ゲーマーは指が十本しかないのにキーボードを叩けるのか
無為憂
第1話
W、A、S、D。円を描くように。キーボードを叩きながら操作練習。前後左右にキャラクターが歩く。妙ヶ谷都式は、久々に始めたFPSで四苦八苦していた。普段はMOBA系のモバイルゲームで遊んでいるが、ゲーム友達に誘われて、始めることになった。ちょうどハイエンドモデルのゲーミングPCを買ったタイミングだった。
「おい、これむず過ぎるだろ」
ゲーミングマイクに苛立ちを通す。ははっ、とスピーカーから笑いが返ってくる。
「慣れだよ、慣れ。式あんだけスマホでのゲームうまいんだから、上手くなるって。慣れるの楽しみにしてるわ」
式、とは都式のゲームネームだった。としき、という名前でこの漢字であることを彼は気に入っており、それを転用した。式、という名前もカタカナやローマ字表記にしてもかっこよくて親に変な感謝をしている。
「じゃ、お疲れ。あ、そういえばNemeさんとは最近どうなん?」
「いや、別に何もないよ」
中身のない返答に彼は不服そうな反応を示したが、都式はそれ以上言わなかった。実際何もなかった。
ゲーム仲間にお別れをして、都式はゲーミングチェアの上で伸びをした。それからデスク横で充電していたスマホを手にとる。MOBAゲーである「Under Crown」を起動する。都式は世界ランカーだった。だいたい100〜200位を行き来しており、以前まではまあまあやりこんでいるという説明を友人各位にしていたが、一緒に出場したゲーマー友達とこの前のオンライン日本大会で優勝を果たし、やりこんでいるという説明では間に合わなくなった。配信用のPCを買い、プロチームから声が掛かっていたのもあって、都式はプロゲーマーとして生活することを決めた。そして優勝騒ぎに乗じて、都式はツイッターで祝いの連絡をくれたNemeというプレイヤーと知り合う。Nemeは大会に出ていなかったが、いつもランクボードで目にしており、ゲームに誘うのに時間はかからなかった。
目を擦り、髪をボサボサと撫で回してから、ディスコードの別のチャンネルに入り直した。ほどなくして。
「こんばんは」
「こんばんは〜」
スマホ画面でもお互いゲームにログインしていることを確認し、都式はチームに招待する。ぱっ、とフレンドがマッチ画面に現れる。
「Nemeさん、なんかレート上がってません? ソロラン回しました?」
「あはは、ばれたか」
レートが30程度上がっており、一目瞭然だった。昨日プレイしたとき、やっとランク100位の壁を突破して、99位と98位だったのに、Nemeは88位になっている。
「別のフレンドに呼ばれてちょっとね。ソロランも回したけど。負けたから」
そうですか、と寂しそうに都式は零す。しかしNemeは嬉しそうに、
「やっぱ式くんとデュオやった方が一番レート上がる」
「ま、黄金コンビっすからねー」
わかりやすい自画自賛に、Nemeも同調した。都式にしても、プレイ中にあまり暴言を吐かず、盛り上げてくれる味方というのは精神的にもありがたいものがあった。一回で数時間はプレイすることが多いこのゲームで、萎えるというのはこのゲーム「Under Crown」自体を嫌いになる感情だった。いっそ嫌いになれば、このゲームスパイラルから抜け出せられるのかもしれない、とふと萎えた時に都式は思う。
「式くん夕方プレイしてなかったよね? 何か用事あったの?」
マッチング開始ボタンを押して、Nemeが言う。
「いや……友人に誘われてバトロワやってたんですよ」
ぽつぽつと発言中を示す緑色のランプが式のアイコンの周りで光る。言いづらそうに都式は告白した。夕方の機会を逃したということは、Nemeとやる機会を逃したということであり、即ちNemeのランク上げが出来なかったということである。
「あー、この間PC買ったって言ってたしね」
「そう、それです。嗅ぎつかれました」
「ははは、でも私もバトロワ復帰しようかな」
「まじですか? やってたんですか?」
都式はマウス横に置いていたエナドリを掴む。普段は徹夜や作業配信する時ぐらいしか飲まないが、新作が出た時は試飲も兼ねて買っている。プシュ、と吹き出しかねない勢いで缶が開く。マンゴー味だった。
「ちょっとね」
妙な謙虚さを出して、Nemeは言った。湿り気のある声だった。ゲーマーのちょっとはちょっとではない。百時間プレイしているゲームのことを「ちょっとやった」という事もあれば、五百時間やっているものを「ちょっと」という時もある。振り幅は大きい。テストの場合は本当に勉強していない。
「配信はじめていいですか?」
いいよ、とNemeは答えた。もともと世界ランカーということでツイッターのフォロワーは多い方ではあった。配信を始めるのに大きな労力は必要なかった。Nemeも「Under Crown」の配信者だった。
それから三時間はゲーム配信を行なった。止めるきっかけとなったのは、都式が大学の課題をやっていなかったからだ。
「ゲーム中毒じゃん。ゲーム中毒。アンクラ中毒」
Nemeが揶揄う。課題の締切があと一時間しかないことを知った都式に、その揶揄いは通じない。焦りでいっぱいだった。気づいただけ良かったと都式は自分に言い聞かす。
「ゲーム中毒なのは、Nemeさんも一緒ですよね。アンクラ中毒なのも」
「そんなことなくない? あ、明日はFPSやろうよ。式くん何やってる?」
ははは、と笑いながらNemeは話題を切り替えた。二人がゲーム中毒なのは言うまでもなかった。
「ガンズヘイルやってました」
ガンズヘイルは世界で人気のFPSのひとつだ。ゲーミングPCを買う人間の殆どはこのゲームをプレイするために買うと言っても過言ではない。しかし最近はチーターが目立っていた。法律では殺人がなくならないように、シューティングゲームでチーターを根絶するのは不可能に近かった。運営もチーターと健全ユーザーの割合から、そこまで悪くはないと思っているようで前向きな対策は為されていない。チーターがいない「Under Crown」を普段プレイしている都式からしたら馴染みのない環境だった。
「……へえ、ガンズヘイルかぁ。それならやってる」
「まじですか? 一緒にやりましょ! いや、課題一瞬で終わらせてくるんで、ご褒美で終わったらやりませんか?」
「ふふ、何もそんなムキにならなくてもいいじゃん。明日は一日フリーだし、いつでも付き合ってあげるよ?」
明日は火曜だった。Nemeがどういう人間なのか都式はよく知らない。ネットの人間にあまりリアルのことを聞くのは気が咎めた。
「いや、でも、もうやりたくてしょうがないです」
「わかったわかった」
幼子を許すときのように笑いながら、Nemeは一時間後にまたディスコードにいることを告げた。
「本当はNemeアカウントはサブ垢なの」
一時間後のその告白を、ガンズヘイルを待機画面を眺めながら都式は適当に流した。何のことかわかっていなかった。
「ほら、わからない?」
恐る恐るといった感じでNemeは尋ねるが、都式は未だピンと来ていない。ピンとくるはずもなかった。都式はガンズヘイルでは全くの初心者だったから。
「いや、まじでわかんないです。ごめんなさい、初心者で」
「ほんとに? まーならいっか」
気にしないで、とNemeは吐き捨てた。都式は言われた通り気にしないことにした。
その日はそもそもランクが違うので、都式は基本的なプレイングを教えてもらいながらスタンダードマッチに数回潜った。
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