第42話 ただいま

 中に入るとけむり噴射ふんしゃが始まり、万が一に備えてのマイクロワームビーストの駆除くじょや、感染病の除菌じょきんが行われる。

 そして、直接出撃しゅつげき場へと移送され、ラスターはコックピットを開く。


「ただい……」

「おかえりなさい!」


 本当に周りに人がいないことにおどろきながら、コックピットから出ようとしたラスターへ、カンラギが飛びこんでくる。

 

 むぎゅっ

 

 重力の低い出撃場を、一っ飛びでやってきたカンラギは、豊満な胸にラスターの顔をめてきしめる。


「無事でよかった」


 ばされそうな衝撃しょうげきを、ラスターはなんとか受け流す。しかし――


(やわらかい! ……じゃなかった。息ができない)


 やわらかく大きな胸は、鼻と口を見事にふさぎ、天にものぼる心地よさと一緒いっしょに、意識も天へと連れていく。


 ――ここで、死ぬのか?


 先程の戦闘せんとうめずらしく死を意識させる戦いであっただけに、酸欠へとおちいる脳みそは、フル回転で空回りを始める。


 ――理想の死に方と言えば、確か腹上死だっけ?


 ReXに乗っておらず、剣を持っていなくとも、ラスターは別に貧弱などではない。

 だが酸欠によって残念な脳みそは、カンラギの抱擁ほうようを簡単にはらえることを忘れて、新たなる答えに辿たどり着く。


 ――もしかして、一番が腹上死なら、二番は胸にはさまれた窒息死ちっそくしか?


 馬鹿ばかな内容が頭を駆けめぐりながら、胸に埋もれていると、カンラギはさらにぎゅっと抱きしめる。


「ありがとう」

「うっ、うん」


 胸にんでいた状態から、さらにおくへともぐりこみ――逆になんとか呼吸が可能になる。

 感謝の言葉に適当に返しながら、ラスターはどうにか息を吸い――女性のあまやかなにおいが、脳髄のうずいき乱していく。


「あなたのおかげで、被害ひがいは最大限におさえられたわ」

「ほうか」


 優しくかけられる声に、ラスターはけた頭で返事をしながら、やわらかな感触かんしょく享受きょうじゅし続ける。


「ありがとう。私はとても感謝してるわ」


 ラスターの頭に手をやると、細長い指をかみからめてもてあそぶ。


「……そう」


 そんなことを言われるまで、感謝されるとはあまり思っていなかった。

 実際、武術科はもちろん、整備士にとっても不満は多いだろう――エネルギーだんを受けたせいで機体に傷が入り、ワームビーストを取り込んだバッテリーボックスは悲惨ひさんきる。


 なにも知らないからこそ優しくしてくれるカンラギに、ラスターは手をばして――引っ込めっていく。

 優しさに甘えそうになるが、それに付け込むべきではないだろう。

 そんな葛藤かっとうを余所に、カンラギは甘くささやき続ける。


「あなたがちゃんと生きて帰ってくれてほんと良かった」


 ラスターの下ろしかけていたうではピクリと反応する。


「そう……か」


 驚きと喜びがごちゃ混ぜになってラスターをおそう。

 夜明けの騎士きしと正体を知ったうえで、そんなことを思うだなんて……意外であると同時に、やはり心配してもらうのはうれしくもある。


 心配をしてくれる人なんて、それこそ姫様ひめさましか……


 その姫様がしていたことを不意に思いだす。そして――


大丈夫だいじょうぶおれ“は”死なない」


 ぎゅっと抱きしめて言う。

 死にそうな目にはあったものの、死んでいたらこんなこと自体言えないため問題ない。


 全て予定通りに運んだ――実際、トリヴァスで使われている機体であり、バッテリーパックの開け方を知っていても不自然ではないため、全くそんな事はないのだが、予定通りだと言い張れなくもなかった。


「そう、それは安心ね」

「あぁ……」


 どこか嬉しそうに抱きついてくるカンラギを、力強く抱きしめ返す。


 ……いい加減はなれなければならない。


 いつまでもこんな馬鹿なことをしていても仕方がないのだが……どこか名残惜なごりおしく感じてしまう。

 カンラギ自身にも離れるつもりがないのか、ベタベタくっつきあったまま、ラスターは脇下わきしたからこしのくびれへとで下ろす。


 ピタリと張り付いた胸の鼓動こどうは耳に入り――早鐘はやがねを打っていることがわかるだけに、ラスターの心臓までつられて早く高鳴ってしまう。

 こんな馬鹿なことを続けていては駄目だめだと思ってはいるのだが――き上がる情欲におぼれてしまう。


 いつまでも自分で離れられない状況じょうきょうの中、カンラギがほんの少し離れる。


だれか来たみたいね」


 暖かみのある感触ががれ、開けた視界を上へずらして彼女の顔をのぞき見る――そこにメガネはかけられていない。

 ラスターは静かに耳をますと、かすかに足音が聞こえてくる。

 なぜわかったのか気になるが……青色に発光するピンクのヘッドフォンを付けているため、何かしら知るすべがあることを察する。


「みんな、あなたにあってみたいようだけど、どうする?」

「断る」


 一瞬いっしゅんのためらいもない拒絶きょぜつ

 せっかく誰もいない状況を用意してもらえたのに、地獄じごくを自らわざわざ見にいくつもりなどない。


「そう」

「あぁ!」


 余計な気を回させないとばかりに、ラスターは力強い言いきる。


 一目ぐらい会ってあげたらとか、くだらない妄言もうげんを言うようであれば、即座そくざたたき飛ばしてげるつもりであったが、カンラギは距離きょりを取りつつ目線を合わせ、ニッコリと微笑む。


「じゃあ、早く逃げましょ!」


 嬉しそうに言うと、両手を絡み合わせ、後ろへ引くように飛んでいく。

 ラスターも身を任せて下に飛んでいくと、着地にともなって重力が発生する。

 そして、ヴォルフコルデーのコックピットが自動で閉まると、さらにはチーンという音がひびき、エレベーターの到着とうちゃくを告げた。


おそろしい女」

「!? なにが?」


 ついらしてしまったラスターの本音にカンラギは驚き顔で振り向く――本気で驚いている様子に、ラスターは表情に出さないまでも、困惑こんわくを禁じ得ない。


「便利だな、パルストランスとは」

「でしょ~」


 えへへ~と笑う屈託くったくのない笑顔。

 すまし顔が似合う美人のげきにも見えるまぶしい笑顔は、人をとりこにしてきつけるのだが……


(ReXは想定内、エレベーターは百歩譲ひゃっぽゆずるが――重力装置を脳波で操作できるようにしているのは普通ふつうにヤバいんだよなぁ……)


 それでも、満面の笑みを向けられると無粋ぶすいなことは言いづらい。

 なによりも――


「使いやすかったよ。フルパルスコネクト――ありがとう」


 ラスターの感謝の言葉に、カンラギはピタリと動きを止める。


「……どう、いたしまして」

「っ……」


 殺気――ではなく歓喜かんき


 こちらに振り向いたカンラギの、感情をし殺した返事にラスターは戸惑う。

 澄ました顔でただただ美しく微笑んでいるだけだというのに、そのひとみに映る感情のらぎは狂気きょうきにすら思える。


「じゃあ、行きましょうか」

「そ、そうだな」


 エレベーターのもとに歩き出すカンラギに、思うところはあるのだが……他の人間に合うことに比べたら何百倍もマシである。

 エレベーターに乗り込む彼女を追って、ラスターも乗り込むのであった。


「すまんな」

「どうしたの?」


 エレベーターの中に入り、申し訳無さそうに謝るラスターをカンラギが優しく聞く。


「わざわざ、面倒めんどうな手間かけさせて……これからエネルギーコアの回収だろ?」

「いえ、今回はしないのよ」

「そうなの?」


 いくら正体をかくすためだとしても、やりすぎるのも問題ではないかとラスターは首をかしげる。


戦艦せんかん級が着た時点で、メイリスに連絡してしまったの。だから回収する意味がなくて……そのおかげで人払いができたのよ」

「へぇ~、空のハイエナも役に立つんだな」


 意地悪な笑みをかべて、ラスターがボソリとつぶやく。


「仲悪いの?」


 折り合いが悪いのは、武術科だけに限らないことにカンラギは驚いた。


「そりゃ、そう……でもないのか」


 普通なら戦艦球を倒しにやってきてくれる最強のReX部隊であるメイリスは救世主あつかいとなるはずだが、それは戦艦級を相手に被害を出すコロニーの理屈である。


「戦艦級を倒してるとワラワラとやってきて、平然と邪魔じゃました上で手柄てがらを横取りしていくからなぁ……」


 雑魚だとは感じないため、邪魔されること自体にあまり問題はないのだが、手柄が取られるのは非常にわずらわしく感じるものであった。


 今回のように、そもそも報酬ほうしゅうに期待することなくやった慈善事業じぜんじぎょうならまだしも、そうでない場合は、メイリス側の特権により戦いで手に入る資源があらかたうばわれるので、結果ラスターの報酬が減るのである。


「ごめんね。今回はあまり報酬が出せなくて」

「最初の予定通り分がもらえるのなら構わん」

「色は付けさせてもらうわ」


 そんなことをカンラギは色っぽく言いながら、エレベーターは目的地へと着いた。

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