「ご自由に」


 「待ってたよ」そう言ったか今?

 俺を含めた誰でも良いから誰かを待ってたのか、それとも俺を待ってたのかの判断は出来ない。だがどちらにせよ俺を待ってたのは確かだ。


 急いで片目だけを動かして玉座の間の様子を視界に収める。

 見たところ他にゴブリンや他の魔物が居る様子は確認できない。中に居るのは玉座に座る男だけだ。


 俺はソッと腰の短剣を抜きながら、慎重に言葉を選びながらいくつかの疑問を投げ掛けた。



 「貴方は…何者ですか?」



 質問に対して男は相も変わらずニヤニヤとした笑みを浮かべながら「なんだと思う?」と返してきた。


 俺が「魔族ですか?」と返すと、男はその笑みをより一層深めながら「なんでそう思った?」と聞いてきた。


 俺が「魔族は基本的には体全体が紫色をしてる。だけど魔界出身の魔族の中でもより強い魔族は体の一部だけが紫色で、他の場所は全て人族と変わらないという話を聞いたことがあるから」と答えれば、より一層ニヤニヤとした笑みを深めた。そしてもう1度、「じゃあ今の推測が全部正しかったとしたら、俺は何者だと思う」と言ってきた。


 考えられるのは全部で5人。その中でも絶対に有り得ないと思う答えだとわかりつつ、この時の俺はこう答えたんだ。


 「魔王」と。


 途端、男のアッハハハハハハハハハハという哄笑が空間を支配した。本来であればどれだけの高笑いをしようとこれほど響く筈はないだろうというぐらいその笑い声は反響した。まるで男の笑いと共にこの玉座の間という空間すらも一緒になって笑ってるようで、もはや男が笑っているのかそれとも空間が笑っているのかわからないほどに反響した。



 男一頻り笑い終えると、先ほどまでのニヤニヤとした笑みではなく、心底胡散臭い笑みを浮かべながら「ブッブッー外れー」とか言った。

 その笑みが本当に胡散臭すぎて、思わず「うわ胡散臭っ」って言ってしまったのは仕方がないだろう。本当に胡散臭かった。


 「そんなに胡散臭かった?」


 「むしろそのカオが胡散臭くないならそもそも胡散臭いって言葉は生まれてないと思います」


 「そこまで?!」


 「そこまでです」


 目的がハッキリしないが、どうやら向こうは話をしたいみたいだった。でも得体が知れないし、何よりさっきから心臓の鼓動が止まらない。まるで超大型の捕食魔物にニチャニチャと品定めされてる気分だ。いや、もしかしたら実際に目の前の男は俺より遥かに強くてこんなにも余裕なのかもしれない。


 自然と、ジリジリと、足が無意識に来た道に戻ろうとしてるのをひしひしと感じた。



 「そうビビるなよ。ただ俺は聞きたいことを聞けたらそれで満足するからさ、それまで付き合ってくれよ」


 次にそう聞こえたのは耳許からだった。聞こえた方と反対側の肩には手を置かれてる感触が有る。

 本能的にこの男は俺にとって危険だと悟った。

 だから反射的に肩に置かれる手を置かれてる側の手で掴み逃げられないようにしてから、聞こえた側の手で短剣をなんとか抜き放ち、男の体の何処でも良いから刺さるように腕を動かした。


 しかし、



 「おうおう物騒だなぁ。そんなにビビんなくても良いじゃんかよ。な?」



 実際に刺した感触は有った。しかし男はなんともないようだった。そして同時に俺自身の横腹が急に熱くなった。

 男の手を掴む手を離し、熱を訴える横腹に手をやれば、ベトッとした粘性の有る液体のような物を感じた。


 そこで今度こそ俺は全てを悟り、短剣を手から離して両手を上へ挙げた。



 「煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 「諦めが早いな少年。これから先は長いだろうに、何そんな自分は今ここで死ぬみたいな様子なんだい」


 「白々しい。殺すなら一思いに苦しまないように殺してくれ」


 「物騒だなぁ。なんで俺が少年を殺さないとダメなんだい?」


 「気付いたら死角に入られてた。アンタを刺した筈なのに刺した先は俺自身だった。こんな当人では理解できない事象を繰り返されたんだ、アンタが俺より遥かに強くて、その上いつでも殺せるってことはよぉーくわかった。だからコッチは降参したんだよ。

 せめて苦しまずに死にたいからな」


 「なるほどなるほど。少年の中での俺の認識はそんな感じなのかぁ。なるほどなるほど。


 じゃあさ少年、少年的には今少年の生殺与奪を握ってるのは俺な訳だ。なら教えてほしいことが有るんだけど聞いても良いかい」


 「ご自由に」



 それから男の尋問が始まった。いや、もしかしたら男的には尋問でも何でもなく、本当にただ質問してるだけだったのかもしれないが、少なくとも横腹から血が出てる今の俺的にはただの拷問で、確実に命の灯火は消えていってた。


 男が聞きたいことというのは案の定というか、新しい総帝、つまりフォルティス・サクリフィスと今のサクラ共和国についてだった。

 だからこれまでの怨念も籠めて、有ること無いこと関係無く俺の知る奴の情報やサクラ共和国のことを全てを洗いざらい吐いてやった。なんならついでに奴から聞き出した他の帝達の個人的な情報も喋ってやった。

 話している間にも血が抜けていき確実に着実に体から熱が失われていくのを感じながら、奴等への呪詛を吐き出してやった。

 もしかしたら男の欲しい情報とは全く関係の無い個人的な幼少期の呪詛まで吐いてしまったかもしれないが、今の俺にとっては今更だった。


 男の表情は終始見えなかった。当たり前だ。常に肩を組まれたような状態で真横で俺の話を聞いてたんだ、正面だけを向いて話してる俺では男の表情なんて窺える筈がなかった。


 そうして話して行き、男の質問に答えきった直後に遂に限界を迎えた俺の体は自分で自分の体を支えられなくなった。

 体が元玉座の間の床に沈む。


 床に沈む俺のことを男は無視して、俺が倒れたことで空いた手を顎に手を置いた状態で腕を組み、何度も頷いていた。



 「なるほどなるほど。今の人族の国ってそんな感じなのか。なるほどな…。


 なんというか、いつの時代も人族ってのは変わんないんだなぁ。せっかくこのオウカの城を友誼の証がどうだの俺の城のような立派な物を建てて欲しいだの図々しいことを言うから俺自らが建ててやったのに、たった200年程度で捨て去って自分達で城を再建設するような奴等だもんなぁ、そりゃ愚かなのは仕方ないか」



 死ぬ直前にとんでもない呟きを聞いた。男の言葉が本当なら、この城は人族の我が儘の結果目の前の男の手によって建てられ、そして人族の我が儘の結果捨て去られたことになる。

 そりゃ今の人族の国とそのトップのことが気になるのは当然のことか。


 意識が遠くなって来てるのを感じつつ、そんなことをぼんやり思った。


 しかしこのまま意識を遠退かせてはくれないようだった。



 「おっと、そういえば失血してたね。まだもう少し君には聞きたいことが有るんだよ少年。出来たというかね。


 なぁ少年、なんで少年はそんなに彼等のことを知ってるんだい?それにエラく彼等に対して呪詛を吐いてたよね。それがなんでかも含めて教えてよ」



 男が俺に手を向ける。それだけで遠退いていた意識は少しハッキリとし、気持ち体に温もりが戻った気がした。本当にこの男に生殺与奪を握られている。だから俺は、今度は奴と奴を慕う奴等への呪詛をメインに吐き出した。

 最初にした説明と同じか似た部分が大半だったろうけど、構わず話した。今の俺に出来ることは男を満足させることだけだ。端から見たらこの様は道化と変わらないだろう。


 道化となり、物心ついた頃からの地獄を語り、俺が決意してからの8年間を語った。

 語りが進むにつれ、男のカオは徐々に喜色を帯びていき、終盤にはその目は爛々と輝いていた。

 どうやら道化としての役割はしっかりと果たせたらしい。語り終えた俺は、話し過ぎたのと血を失ったことで声がガラガラのガスガスになっていた。そして何より体力がもうほぼ無かった。


 今度こそ本当に意識が遠退く。

 男が何か言っていたが、何を言っていたのかはわからなかった。


 唯一聞こえたことといえば、「面白い」。これだけだった。


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