24.気が付かないふりをして。

 けれど、


「俺は、さ。面白い物語シナリオが好きなんだよ」


「うん、知ってる」


「だから、さ。仮に俺がシナリオのアイツがイラスト担当で漫画を描いたとして、それが面白かったとして、つかさや、安楽城あらきや、伊万里いまりさんが認めるようなものであったとして、それがスムーズに世に出なかったとして。そこから受けるようにしていくっていう過程が嫌でな」


「わお、傲慢」


「悪かったな、傲慢で」


 二見ふたみが首を横に振り、


「ううん。いいよ、傲慢で。と、いうか、れいくんが傲慢じゃなくなったら、明日は流星群が地球に降り注ぐんじゃないかって疑っちゃうよ」


「まさかの地球滅亡の日!?」


「滅亡はしないと思うけどね」


 少しの間。


 俺は改めて、


「ま、それ以前に障害も多いんだよ。そもそもアイツ……星咲ほしざきが俺にシナリオを書いてくれなんて言ってくるとは思わないしな」


「言ってきたら?」


「それにしたって、満足させる相手が三匹のま○こだろ?ないない」


「その非人道的なあだ名定着しちゃったんだね」


「まあ、名前知らないしな」


「同じクラスなのに?」


「んじゃ、お前知ってるのか?」


「…………さあ?」


「君も同じクラスですよ、二見ふたみ司さん?」


「あれぇ……?」


 俺は首を傾げる二見を他所に、


「ま、そんなわけで、俺がシナリオを書くことは無いってことだ」


 二見は不満げに口を尖らせ、


「えー……私は見たいけどなぁ、零くんの作る、ナルシスト主人公」


「ナルシスト確定なの?」


「さあ?でも、どっちかっていうとそっちの方が好きでしょ?」


「まあ、自信無い主人公よりはな」


「ね。見てみたいけどな」


「残念だったな。俺は読者一人に対して書いたりはしないんだよ」


「けち」


「けちで結構だ」


「んじゃさ、どれくらいの読者がいたら書いてくれる?」


「……言っておくが、身内から読者をかき集めるのは無しだからな」


「しないよ、そんなこと」


 そうかなぁ……割と意外なところに人脈を持っている二見のことだ。生半可な人数を言ったら、身内だけでその数を達成して「ほら、揃えたんだから書いて」とか言い出しそうな気がするぞ。


 そんな二見に、俺は、


「別に、人数がいればいいってわけじゃないぞ」


「へ?そうなの?零くんのことだから、読者に崇め奉られるのが良いのかと思ってた」


「やだこの子、幼馴染に対する認識が歪んでる」


 と、突っ込んだ後、


「……単純に言えば、面白いかどうか、だな」


「なにそれ?」


「要は、書いてて、作ってて、面白い、やりたいと思う感情が上になればいいってことだ」


「なんか曖昧だなぁ……」


「仕方ないだろ。こればっかりは観念的なものだからな」


 正直、書いてみようと思ったことが無いわけではない。


 と、言うより、実際に一度書いてみたことすらある。ネット上に公開してみたことだってある。


 自分の審美眼からすれば、少なくとも世に転がっている、「本当にこれで行けると思ったの?」というレベルの資源の無駄遣いと比べれば明らかに面白いと断言出来るものだった。


 だが、結果は言うまでも無い。


 恐ろしいほど伸びなかった。


 公開したプラットフォームが良くなかったと言えばそれまでだが、以降俺の中でなんとなく火が灯らなくなってしまっているのだ。


 世の作品を見るたびに、「もうちょっと面白く出来ただろう」と思う事しかないのだが、やはり書く側と見る側では違うということなんだろう。ま、世間はそう思ってないみたいだけどな。人気漫画家様の言う創作に対するコメントは絶対みたいな扱いだからな。ホント、馬鹿らしい。


「ま、そんなわけだから、俺がなんか書いたりすることは無いと思うよ。絶対ってことはないけど、まあ、基本は無いな、うん」


 それだけ言って、俺はベランダから自室に戻ろうと、


「じゃ、じゃあさ。もし、もしだよ。零くんが書いてて楽しいと思えるような。そんな状況があったら、その時は……書く?」


 なんだろう。


 今日の二見はやけに食い下がるじゃないか。いつも自己主張がどちらかといえば薄いから新鮮だ。


 俺は少し考え、


「俺が書くこと自体を楽しいと思う必要性は無いぞ?俺が「自分が書くこと」自体を面白いと思えればそれでもオッケーだ」


 二見はいまいち咀嚼しきれず、


「え、それって一緒のことじゃ」


「ま、そんなことは無いと思うけどな。んじゃ、お休み。明日は、学校行くと思うわ」


「あ、ちょっと……」


 追いすがる声が聞こえたが、俺は無視して部屋の中に入り、窓を閉め、鍵をかけ、カーテンを閉める。そして、窓際にあるベッドのところではなく、反対側にある机の椅子に座る。距離を取らなくても、二見が追いかけてくることは無いというのに。


 他方、二見は未だベランダに立ち尽くしている。その先にある、幼馴染の部屋は既に、カーテンによって視界を遮られ、一切様子をうかがい知ることが出来ないというのに。


「誰がやるかっての」


 神木は、既に聞こえているはずのない幼馴染に対して、聞こえていないことを前提に、吐き捨てる。


「……弱虫」


 二見は、決して届くはずのない声量で、踏み出そうとしない幼馴染を詰る。


 ベランダとベランダ。距離にしてほんの数十センチ程度しかないその隔たりが、今は酷く遠く感じられる。近所迷惑を鑑みないバイクが爆音を出して、夜の街を疾走する。それに対して酔っ払いの通行人が罵声を浴びせる。どこかで誰かが自販機にルーレットの当たりを告げられる。夜は、つつがなく更けていく。

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