのじゃ」

 初耳だ。

「すでに我が子が跡を継いでおって、悠々自適じゃ」

「まあ、頼もしいわ」

 菜々美は満面の笑顔を浮かべる。まだヨエル様との間にエラルドが入っているが。こんなに若く見えるのに結構年上なのだろうか。


「ありがとう。私、頑張って、この世界の顔に馴染むよう努力しますね」

「そうか、余も協力してやろう」

 美しい顔で微笑むヨエル様。まだ、ちょっと怖いけど、この世界こんな顔ばかりだし、この人は元々ヤギなのだから、この方から慣れて行ければいいと思う。



「そういえば魔狼って操れるの?」

「もっと大きな気配があったのじゃ」

 ヨエル様の恐ろしい発言。

「ええ? 大きな気配って」

「魔狼の親玉と言えばダイアウルフでしょうか?」

 クレータが聞くとヨエル様は美しい眉を顰めた。

「そのようじゃのう。余を見て逃げたようじゃが、気になることもある」

 気になる事って何だろう。それっきり口を噤んだが。

 ここに来て魔物が沢山とか親玉沢山とかどうすればいいのか。菜々美がしたゲームも読んだ本もそっちの戦闘系なので、いよいよ異世界らしくなってきたと拳を作る。もっと攻撃魔法が欲しい所だ。



「不安だ、お前は綺麗になった」

 隣にいたエラルドのいきなりの発言だ。

「は? 何言ってるんですか」

「どうしてそういう反応になるんだ」

 不服そうな顔でエラルドが言う。

「はっきり美女じゃないって言ったじゃないですか」

「お前はしつこい」

「だって、あの時ガーンてなったんですよ。世界で一人だけの味方に裏切られたみたいでした」

 菜々美の暴露に呆れた顔をするヨエル様とクレータ。

「大体ここに置き去りにするって何ですか!」

「何と無粋な男よ」

「まあ、呆れましたわ」

 エラルドはがっくり来た。

「違う、ちゃんと説明しようとしたのに怒ってしまうし、お前は大袈裟すぎる」

「む」

「分かったから、そんな顔をするな」

 そんな顔ってどんな顔? 分かったって何が?

 拗ねたような、恨みがましいような、むくれただっけ。どんな顔だよ。


 エラルドが頭を撫でようとする手を払おうとしたけど、菜々美よりよっぽど拗ねた顔をしていたので諦めて大人しく撫でさせてあげた。

 頼りになるのに子供っぽい、この人は一体何だろうと、菜々美は思うのだ。



  * * *


 宿の亭主に釣った魚を提供すると、亭主は喜んでくれた。

『踊る仔ヤギ亭』の亭主は大柄だが濃い茶色の髪で庶民的な顔だ。客商売に向いた愛想がよく、気っ風のいい人だ。菜々美にとって割と怖くない人種であった。

 エラルドの婚約者の所為で出すのをうっかり忘れる所だった。

「うふふ、大物でしょ」

「すごいな。こんな大物は久しぶりだ」

 ムニエルと塩焼きに唐揚げにマリネ。菜々美にはそれくらいしか思い浮かばない。【アイテムボックス】に入れておけば、途中で食べれるかと思い出す。


「すみません、たくさん作って下さい。少しお弁当にして持って行きたいです」

「ああ、それがいいね」

「アツアツがいいですー」

「大丈夫かい?」

「はいー。そうだあのケーキ、ありましたら持って行きますので」

 亭主に言うと大きなホールごとくれた。

「はいよー、これ気に入ったかい」

「はい!」

 元気よく頷いた菜々美に宿の亭主も嬉しそうな顔をする。


 結局、その日はフィン村の『踊る仔ヤギ亭』に泊って、翌日みんなで出発することになった。



  * * *


 菜々美が着ているのは【アイテムボックス】に入っていたエプロンワンピースだ。パンツの上から体形を気にせず着れるので、季節毎に何着もある。生地は麻とか綿が多いので侍女か平民と大差ない格好だ。靴はトレッキングシューズのままだがまあいいか。


 クレータが菜々美が取り出した服を色々合わせてコーデして、化粧して髪もハーフアップに結ってくれたので女の子風になっている。ドレスも長いスカートも無いので相変わらずパンツ姿だ。


 朝、エラルドが菜々美を見て目を見張った。

「ごめん、そのちゃんとドレスを買うから」

 ドレスじゃないといけないのか。でも、この村にドレスがあるのか?

「うーん、どっちでもいいの。必要なら買って下さい」


「無粋な男じゃのう」

「さようでございますわね」

 ひそひそと聞こえる声で囁くヨエル様とクレータ。エラルドは二人にこき下ろされて散々である。拗ねていじけた顔をしている。それでもまた菜々美を見て、上を向いたり横を向いたりして忙しい。


「ここはお貴族様も商人様も来ますので、雑貨屋に少しはございますよ」

 宿屋の亭主の助言にエラルドが立ち上がる。

「そうか、どこだ」

「ここを出て道なりに上がった所にありますよ」

「ナナミ、行くぞ」

 エラルドは菜々美の腕を掴んで外に出ようとする。

「え、何?」

「雑貨屋に行く。お前はその恰好ではまずい、こちらの格好をしていた方が良い」

 そのまま宿屋の外に出た。


「ヘタレと言うんじゃございませんの?」

「そちらが近いようじゃ」

 出る時にそんなクレータとヨエル様の言葉が聞こえた。エラルドは無視してずんずん歩く。道を登った所に雑貨屋と大きく書いた看板が見えた。


 店には恰幅の良い女性がいて、二人を見るとにこりと笑った。

「彼女に合うような服を幾つか見繕ってくれ」

「ああ、はいはい」

 女性は菜々美を見て色々服を出した。

「コレなんかお似合いですよ」

 店の奥から木綿の青い小花の模様のあるワンピースを出した。

「あら、素敵ね」

 襟元はレースで袖はふんわりとして、ウエストには青いシルクのリボン、スカート部分はギャザーたっぷりだ。

 何枚か買ってくれたので最初に出されたワンピースに着替えた。エラルドの前でスカートを広げてカーテシーの真似事をすると口角を上げる。


 結局、雑貨屋の女主人の薦めでローブと小物もいくつか買ってもらって店を出た。

「なかなか楽しいものだな。知っているか、男が女に服を贈る理由を」

「知りません」

 赤くなってツンと横を向く。知っているけど言わない。

 エラルドはご満悦な顔をしている。ちょっと耳が赤いけど。


 服はバックパックから【アイテムボックス】に仕舞う。エラルドからの入れ知恵だ。誰に目を付けられるか分からないから気を付けろと五月蠅く言う。小うるさいのはどっちだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る