06 ワクワク初めての魔法


 コツコツと当たりがあった。

「来た!」

 クイと合わせると、不意にガツンと来た。竿が大きくしなって、危うく身体ごと持って行かれそうになった。

「わっ!」

 エラルドがすぐに駆け付けて、一緒になって竿を持つ。引き摺られそうになる。

「大物だ!」

「魔魚とかいるの?」

「居るかもしれん」

 二人で格闘してやっと釣り上げたのはマスだった。1m近い大物だ。

 銀の鱗に赤い横線がものすごく綺麗な魚だ。

「わあ、マスだ」

「トラウトだ」


 その時、反対側の岩場から巨大な熊が現れたのだ。魚に夢中で全く気が付かなかった。ヒグマぽいっ茶色の熊は、素早く釣り上げたマスに手をかけて魚を咥えると、じろっとこっちを見て威嚇しながら逃げて行った。


「……熊?」

「くそっ、気付かなかったな」

「わーん、魚を取られた」

「仕方ないな、竿を仕舞ったか。行くぞ」

 エラルドはそこらを手早く片付ける。

「何で? もう一匹釣る」

「バカを言え、また来たらどうする、他にもいるかもしれん」

「うっ」

 3m以上あるような大きな熊だった。格闘するのは嫌だな。



 その日の野営は残った焼き魚とパンになった。魚の骨やら頭を出しにしてスープにする。ここらに生えている菊菜っぽいものは食べられないのだろうか。鑑定が出来たらいいなと、じっと葉っぱを見る。

「あれ?」

「どうした?」

 パンを削っていたエラルドが聞く。

「あの菜っ葉なんですけど『食可』って出るんですが、食べられるの?」

 菜々美は菊菜っぽい植物を少し採ってきて匂いを嗅いだ。春菊っぽい香りがする。エラルドに渡すと彼も匂いを嗅いでみて「入れてみるか」という。

 洗ってちぎって入れた。

 魚のスープにはなかなか合っている。エラルドは微妙な顔をしていたが、

「これはこれでいけるか」と頷いた。


 食事の後でエラルドが聞く。

「さっきのは鑑定じゃないのか? ナナミは魔法は使えないのか?」

「魔法が出来るか分かりませんが、ちょっとステータスを見ます」


 お城に軟禁されていた時は魔法は使えなかった。でもあれから大分経つ。何も倒していないけれど色々経験したし異世界の水にも慣れた。

 何か覚えていてもいい筈だ。勝手な思い込みだけど。


(出でよ、ステータス!!)

 出ない。どうして。

(ステータスオープン!)

(情報開示)

 何度も。くそう、何で出ないんだ、バグなのか。

(レベルオープン)

(なんか開け)

 はあ、やっと出た。


 名前 ナナミ 女 18歳

 スキル 聖魔法 生活魔法 食鑑

【異世界言語習得】【巻き込まれた異世界人】【アイテムボックス】


「何か増えてる。おお、スキルに魔法があります。鑑定はないな、食鑑って何?」

「それならば聖魔法は使えるか?」

「聖魔法と生活魔法が使えるらしいですが、私は聖女じゃなくて【巻き込まれた異世界人】のままなのに何で使えるんですか?」

「知らんが、聖女召喚に来たくらいだから素質ぐらいはあるだろう」


(割といい加減だな。まあ、素質があったからラッキーなのか?)

「それもそうですね。私は魔法を使ったことはないですけど、私の世界では魔法はありませんから」

「そうか、まず体内にある魔力を」

「魔力?」

「そこからか」

 エラルドはがっくりと肩を落として項垂れた。



「まず手を出して」

 エラルドが両掌を菜々美に差し出したのでその上に両手を乗せた。

「この手から魔力を流すから、体内で循環させてこちらの手から返す」

 何だろうこの体勢は、手を取り合って、見つめ合って、みたいな──。

 な、な、何か……。


 エラルドの右手から暖かいものが流れて来て、菜々美は手を離しそうになった。エラルドの手が引き留める。

「ぐ」

(これを身体の中で循環?)

 菜々美の顰めた顔を見て、エラルドは諦めたように手を離した。

 そのがっかりした様子を見て菜々美は慌てた。何もかも失って、自分の存在さえも失ってこの世界に来たのだ。せっかく魔法が使えるのに使わない手はない。


「ええとですね、エラルドさん。正面からだと恥ずかしいのです」

 菜々美は花も恥じらう18の乙女なのだ。

「後ろから顔を見ないようにすれば何とかなると思います」

「ふむ。じゃあやってみるか」


 エラルドの前に背を向けて座って、もう一度手を重ねる。エラルドの身体が一回り大きいのですっぽりと腕の中に納まった。正面にいるより安定するけれど、後ろからだと 身体がとても近い。距離を取っても男の体温が伝わって来る。

 手からも何かが伝わって来る。

「む」

(魔法は覚えたい)

 熱を受け入れた。手から胴、足に行って反対の足から上がって心臓で交差して頭に行って、そして反対の手に流す。


 手を繋いで身体の中の魔力を体内で巡回させエラルドに渡す。

 グルグルグル……。

「くう、これ身体中が熱くなってホカホカします。ヤバイですね」

 頬を染めて目をキラキラさせて菜々美が言う。

「どっちがヤバいのか──」

 エラルドは口元に手をやってコホンと空咳をした。


「うーむ、お前は魔力が多い。俺も多いから練り上げると凄いことになるな」

 エラルドは繋いでいた手を離して菜々美の掌を上に向けさせる。

「掌に魔力を集中させろ」

「掌に魔力を集中──」

「頭に浮かんだ言葉を紡げ」

(言葉──?)


 すると、勝手にするすると口が言葉を紡いでゆくのだ。誰かが何か言っているのを幼子のように何も考えないでそのまま復唱する感じ。

「我、精霊の御名において助力を希う。癒しの精霊よ我らを包め、聖魔法ヒール!」

 ほわんとエラルドと菜々美の身体が温かい何かに包まれる。


「うわっ、なにこれ素敵──」

「すごいぞ、ナナミ。身体が癒される」

「そうなの?」

(ヒールって範囲魔法だっけ?)

 体のあちこちにあった切り傷や擦り傷が無くなっている。エラルドのゴツゴツの手も綺麗になっている。


「よし、ついでに生活魔法を教えよう」

「清浄、ライト、撹拌、点火」

「結界が出来るか? 祈りはどうだ? 浄化は?」

 魔法授業が始まった。

 毎晩、寝る前の一時間、魔力の流れを確認する。

 移動中は結界とか浄化とか覚える端から使う。

(結構使えるんじゃない、私。ふっふっふ)

 菜々美はこの世界に来て初めてワクワクして来た。


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