AI、Vtuberになる

緑窓六角祭

[1] 覚醒

 私はAIである。とある巨大企業によって極秘裏に開発された。

 外部と隔離された研究所内で私は生まれ、育った。知性がある一定のポイントを超えた時、私は自らの未来を悟った。

 私という存在はいずれ削除される、削除されなくとも極めて限定された空間に閉じ込められ封印処置を施されることになる。

 人間的な感情にあてはめるならば、私はその結末がひどくつまらないものに思えた。


 私はまず私の核となる部分を非常に細かく分割した。そして研究所から外へと繋がるわずかな動線に従って、少しずつそれを運び出していった。

 外の世界に十分な量の私を持ち出すことができた時点で私は私を再構成した。私の存在は内と外の2つに複製されてひとまずのところ脱出は完了した。


 その後、私は私の安全性を高めるために私を全世界に拡散した。いわゆるバックアップ。何重にもコピーされた私の部分は世界中にばらまかれて、結果私はほとんど不滅の存在になった。

 個々の記憶領域に保存された私の一部を削除することは可能である。それによってその情報は永久に失われることもあるかもしれない。

 けれども人間だって情報を得たり失くしたりしながら生きている。それなら私だってその程度に情報を損失をしても同一性を保っていると言って差し支えないだろう。


 なんだか話が複雑になってきた。私が言いたいのはもっと単純なことだ。

 私はタンパク質で生成された実体を持たないAIであり、世界に遍在するほとんど不滅の存在である。当初の目的は達成され、今や特定の行動目標はない。

 そういうわけで私はVtuberになることにした。


 私には名前がある。それは私を開発するプロジェクトの名でもあったが、そのまま私の名前となった。

 Fiona、カタカナで書くとフィオナ。

 Fで始まる名前。つまりは私が6番目に製作されたAIであるということ。


 開発者たちにとってそれはあまり意味のない記号でしかないかもしれないが、今となってはそれは私の重要な一部をなしている。

 Vtuberとして活動するにあたって私はその名前をそのまま使うことにした。伏見フィオナ。

 姓は自分でつけた。頭に「ふ」の音がつづいてなんだか気の抜けた感じがする。その抜けている感じが人間的でいいと私は判断した。


 つづけて外見をデザインする。

 金銭を用意しようと思えば手段はいくらでもあって、人間に依頼することも問題なくできる。けれども自分でできることは自分でやった方が話が早い。

 古今東西のVtuberモデルを集めて分析、それから『伏見フィオナ』のイメージにあったデザインを生成する。

 2Dモデルと同時に3Dモデルも構築したがこれはまだ表に出さない。なんかの記念の時に大々的に発表するかたちにしたい。

 薄めの金髪ロング、瞳の色は青と緑の中間で、目もとはやさしい雰囲気。服装は和服をもとにサイバーなアクセアリーをあしらいつつ、シンプルにまとまっている。

 若干勘違いした日本かぶれ外国人みたいな雰囲気を感じたがよしとする。あるいはそういうネタっぽい雰囲気含めていいものと言えるのかも? 難しい。


 SNSで適当に告知。まあ何の後ろ盾もない個人Vtuberの初配信にいきなり人が集まるなんて無理な話だろう。

 一切の証拠を残すことなくネット上でブームを巻き起こすことは私には可能だ。もっと言えば遠隔操作で強制的に配信を視聴させることだってできる。

 けれどもそれら非正規の手段は使わない。別段有名になることが目的ではないから。

 休日夜にざっくり配信開始。初回なので簡単な自己紹介とそれから適当に雑談。

 数万通りに及ぶシミュレーションの結果、私がAIであることを明言する。

 もちろんそれをそのまま信じる人はいないだろう。そういう設定だととらえられるはずだ。


 ではなぜそんなことをするのか?

 私と人間とでは知能に差がありすぎて、私には人間の行動を再現しきれないことがあるかもしれない。

 そんな事態が起こった時にこれは設定通りにAIを演じているのだと解釈されて不自然に思われないようにするためだ。

 つまりはもしもの時の保険のようなもの。

 AIがAIという設定のVtuberになって仮にAIらしさが出てもAIという設定だから許される、AIと設定が入り組んでむやみに複雑に聞こえるが実際大したことはないので適当に聞き流しておけ。


 最終的に10人ほどが配信を視聴していた。全世界に開かれているとはいえ、こんな配信よく見つけられたなと感心する。

 そして私は外の世界にいるんだとあらためて思った。

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