煙草、氷菓、高級乗用車、青ズボン

 ノーズウェルの王宮の角で身をひそめる……

 俺に与えられた任務は、ディータルという政治家の暗殺だ。

 ディータルは転生者が女王になることに反対し、セプタテラと内通していた。

 しかし、こちらの転生者が一人やられた事で戦況が変わった事で、余計な事を喋らないように殺害を依頼されたわけだ。


 昨日までは厳重に守られていた王宮だ。

 しかし、今日は兵士が訳の分からない事を話しだし、統率が取れていなかった様子だ。

 何があったか俺にも理解が出来ないが、おかげで簡単に潜入出来た。


 さて、閉まった戸を開けよう……

 先に得た情報では、ディータルはこの時間は一人でいるらしい……

 俺は万年筆を取り出す。

 これが、俺のチート魔道具。

 名前は《偉大なる詐欺師》って言うらしい。

 大きさに制限があるが、好きな形に形状を変えることが出来る能力を持っている。


 俺は万年筆を鍵の形にして開錠し、すぐに万年筆を『胸の内ポケット』に入れた。

 冷たいドアノブを回すと、そこに居たのはターゲットの政治家ではなく女王だった。

「どちら様でしょうか? 」

 女王が腕を組む。

「すいません、私はこういう者です。 ディータル様と打ち合わせをするために来たのですが? 」

 俺は、『胸の内ポケット』から商会の証明書を取り出して見せた。

「ディータルは今、檻の中です」

 息をのみ込み、汗が頬を伝うのをひしひしと感じる。

 既にアイツは裏切り者だという事がバレていた。

 俺は一旦、商会の証明書を内ポケットにしまう。

「この状況でディータルに用事があるという事は、まぁある程度予想は出来ます」

 女王が片手を上げると10人ほどの兵士が俺の前に立ち槍を向けた。

 兵の向こう側で女王は静かに俺の方を向く。


 俺は心の中で『やらなければ』とつぶやいた……


 魔王を倒した後の俺は似たような転生者4人ほどで盗賊団を築き、各国の金品や財宝を盗んで回った。

 この魔道具ならどんな要塞でも、どんな城でもこじ開けることが出来る!!

 しかし、セプタテラの城で俺はミスし、仲間と共に捕まってしまった。

 仲間を解放するために、ディータルを暗殺しなければいけなかった!!

 しかし、仲間を開放するのにお釣りがくるほどの大物が目の前にいる。


 俺は、関係ない人を殺したくない。

 震える腕を抑えながら女王を見る。

 申し訳ないが、どうしても仲間を救いたいんだ。

 やるしかない。

 俺は殺されてもいい、敵の兵と刺し違えてでも女王を暗殺する。


 俺は『胸の内ポケット』から、杖を取り出した。

「お前ら、この杖に見覚えあるんじゃねぇか? 」

 周りの兵士が一歩引きさがる。

「なぜそれが、この場所に? 」

「やはり、見間違いじゃない……」

「あれは、紫炎様の魔道具じゃないか? 」

 兵士は動揺を隠せずにいた。

 しかし、これは『自分が殺されない状況を作った』に過ぎないが……

 俺は魔道具に対して、生きてるんじゃないかと思う瞬間がある。

 俺の意思に関係なく敵が最も信頼する姿、敵が最も恐れるものに変わるからだ。

「さぁ、近寄ったものから殺す!!」

 俺はこの杖の効果も何もしらない、この魔道具がこの姿になりたいと言ったから信じるのみだ。

「皆さん、死ぬことはありません。 転生者には転生者が向かいます」

 兵士をどけ、女王が前に立つ。

 耳には大きなイヤリングを光らせていた。

「あなた、人を殺したことは? 」

 女王は顎を引き、俺に聞いた。

「10回程…… 盗む現場を見られて……」

 俺は嘘をついた。

 人なんか殺したことない、威圧を与えるためにハッタリをかます。


 俺には脅すしか手はない。

 女王が隙を見せた瞬間に、この杖をナイフに変え、その胸に致命傷を与えるだけだ。

 そのあと、周りの兵士は俺を攻撃するだろうが、構わない。

 仲間を救う。


「へぇ、貴方の魔道具『偉大なる詐欺師』って言うんですね」

 女王は腕を組みながら、笑う。

 背中に冷たい汗が伝うのを感じる。

「能力は、魔道具を好きな姿に変えられる。 ここに来た理由は、仲間を救うため……ですか」

 この女王は全てを知っている。

 そして、女王は一歩一歩、歩みを進め俺の前にまでやって来る。

「殺してみてください」

 目と鼻の先、その吐息が感じられる距離で女王が言う。

「私にも仲間が居てその大切さを知っています、貴方も仲間を救いたいのでしょ? 」

 戦慄!!

 俺は息をするのを忘れ、右手を押さえつけていた左手さえもガタガタと震えを上げる。


 俺は自分に嘘をつきながら、杖をナイフに変える。

 そして、女王の首の数センチ近くまでナイフを近づけたところで。

「今頃、アトラクとサムは、どうしているのでしょうか?」

 その女王の一言で、ナイフを落としてしまった。

 こいつらには全く面識はなかったが、自分の仲間の事を思い出してしまう。

「貴方の魔道具は私の魔道具と相性が悪かったみたいですね」

 女王はつぶやいた。


 その瞬間、兵士が一斉に襲い掛かってくる。

「その必要はありません」

 女王が兵士に喝を入れた。

 完全に戦う気を失った俺に女王は声をかけた。

「貴方、帰りなさい。 ディータルは暗殺された事にしておきましょう」

「はぁ?」

 俺は声を上げた。

「いいのか? 俺はお前を暗殺しようとしたんだぞ!!」

「今、殺意はなくなりましたよね? 」

 女王はクスクスと笑う。

「女王様、ご協力いただいたところ申し訳ないが、俺が手ぶらで帰っても仲間は解放されない」

 俺はうつむく。

「ティーダルの首を明け渡せと? 」

 女王は口角を上げた。

「そんなことしなくても、ティーダルを殺されたと信じ込ませる方法はあります」

「え?」

「貴方の魔道具は床から落ちてもナイフの形を保ったままです。 つまり君の手を離れてもこの魔道具は効力を発揮しているという事です」

 胸が満たされた感覚だった。

 自分の手元から魔道具を手放す覚悟が必要だった、しかし仲間を救えるのであれば屁でもない。

 俺はナイフを拾い、それを『生首』に変えた。

「そうです、貴方の魔道具はあとからいつでも取り返すことが出来ますので、ご心配なく」

 女王はパンと手を合わせて笑った

「ここから出る前に一つ聞きたい」

 俺は女王に聞いた。

「なんでしょうか? 」

「女王として王宮に入られしかも政治家一人暗殺されるなんて顔に泥を塗る行為だ。 なのに、なんでお前はそんなに優しいんだ? 」

 それを聞いて女王は大きな声を上げて笑う。

「私の目的、それは、全ての人が信じあえる世界を作り上げる事です。 嘘も、裏切りもなく、全ての人が信頼し合える世界。 そのためには貴方の様な人も必要なのですよ」

「俺が、その世界に関係あるのか? 」

「少なくとも、私はそう考えています」

 女王はセプタテラのある浮遊島を指さした。

「さぁ、行きなさい。 大詐欺師、嘘を嫌う私の気が変わらないうちに、あの場所を目指すのです」

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