第21話 ラスターの選択

戦艦せんかん……級……」


 重い足取りをひきずりながら、ラスターは進む。


「このまま、死ぬのか?」


 ここにいる戦力で、戦艦級に勝つのは厳しい。

 それでも方法がないわけではない……


 クラクラとする頭をさえながら歩いていると、道中にある保健室の存在がとてつもなく魅力みりょく的に映る。このまま、休養届けが目に入らぬかとして、ベッドの上で惰眠だみんむさぼりたい。


 そんな欲を強烈きょうれつな自制心でさえんでいる――わけではない。


(もしかしてこうなる事を望んでいたのか……? 戦艦級なんてものが見つかって、これ以上の戦闘せんとうが続くことを……)


 そのために準備はしていた――あくまで念のためでしかなかったはずなのに……

 ラスターは自身の口のはじが、すすきっすらとがっていることに気づかぬまま歩いていく。


「あれ? どこだっけ」


 なやんでいたのも束の間、第三倉庫についたラスターは悩みを割り切り、記憶きおく手繰たぐり寄せて、雑多におかれている機械の中からケーブルを探す。

 ReX用の充電じゅうでんケーブルは床に散らばる様々さまざまなものと、ごちゃごちゃ混じり合うせいで、どこにあるのかもわからない。


「これ、昨日の夜に無理矢理しまったんだろうな……」


 電気をつけてもろくにわからない状況じょうきょうにため息をつきながら、記憶をたよりに充電用プラグの根元を探し出すと、ケーブルを力ことごとくでぶるぶると動かす。


 使われていない場所――そして、緊急きんきゅう事態という面もあり、発生している重力が少ない。ケーブル全てを持ち上げることはかなわずとも、上側に乗っている物をなんとかくずして、かくれていたケーブルを露出ろしゅつさせた。


 太いケーブルの上を歩きながら、道なりにラスターは進んで行く。


「……馬鹿ばかだな」


 今からやろうとしていること――それは自殺に他ならない。

 もう少し美談っぽく話すせば自己犠牲ぎせいというやつであろうが、あいにくそんな精神は持ち合わせてはいないが。

 それなのに――


「乗りたかった……のか?」


 他人のために命を投げ出す気はさらさらなくとも、どうせ死ぬなら友のために使いたいという思いぐらいはある。

 だが、これからする行動が心の底からそれを理由にしているわけでは……多分ない。


 ケーブルを辿たどった先に、八M級のReX――この手の機体にはめずらしい手首可動型の元へと着く。

 普通ふつうは八M級どころか、先程までラスターが乗っていた十五M級ですら、手と武器は固定されており、戦闘中に無駄むだにぐるぐる動いたり、じゅうから手をはなしたりする機能はない――必要もない。


 なぜなら、ワームビーストと戦うのは射撃しゃげきであると決まっているから――だというのにこれが、コロニーの作業用などではないく、れっきとした宇宙での戦闘にえうる仕様だというからおどろきである。


「ふふっ」


 ラスターはほんのかすかに笑ってしまう。

 ここは学園コロニー、世間で要らないとされるロマンを求めて作られた、けんによって戦う近接型のReX。


 KATANAと名付けられた悪ふざけのかたまりみたいな剣を所持しているが、本気のおふざけで作られたにしてはなかなかの逸品いっぴんである。

 毎年の入学式でしか、活躍かつやくしない学園コロニーの象徴しょうちょうする高級おもちゃ。

 つまり、これに乗って戦艦級に立ち向かうのは、だれの目からしても頭のおかしい行為こういであった。


 それでも――


「使わせてもらう」


 ReXに近づくと、スイッチを入れてコックピットを開ける。

 そうして乗り込もうとすると、先客が――人ではなくぬいぐるみがなぜかいた――いやなぜ? というか何?

 おそおそる手をばし、れようとした瞬間しゅんかん、ぬいぐるみは右手を上げて鳴き始めた。


「きゅーい!」

「うわっ――」


 伝わらない新手の言語に、ラスターは驚く。


「えっと……何?」

「きゅーい!」

「誰?」

「きゅーい!」

「きゅーい?」

「きゅきゅーい!」


 ――つかれるな。

 会話が通じないぬいぐるみと対話を取ろうとした間抜まぬけさに、自分で自分がいやになる。


「はぁ、どいて」

「きゅーい!」


 自動で行われる返事だが、自ら動く意思は見せない。そして、ラスターもそもそも期待してないので、自分の手で退かせようと手をのばす。


「きゅい、きゅーい!」


 いきなり自発的にしゃべりだすと――意味はわからないままだが、コックピット内でぬいぐるみが立ち上がる。


「おぉ、どくか?」

「きゅーい!」


 邪魔じゃまだからどいて欲しいラスターの願い通りに、ぬいぐるみはその場から離れる――ラスター目掛めがけて。

 気軽にはなぐらない武術科に、殴られた時と同じように……それよりもさらに遠く、5m程の距離きょりをとって後ろに飛ぶ。


「なんだこいつ?」


 ラスターに向かって飛んできたぬいぐるみはふにゃふにゃと態勢を崩しながら、顔面ダイブで床へと突っ込んだ。


「……大丈夫だいじょうぶか?」

「きゅーい!」

「そかそか」


 何がそうかはさっぱりだが、暗いコックピット内ではよく見えなかったぬいぐるみの全身がよく見える。


 意外とルーナあたりが好きそうな気がする子供っぽいお人形。


 ただ人形にしては破格の1mぐらいはありそうな大きさのため、需要じゅようはあまりなさそうに見える。ピンク色のくま……だろうか? ぬいぐるみは意外と器用に立ち上がった。

 いくらここの重力が低めであるとはいえ、両足で自立するぬいぐるみにラスターは驚く。


 人によっては地に足つかない感覚を苦手とするが、機械的な理屈りくつでは重力が低い方が立ちやすいらしいが、それでもReX以外で二足歩行をする機械は珍しい。


 なにより、昨日見た段階ではなかった。つまり誰かが意図的に置いたと考えるべきで――誰が? なんのために?


 ……まぁいいや。


 ぬいぐるみに対する疑問を捨て、ラスターは先へと進もうとする。


「まさか……、おれを認識してる?」


 こちらに視線を合わせて動く人形に、ラスターは驚いて動きを止める。


 ロボットの技術も、日々上がってきているとは言われるが、それにしたって、これら全てが自動で動くとは、思いもよらなかった。

 無駄に素晴らしい技術で作られた、無駄な人形――学園コロニーに相応しいおもちゃに感動しながらも、放置してReXの元に向かう。


「きゅーい」


 よちよち歩きのような不安定な歩き方をして、ラスターの前に立つと構ってとばかり鳴く。

 かわいらしいや、あいらしいといった感想をかべるのが普通かもしれないが、現在は戦艦級がめてきたという緊急事態である。

 わずらわしさがつのり始めるラスターは遠くから近づく足音に気づく。


 ――どうする?


 げるか、隠れるか……


 この人形はReXの中に偶然ぐうぜん置かれていた訳ではないだろ――そして、このタイミングで誰かが来るのも偶然とは思えない。


監視かんし装置だったのか?」


 いっそのこと、はたつぶすかどうかで悩むが、この手の自立型人形は、視覚情報をどこかに持っているものである。

 なにより、叩き潰した後で賠償ばいしょう請求せいきゅうでもされようものならたまらなくめんどくさい。

 誰が来るのか待っていると、先程まで走っていた足音が、歩きに変わって近づいてくる。


「……カンラギ副会長?」


 なぜこんなところにいるのかわからないラスターは驚くしかなかった。

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