2-3 転移者たち一城の主となる

「失敗した~っ」

 肉の切り分けに手間取った夕食の後、文武は床にどっさり藁を敷いた上に毛布を重ねただけのベッドに寝転がり落ち込んでいた。木の枠に藁をぶちこんだベッドは女性陣に譲ったつもりだったのだが、女性陣も寄生虫――シラミやナンキンムシを警戒してベッドの使用を控えていた。

 彼らの部屋は城の三階である。中央を貫通する大黒柱および螺旋階段の区画との間に壁と扉がある他は室内に固定された物は何もなく、一つの階がまるごと一室をなしていた。日本史の資料集にあった平安貴族の暮らしで、部屋の中は仕切りを移動させてパーテーションをつくると解説されていたようなやり方だ。

 二世代ほど前までは城の二階で城主から召使いまで住民全員が枕を並べていたと言うから想像を絶する。幼少期から一緒に育った関係性もなく、いきなり城主に指名された文武たちにはとても真似できない。


 プライバシーのない現状は、ゆいいつ男の文武にとっても困った。武器庫になっている四階と分かれて生活することも提案したが、「領民に私達の仲が悪いと思われることも危険」と真琴が反対した。

 ちなみに転移者四人の関係は、女性陣三人が「同年同月同日に生まれることを得ずとも、同年同月同日に死せん」と桃園で誓った義姉妹で、文武と湯子は事実の通り実の姉弟だと説明してある。

 悪ノリが過ぎる説明だが、言葉は通じても三国志ネタは通じない異世界人には一応そのまま受け入れられていた。これを話した時、もしかしたらアルコールを飲まされていたのではないか。生水を飲まされるよりはマシだが。


 お腹を壊すことを警戒した四人は、ハティエ城に着くまで明らかに火の通っていない飲み物は固辞し、エレベーターの中にあった非常用の水で凌いだのだった。そういえば、あのペットボトルも売れるかもしれない。

「へくちっ!」

 とりとめもない考えが浮かんでは消えて、頭が熱くなってきた。アレンに聞いてやっとわかったことだが、今の季節は晩夏だと言う。断熱などまるで考えていない石の塔は隙間風もあり夜になると冷え込んでくる。

 文武の寝ている場所は暖炉からも離れている。三階で火を点けてはいないが、厨房のある一階では火を絶やさないので、各階で共有する煙道は温められている。文武の位置ではその恩恵も受けられなかった。


 まともな医者がいない環境で風邪を引いたら大変だと考えていると、衣擦れの音が近づいてきた。トイレではないはずだ――酷なことだが、安全のため元々部屋にあった「おまる」を使う話になっているので。徹底的に衝立で囲んで個室に近い状態にしてあるとはいえ、いやはやまったく、良く別室にしようと言われないものだ。

「文くん起きてる?」

「……早く寝なよ」

 近づいてきたのは、やはり姉だった。

「あっちじゃ狭くて寝れないから入れて」

「ダメに決まっているだろ」

 弟は抵抗した。

「えー、いいでしょ。この世界の人は大人になってもきょうだいで一緒に寝たり、赤の他人と寝たりしているらしいじゃん」

 いつ聞き出したのか。恐ろしい耳の早さだ。

「姉さんはもうこの世界の人間になったの?」

「生きる知恵を学ぼうって言っているの!」

 入れろ入れないの押し問答を押し殺した声で続ける。こんなことで仲間を起こしたら余計に恥ずかしい。

「最近だっておこたで一緒に寝ちゃったことあったじゃん」

「あれはなりゆきで……」

 そのつもりで一緒に寝るのとは違うと言いかけて、弟は拘っている自分が相当恥ずかしい気がしてきた。どちらにしろ寒さで時間切れである。しぶしぶの体で布団に潜り込んでくることを許す。そう口にはしないが風邪を引かせないために来てくれた姉に、まさか風邪を引かせるわけにはいかない。

 最終的にこうなることはお互い最初から分かっていて儀礼上のやりとりをした気がする。文武は寝返りを打って姉に背中を向けた。

 しょうがないのだ。子供の時に姉が初恋の相手なのは珍しくもないが、その姉が全然成長せずに初恋当時から見た目が変わらないのは調子が狂う。意識して食べさせていたのに、いったいどこに栄養が行ってしまうのか。ちゃんと食べて早く成長してもらうためにも元の世界に戻りたかった。

 ――成長には良く寝てもらうのも大切だった。

「姉さん……おやすみ」

「ん、おやすみ……」

 湯子はそう言って、両腕を肘から指先までぴったり背中につけて来た。刺激せずにできるだけ体温を分けようとする気遣いはありがたいけど、そんな気遣いをさせてしまう拗らせたシスコンの自分が情けない。変に意識せず抱き合って眠れたらいいのだが……生理現象で寝起きに気まずいことになるかもしれない。

 翌日から文武は泥のように眠るため、体力に余裕を与えないため、自らに過酷な鍛錬を課すことにした。



 ハティエの城主が代わったらしい。

 行商人のマティアスは不穏な噂を公国自由都市フォウタの市場で聞いた。彼はリンウの商家からハティエ城主の借金取立の仕事を請け負っていた。前の城主は妻に先立たれてからは独り身だったはずだ。実際、新城主は亡くなった先代とは縁もゆかりもない人物だという。

 慌ててハティエ城に駆けつける。もちろん、借金取りは歓迎されなかった。


「そんな借金は私達には関係ない!返してほしければ天国まで取り立てにいけばいい」

 城主の奥方なのか、利発そうな娘が城の入口に立ちはだかるようにして、腰に手を当てて言った。後半はまるで生命の脅しである。

 ろくなことにならないのは予想していたが、まったく取りつく島もない強行な態度にマティアスは慄いてしまう。嘘か真か顔見知りの家宰は不在だという。

「わ、私としても、そういうわけには……」

「帰れ!」

「そーだ!かえれかえれ!!」

 行商人はオロオロしてしまって上手く反論を紡げない。しばらく睨み合っていると――何故か扉は閉められなかった――「いてっ!」と男子の声がして、やっと新しい城主が口を開いた。

「ま、まあまあ。ひとまず詳しい話を聞こうじゃないか。そうすれば、お互いのためになるいい考えが出てくるかもしれない」

 そう言って城の中に案内してくれる。マティアスは九死に一生を得た思いで、滝の汗を流しながら、彼の後をついていった。後ろで女性陣が目配せをしあっているとはつゆ知らず……。

(あははは、チョロいっ!!)

(それだけ下っ端なんだろうなぁ……)

(この世界の常識だと脅し過ぎだったのでは?)


 ハーブティーを出された行商人は理解を超えた話をたくさん聞いて、ともかくそれらをリンウに持ち帰ることになった。渡された不思議な硬貨の物証がなければ、話しても詐欺にあったとしか思われないだろう。

 ちなみにアルミ貨を渡した側も、受け取った側と同じく、それが青銅時代における隕鉄と同じように金を超えるほどの価値を持つ素材であることを理解していなかった。

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