2-1 転移者たち一城の主となる

 やっと四人で打ち合わせるチャンスが巡ってきた。布で周囲から区画された場所に案内されて、真琴は他の三人に小声で話しかけた。周囲にいる『王子様』の部下は当然聞き耳を立てているが。

「ともかく元の世界に帰る方法を探しましょ。異論は?」

 女性陣は頷いたが白一点の男子は何か物言いたげだった。見つめられた彼――文武は口を開いた。

「ないけれど、すぐに帰れると思う?」

 真琴は内心苛立った。自分だって簡単に帰れるとは思っていない。時間が掛かるからこそ大方針が必要なのだ――流石に少し自分も冷静さを欠いているかもしれない。息を整えて説明する。

「簡単には帰れないでしょうね。でも、ここに私達の立場を分かってくれる人はいないんだから、せめて四人全員は力を合わせましょ」


 正論だけに反対できないことを言う。みなまで口にはしないが、真琴にはいくつか懸念があった。最大のものが姉弟とその他で派閥に分かれてしまうことである。人間は三人集まれば派閥ができる。

「そうなると帰るヒントになりそうなのはエレベーターだね」

 姉が弟を抑えるように発言した。あれを確保しないと、せめて壊されないようにしないといけない。そのことについて真琴には計算があった。どうやら、あのジョージ・ウェイヴェルという男は戦争に利用するため今回の出来事を再現したがっている。そのための研究に必要といえば、無闇にエレベーターを解体することはないだろう。また、その研究者の立場に四人で収まれば、ひとまず危険から遠ざかることもできるはず……。

 すぐに結果を出せなくても『現代知識』を活かしていけば良い。誰かが人質に取られる事態も四人揃わなければ「エレベーター砲」は撃てないと言えば避けられよう。


 そんな計算は少し虫が良すぎた。招待された夕食の席で四人は暗にエレベーターと引き換えに城を与えると言われたのだ。提案の体裁をとっていても有無を言わさぬ圧力があるのは流石に封建社会の権力者だった。



 ソラト総督ウィリアム・バデレーには何もかも寝耳に水の話だった。まず敗北に終わったと思ったオシナの戦いで味方が盛り返し、引き分けに持ち込んだことに驚いた。おかげで狼煙に従って離脱した彼は、あの命令は戦術的なものだから戦場に戻ってくるようにとの理不尽な伝令を受けてしまった。

 直下の軍はともかく、寄騎の諸侯は勝手に離脱してしまっている。さらに低下した戦力で、マクィン軍に接近するのは危険だった。


 次に伝令は四人の奇妙な少年少女を連れていた。彼らがソラトの隣にあるハティエ城を治めると知らされた。あえて本隊に参加するほど忠誠心の強かった前の城主は討ち死にしたという。

(新しい監視役か……?)

 ウィリアム・バデレーは四人を値踏みしたが、特別に覇気があるようには見えず――実はこの世界の人間並みには覇気があるように見えたのは凄いことだったのだが――見たこともない服装も相まって首を傾げるばかりだった。

(ゴッズバラもいよいよ焼きが回ってきたな)


 時として滅亡寸前の勢力は一発逆転を狙って突飛な行動に出る。破産間近なリンウの大店おおだなが新商品を出してくるようなものだ。それにしても子供に頼るとは情けない。

 父の代にはゴッズバラ王国の勢いはめざましく、年々北上して風雲島の過半を占めるかに思われたという。それが一代の英雄であるコルディエ近衛隊長のしぶとい反撃にあって、いつの間にか存亡すら疑われる立場に陥っている。ゴッズバラは国境を接する勢力が風雲島の中でも多いため、一度落ち目になれば周辺勢力が一斉に蠢き出すことが一因だろう。

(我が家も……)

 と考えが首をもたげるのをソラト総督は打ち消した。まさかとは思うが特別に選ばれた眼の前の四人に読心術がないとも限らない。それに使者から気になることも聞いた。

 合戦の最中、マクィン軍の内部では「ソラト総督は内通している(から安心して正面の敵と戦え)」との噂が盛んに飛び交ったというのだ。最終的に引き分けたことで得られたマクィン軍の捕虜がベラベラと喋ったらしい。

 別働隊の指揮官は伝令に「そんなものは敵が有利に戦うための虚報だ」と申し開きをしたものの、実際に大した働きが出来なかった結果を考えれば、首筋が冷える思いがする。今からでも挽回を心がけなければ立場が危うい。

 まったく……落ち目の組織はどうしても雰囲気が悪くなるものだ。新しい隣人には取り繕った笑顔を振る舞いながら、彼の心は憂鬱に染まりかけていた。

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