第34話 邪神・グランジャー

「くくく……」


何もない虚空。

そこに微かに差し込む僅かな光源を見つめ、黒い翼を生やした男が笑う。


――邪神・グランジャー。


かつて世界を滅ぼしかけた邪悪な神。

その見つめる先は、自らが干渉して変化した未来――レイヤ達の姿である。


エヴァン・ゲリュオンの中身を入れ替えたのは他でもない、この邪神グランジャーの仕業だった。


「これで憂いが消えたな」


邪神を封じた封印は、綻びを見せていた。

長き時間の中、グランジャーが内部から干渉し続けた成果だ。

このままいけば、封印は近い将来解ける事になるだろう。


復讐のための再臨。

それが邪神の望み。

だが一度破れた事で、グランジャーは慎重になっていた。


――だから綻びから、世界の未来を予知した。


そしてその予知の結果、邪神は復活直後に自らの血を引く存在。

レイヤ・ガーディアンと、その仲間達の手によって自らが滅ぼされる事を知る。


光と闇属性の調和。

邪神の血。


――更に、奪って得た勇者の力。


邪神には、殺した他者の力を奪う能力がある。

そしてその血を引くレイヤにも、多少なりとその力は受け継がれていた。

そのためレイヤは、勇者の血を引くエヴァン・ゲリュオンを倒した事で無意識にその力を得る事となる。


この3つの要素が合わさる奇跡。

それが邪神を滅ぼすのだ。


「最小の干渉で起こした結果だ。プッチョンも気づけまい」


未来をそのままにすれば、自分は死ぬ。

だが下手に力を使って干渉すれば、それはプッチョンの知る事となる。

そうなれば、封印の綻びに気付かれてしまうだろう。


それを邪神は避けたかった。

かつて勇者と共に自身を封じた大神、プッチョンに知られるのだけは。


今の堕落したプッチョンならば、グランジャーの敵足りえない。

だが戦う必要はないのだ。

プッチョンは封印を補強すればいいだけなのだから。


封印の綻びが知られれば、封印の補強で邪神の復活は露と消える。

故にグランジャーは、細心の注意を払って探す。


――運命への干渉方法を。


それは簡単な事ではなかった。

直接世界に力を振るって、危険な存在を始末する訳にはいかない。

誰かを洗脳して、道筋を変える様な真似も出来ない。

どちらも痕跡から、自身の干渉が露見する可能性高いからだ。


世界への最小限の干渉で、未来を変える方法。

時間をかけてでも邪神はそれを求め、そして見つける。


――それは魂の入れ替え。


限りなく近い魂の波長を持つ者同士ならば、最小限の干渉で魂を入れ替える事が出来る。

その事に気付いた邪神は探し回った。

自らの世界だけではなく、それこそ無数に存在する異世界にまでその探索範囲を伸ばして。


やがて邪神の目に、一人の人間が映し出される。

その魂の持ち主の名は山田太郎。

エヴァン・ゲリュオンと、限りなく魂の波長を同じくする者。


邪神は歓喜し、早速魂の入れ替えを行おうとする。

だがそのまま何も考えず入れ替えを行えば、状況の分からない魂が場の状況に流され同じ運命を辿るかもしれない。

そう気づいた邪神は、入れ替える側の魂に情報を与える事にした。


――ゲームという形で。


地球の神は、大した力を持たない虚弱な存在だ。

だが個人に直接情報を埋め込もうと、前段階として事前に魂を弄る様な真似をすれば、流石に何らかの妨害を行ってくる可能性があった。


いくら虚弱とは言え神である。

ピンポイントの妨害くらいは出来るだろう。


だからと言って、魂を交換してから情報を与える訳にもいかない。

それをすれば、プッチョンに察知されてしまう。

そこで邪神は干渉するターゲットを絞らせないため、山田太郎の趣向に合わせ、ゲームという形で情報を配布したのだ。


ゲームの製作者をうまく誘導せんのうし、限りなく正確な情報を乗せたゲームを。


その狙いは見事に成功する。

地球の神は異世界の邪神が何かを狙っている事に事前に気づく事は出来ても、その真意を絞る事が出来なかった。


――そして魂の入れ替えが行われる。


プッチョンに気付かれる事無く。

地球の神に妨害される事もなく。

邪神の狙い通り、完璧に。


「まあ、世界の干渉が入った時は流石に肝を冷やしたがな」


レイヤが勇者の力を取り込み、邪神を倒す。

それが世界における大きな流れ――正史だ。

それが歪む時、世界は逆にそれを正そうと動く。


世界による強制力。

山田太郎が強制イベントと呼称した物だ。


それは邪神の想定外。

エヴァン・ゲリュオンへの死の強制。


――だが彼は生き残った。


それは世界の強制力が大きな流れを戻そうと働きはしても、小さな動きまでは修正しなかった事が原因である。

例えば、エヴァン・ゲリュオンとなった山田太郎が行った行動による変化だ。


本来ない筈の行動。

ゲヘン壊滅による、レイヤ達の取得する筈だった経験値の減少。

メエラを救った事による、ドワーブン姉妹の動き。


これらが些事として世界から無視されてしまった結果、山田太郎は死ぬ事無く生き延びたのだ。

特に、後者の影響は相当大きかったと言える。


「強制力による揺れ戻しはまた起きるだろう……」


世界の未来に対する修正。

それは一度だけでは済まない。

再び世界によって、エヴァン・ゲリュオンはその命を狙われる事になるだろう。

それも生きている限り何度も。


「だが、奴は強くなる事を選んだ」


ただエヴァン・ゲリュオンを死なせるだけなら、そう難しい事では無い。

遥か上空に転移させるだけで、地面に叩きつけられ潰れて死ぬ事になるだろう。


だがそれでは駄目なのだ。

世界にとって重要なのは、レイヤが彼を直接その手にかける事である。


必要なのは勇者の力を取り込む事。

適当に殺してしまったのでは、それは叶わない。

そして当然、エヴァン・ゲリュオンが強くなればなる程それは難しくなる。


「くくく……全ての情報を与えたのは正解だったな」


邪神の辿る筈だった運命を含め、世界の情報を全て丸々ゲームとして山田太郎は吸収している。

神の施した結界の穴を付いて、天空城に入り込めたのもそのお陰だ。


そして彼は、その状況を利用し強くなる事を選んでいる。

超高速レベルアップと、強装備の入手。

それは即ち、世界の強制力に対する強い抵抗を意味していた。


「世界の修正と言うイレギュラーはあったが、このままなら順調に進むだろう。待っていろ、プッチョン。貴様は必ずこの俺の手で……ああ、楽しみだ」


自らの復活。

そして、復讐。

その日に思いを馳せ、虚空の中で邪神は邪悪に口元を歪めた。



―――――――


本作をお読みいただきありがとうございます。

ここで第一部終了になります。


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