第15代征偉大将軍

第壱話 将軍選定の儀

「若………若。準備はよろしいですかな?」


穢土幕府の『御三家』の1つ『高鷲(たかす)家』。ある1人の若者が穢土に向けて出発する手筈を整えていた。


「爺。わかっておる、そう急かすな」


「穢土幕府次期将軍を決める大事な儀式に参加されるのですよ!若!!」


「爺が焦ってどうする。それに焦ったところで、日頃の行いが物をいうのだ。そんのそこらじゃ結果は変わらんよ」


「ならばせめて『西条(さいじょう)家』と『崇松(たかまつ)家』より先に儀式の場に到着しましょう。」


「爺よ、距離を考えよ。西条はまだしも崇松は穢土から目と鼻の先にある家ぞ。彼処が一番早いに決まっておろう」


「若。それはそうですが〜」


「父上に挨拶してくる」


「若〜」


準備を終えた若者は『那古町(なごや)城』を訪れ父親に出立の挨拶に出向いた。


「では、父上。これより行ってまいります」


「うむ。義道(よしみち)よ那古町藩藩主『高鷲義直(たかすよしなお)』の子として恥じぬ成果を期待しておるぞ」


「ハッ」


この若者『高鷲義道(たかすよしみち)』は那古町藩藩主『高鷲義直』の三男として生まれ今、穢土幕府次期将軍候補として儀式に参加する為に、那古町を立ち穢土へ出立した。


(父上の子として期待している………か、期待しておるのは次期藩主になる光智(みつとも)兄様と亡くなった綱誠(つななり)兄様であろうに。変わらず都合の良い時だけ父上はそう仰るのですね)


「若。どうかされましたか?」


(そもそも次期将軍の選定だというのにその候補者の共が爺1人というのが高鷲家としての意思が伺える………まあ考えても仕方がない。拙者は成すべき事を成すだけじゃな)


「若!」


「すまぬ爺考え事じゃ」


「…………若。お気になさるな」


「うん?」


「殿の考えは拙者にもわかりませね。ですが若は次期将軍候補として高鷲家を代表し赴くのです。自信を持ってくだされ」


「爺…………」


突然笑い出す義道。


「若?」


「案ずるな、気にしてなどおらん。それよりも爺にそのように見えてしまっている己の器が恥ずかしくて笑えるわい」


「ならよいのです。参りますか」


「うむ」


出立して約3日。ようやく穢土についた2人すぐに穢土城へ向い、大老井伊直之に謁見した。


「御足労御苦労であった。表を上げよ」


井伊と顔を合わける2人。


「大老。こちらが那古町藩から推薦します。次期将軍候補の高鷲義道でございまする」


「那古町藩藩主高鷲義直の三男。高鷲義道にございまする」


「…………」


「…………」


「大老?」


「義道殿。そなたは此度の件、どう考えておる?」


「…………殿下の訃報謹んでお悔やみ申し上げます。此度の一件はあくまでも拙者の推測の域ですが…………」


「どうした?遠慮はいらん述べよ」


「恐れながら、将軍を支える臣下の謀ではないかと考えている所存です」


「若!」


「加藤殿。よい儂が許可した。して義道殿何故そのように推察した?」


「アルリカとの交易を始め三月経ちますが、先代将軍の尽力により現在は友好な関係を築いていると考えます。その後元々交易のあったワランダやホトガル。更にはアルリカの件を聞き話を持ち掛けてきた英吉利(エヨリ)と仏(ホトイム)露西亜(ロニア)は協議中につき関係破綻に繋がりかねない一国の主の暗殺など考えるのは極めて低いと考えます。」


「極めて低い?」


「はい。この混乱に乗じて不平等な条約を結ぼうとする国がいない限り極めて低いと考えます。それにそのような事をしようモノなら我が国の友好国であるワランダとホトガルそしてアルリカを敵に回す事になると拙者は考えます。故に此度の一件は外の仕向けた謀では無く。開国に反対していた殿下の忠臣の誰かと推察した所存です。」


「若…………」


「うむ。そなたの意見ようわかった。まだ西条家が到着してないのでな、それまではゆっくりと休まれよ」


「ハハッ」


謁見の間から立ち去る2人。


「義道殿」


不意に呼び止められる義道。


「はい」


「限られた情報で良くそこまで推察したが1つ間違いを指摘しておこう」


「間違いですか?」


「左様。確かにワランダとホトガルは友好国だがアルリカはまだ通商国に過ぎん。事の運びによっては敵にも味方にもなりうるぞ」


「………御指摘感謝致します。」


待機を命じられた部屋に入ると既に義道と歳の近そうな若者が従者を連れ待機していた。


「これは失礼。既に到着しているとは思わず」


「気にするなよ、俺達も今し方ついたところだ。なあ水野」


「左様で御座います。光圀(みつくに)様」


「光圀………おおでは荊棘樹(いばらき)藩の候補者の『崇松光圀(たかまつみつくに)』様でございましたか。拙者那古町藩の家老『加藤貴明(かとうたかあき)』申します。以後お見知り置きを」


「だから堅苦しい挨拶はいいっての、でっ?あんたは」


「那古町藩藩主高鷲義直の三男高鷲義道だ。よろしく頼む」


「よろしくな義道。あっこっち俺の従者『水野元長(みずのもとなが)』だ」


(荊棘樹藩の裏藩主とも言われる水野殿を従者呼ばわりとは大馬鹿者かそれとも…………)


「光圀様より御説明預りました。水野元長です。義道様以後お見知り置きを」


「よろしくお願い致します。水野殿」


「那古町が来たということは後は若山(わかやま)藩か」


「殿!走ってはいけません。殿〜」


遠くから聞こえる慌てふためく声は段々近づいて来た。


「参陣遅くなり誠に申し訳無い。若山藩の『西条慶宗(さいじょうよしむね)』だ。高鷲殿、崇松殿よろしく頼む」


「よっよろしく頼む西条殿」


「気にすんな、あんたんとこが一番遅くなるのは誰の目に見ても明らかなんだ。それこそ高鷲殿が後に来てたら文句の1つや2つ言ってたかもしれねーがな」


「光圀様!」


「わかってるよ、今のが冗談くらい義道にはわかるよ。なあ義道」


「あぁ」


「だろ?水野」


「貴方というお方は」


「遅れて参事申し訳御座いません。若山藩家老『安藤直嗣(あんどうなおつぐ)』と申します。以後お見知り置きを」


「さて、全員揃ったな」


「井伊大老〜!」


安藤の後ろで井伊がそびえ立っていた。


「儀式の間に移る。ついてこい」


ついた場所は天守閣の最下層。普段は『開かずの間』と呼ばれる部屋であった。


「穢土城にこんな場所があったとはな」


「ここで将軍の間の引き継ぎを代々行っている。この間はその時しか使用せぬので知らねでも無理はない。」


瑤泉院家の家紋が入った御旗の前に一同が並ぶ。


「本来ここには将軍が座られるのだが此度は不在の為。儂が代わりにその勤めを果す。では…………」


「井伊殿。待たれよ」


井伊の後ろに突如、黒衣装の者が刃を首元に突き立て立つ


「なっ何者じゃ!?」


「…………皆、焦らぬでよい。御庭番衆頭領『伊賀左近(いがさこん)』今は次期将軍を決める大事な儀の時、そのような時に儂に刃を向けるとは如何様なものか」


井伊の覇気に圧倒される一同。だが伊賀だけは平然と述べる。


「勝手なことを抜かすな井伊殿。次期将軍は既に決まっておる」


「!?なんじゃと」


井伊の驚きの表情に一同は困惑する。それもそのはず先代将軍瑤泉院孝明亡き後、幕府のトップは実質井伊であると周知のもとで幕府の政は動いていた。その井伊すら知らぬ間に次期将軍が既に決定していたのだ。


「儂の知らぬところで将軍が決まるなど、あり得ね。そなた正気か?」


「無理もない。拙者もあの日孝明公より預かるまでその事は知らなかった。」


「預かるじゃと」


伊賀は1つの書状を懐から取り出す。


「!?これは誠か」


「よく見られよ、孝明公の朱印もしたためてあろう」


「…………。幾ら捜索しても見つからなかったのだぞ」


「御庭番衆を舐めるでない井伊大老。」


「そなたらが!?」


「孝明公からの命でな、時が来るまで匿えと」


「…………」


「大老さんよ、内緒話はまだ終わらないですか?」


「光圀様!大老失礼致しました。」


「いやすまぬ。突然の事でな頭の整理がついていない。…………誠に申し訳ない。次期将軍を決める儀は中止となった。」


「!?」


驚く一同。


「大老それは何故ですか?」


「今し方、先代将軍からの次期将軍についての引き継ぎを兼ねた書状を預かった。よって次期将軍は既に決まっていた」


「どういうことだ、大老さんよ納得いかないぜ」


「我らの足労を無下にされるのですか」


「……………」


「鎮まれ若造共!」


伊賀の威圧に静まり返る部屋。


刃をしまい、井伊の前に出る伊賀。


「貴様らはこれより将軍に従かれる御方の直臣としてこの穢土幕府を支えるのだ。しっかり務めを果たせ!」


突然の命に納得出来ていない一同。その空気を察しつつも井伊は進めていく。


「では、お越し頂く。この御方が『第15代征偉大将軍』である。」


御庭番衆に導かれ現れた穢土幕府の主に任命された者。それは亡き先代将軍瑤泉院孝明公の1人娘であり『鳳桜の変』の後行方不明となっていた。『瑤泉院誉』であった。


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