47.無理やり灯された心の火

『お前…………』


『あ、ちょっと、やめろって……!』


『…………もしもーし。聞こえる?』


 その声は遠かった。当たり前だ。小路こみちの付けて“いた”イヤホンはあくまでこちらからの声を受信するだけのものだ。従って、そこに語り掛けても、俺には聞こえない。ただ、その語り掛けを聞けば、音声以外届かないその先で、一体何が起きているのかは明白だった。


『それ……イヤホン?』


 堺田だった。この時点でもう、俺から小路にアプローチする方法は無くなったと言っていい。そして、今までの会話が、小路単体ではなく、他の人間による入れ知恵があってなされていたこともまた、白日の下にさらされてしまった。


『チッ……受信専用かよ。おら』


『あっ……』


『どーせ鞄の中とかだろ?見せろよ』


『ちょっと……やめてって!』


『おい、堺田。こいつ押さえろ』


『らじゃ☆』


『ちょっと……マジで……ホントに……』


『うるせえっての……良いから見せろって!』 


 暫くの沈黙。


 やがて、


『なんだよ、ポケットか。もしもーし。聞こえてますかー?聞こえてたら返事してほしいんですけどねー。どうせアイツだろ?この間突っかかって来た。なんつったっけ名前』


 堺田さかいだが、


神木かみきとかじゃなかったっけ☆』


『かみきぃ?なんだよそのかっこつけた苗字はよ。こんなこっすいことして。お前なんかズル木だ。ズル木。おい、聞いてんのか?』


 俺の隣から、二見ふたみが小声で、


「ちょ、ちょっとれいくん。どうするのこれ。作戦、バレちゃってるよ」


 小此木おこのぎも、


「そ、そうだよ。な、なにか作戦、ないの?」


 俺は重たい唇を無理やりこじ開けて、


「…………ない」


 二見が、


「ないって……そんな無責任な」


「んなこと言われたって……ここからどうしようもないだろ。あくまで小路が言い負かすから意味があるんであって、俺がやったって意味ないし。そもそも、俺が出ていったところで、こいつ、話聞かないだろ。そんな奴、相手したってなんの意味もない」


 出てくるのは言いわけばかりで、


「それに、今話しかけたって……俺の言葉は小路にしか届かないだろ。それじゃ意味が無いんだよ……」


 そう。


 仕方ない。


 この状態から、俺が何かをしても、小路の立場が良くなることは無い。仮にこちらからの語り掛けが向こうに届くとしても、それに対して最上がきちんと応じてくれるとしても、それだとしても、状況が好転するとは思えない。そうだ。これは仕方ないんだ。だってそうだろう。俺は別に前渡しで報酬を貰ったわけでも、人間関係トラブルのスペシャリストか何かでもな、


『あん?』


『あ、お前』


『ちょっと貸して』


『あ』


 その時だった。


 こちらからは最早誰が誰なのかすら分からない声が聞こえたのち、実に大きな声が鳴り響く。


『おいこら聞こえてるかこのクソぼっち野郎!』


 星咲ほしざきだった。たまたま通りかかったのだろうか。


「…………叫ぶな馬鹿。そこまでしなくても聞こえんだよ」


『知らねえよそんなの。それよりもお前、何してんだよ、こんな大がかりなことして』


「さあな。そんなもんお前に教える気はねえよ、腐れマ○コ」


『は、はあ!?それは私じゃないでしょ!!』


「いーやお前もだ、腐れマ○コ。それともクソビッチの方がお好みか?」


 両隣から「うわ、最低……」とか「え、え……あの、神木くん……?」みたいな反応が聞こえる気もするが知ったことか。それよりも今はマイク越しのこのムカつく女──星咲詩音のことだ。唐突に出てきてキンキン叫びやがって五月蠅いんだよ。


 星咲は更に憤り、


『び、ビッチって……ふざけんなよオイコラお前。ちょっとこっちこいや。二度とそんなこと言えねえようにしてやるよ』


「お断りだな。暴力を振るわれると分かっていて、のこのこ出ていくほど俺は馬鹿じゃない。お前と一緒にするな」


『一緒にしてねえよ。っていうかお前それ、間接的に私のこと、馬鹿だって言ってることになるからな?』


「はっはっはっ、やだなぁ。そう言ったつもりだったのだが、聞こえなかったのかな?耳まで悪いのか、可哀そうに。もしもーし、聞こえますかー?」


『聞こえてるわアホ!』


 その時だった。


 最上が会話に割り込んでくる。


『オイ星咲。さっきから私たち無視して男と痴話喧嘩してんじゃねえよ』


「あ?おいコラ何が痴話喧嘩だこら。ふざけんなよ、ボス猿の分際でよ」


『オイお前、今お前のイキりは私にしか聞こえてねえからな?』


「チッ……ならお前、そのイヤホン耳から外せ。したらそっちにも聞こえるだろ」


『あ?お前イヤホンだぞ?そんなこと出来る訳』


「いいからやれよクソビッチ。耳ちぎりとんぞアホ」


『だからビッチって言うなやクソが……ほら、外したぞ』


 よし。


 確かに、星咲の言う通り、イヤホンというのは基本的に耳に入れて使うものだ。外して、スピーカーのように音を拡散する作りにはなっていない。しかし、作りになっていないだけで、音は出る。不得手なだけで拡散することも出来る。それをきちんと届くようにするためにはどうするか。答えは簡単だ。こちらから受け取った音が、向こうに届く際に大きく再生されるようにすればいい。俺は設定を弄った上で、思い切りマイクに口を近づけ、


「おい聞こえるかボス猿こと最上類人猿さんよ」

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