5-1 ハティエ城攻防戦

 先手を取られた野盗は大きな被害を受けた。ハティエ勢が森の中を戦場にするつもりで罠まで準備したのに対して、野盗は城に取り付いてからの戦いしか考えていなかった。その意識の差が待ち伏せと急襲の繰り返しであるゲリラ戦では大きく影響した。

 起伏や灌木、獣道の関係で敵が追いかけてくる経路は予想がつく。あわてて逃げる風を装った文武たちが横道に逸れ、灌木の陰に隠れた場所で、野盗たちは直進して罠に掛かった。罠はシンプルな落とし穴だ。驚いて道の外に広がろうとすればマキビシが足に刺さる。

 単独で命を奪うよりも動きを止めて隊列を乱すことが狙いだ。臭う堀の浚渫に比べれば何もない場所に穴を掘るのは楽しいくらいだった。


 野盗たちは罠で足が止まったところに弓矢で攻撃を受けた。誰が先頭から何人目を攻撃するか事前に割り振ってある。おかげで即死はさせられなくても一度に大勢の戦闘力を奪った。野盗の縦列はたまらずに退却する。一部の気の短い野盗だけで追撃してきた結果である。

 足に大怪我をした者はその場に放置し、ほぼ無傷で戦意を失っている二人を捕縛する。戦列復帰できそうな者はトドメを刺された。事前の方針通りではあるが、文武は思わず目を逸らしてしまった。

 仲間の兵士に弱みを見せるのはマズかった。こういう時は強がりが大切だ。すべて見透かされている気もするが。


「よ、よし!もう一度、砦を襲撃しよう。五人ついてきてくれ」

 残りの兵に捕虜の護送を任せて、足の速い面子を選んででもう一度、野盗の砦を目指す。さきほどまで木漏れ日が照らす穏やかな空間だった森は、血の臭いが漂う不吉な空間に化けていた。森の生き物も固唾を呑んで凶事を見守っている気配がする。

 逃げた連中を追いかける形だが、今度は自分たちが待ち伏せを受ける恐れがあった。足跡や怪我人の血痕に注意して進んでいく――文武にはほとんど見つけられなかったが。別の経路でハティエ城をめざす野盗の別働隊と出くわさないとも限らない。

 幸い遭遇戦になることはなく、野盗の砦にたどり着くことができた。もちろん警戒は先程より厳重になっている。土塁の上に監視の兵が増え、盾を構えて油断なく周囲を見回していた。


「できれば仲間が城に戻るまで様子を伺おう。その前に敵が門から出撃する気配があったら、そいつらを攻撃する」

 ここまでは前もってシミュレーションしていた展開のパターンから外れていない。思い出しながら決めたことを話しているだけだ。裏門には見張りの兵を回して、主力は正門に弓矢が届く範囲で待機する。

 また合図に鏑矢を発射するので、見張りにもその音で逃げてもらう手筈だった。

 ただし、今度は鏑矢の発射をゲーテに代わってもらう。文武は弩を構えて野盗を狙うことにした。ここで心を戦いに慣らしておく必要があると判断した……。凶器の重みがずしりと腕に掛かる。

 見張りが警告も出せずにやられる可能性もある。正面以外も警戒しながら、じりじりとして敵の動きを待っていると、東から馬蹄の響きが近づいてきた。

 仲間の間に緊張が走る。ドウラスエからの伝令かもしれない。攻撃は控えて更に様子を伺った。おそらく野盗狩りをすると伝えたことのレスポンスだろう。ちなみにドウラスエには使者とは別に密偵が送りっぱなしになっている。

 ハティエにとっては貴重な兵力だが、得られる情報に価値があると判断してのことだ。


 伝令が西に戻っていった後、さらに待って、仲間が城に帰り着く時間になった。見張り相手に攻撃しようか迷っていると砦の正門に動きがある。

「来るか?」

 弩の引き金に指をかける。一人目の兵が姿を現した。

「待て!」

 鏑矢をつがえていた傭兵隊長が仲間を静止する。文武は驚いて危うく引き金を引いてしまうところだった。

「騎兵三騎は一度にやれない」

 正門から騎兵がぞろぞろ現れたのをみて、ストップが掛かった。多少は木立が盾になるとはいえ、この人数で騎兵に襲われたら蹴散らされる恐れが強すぎる。


「城に戻ろう……」

 文武は手を汚さずに済んだことに安堵してしまった。

 発動していないトラップは森の中にたくさん残っている。敵がその気でもハティエ城まで直行して来れる可能性は低い。見張りに連絡して一旦城まで戻ることにした。本格的な籠城の準備を進めるのだ。

 気がつけば服が汗でぐっしょり濡れていた。

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