第19話 新たなる危機

「やらかした……」


 げるに頭をおさえる。

『死ねや雑魚がぁああ!』

 思い返すたび苦しくなる自分の本性――幸いなことにだれにも聞かれていないのが、吐き気で済む理由だろうか?

 それでも、外に出てケニスやフランの顔を見たくはない。


「――状況じょうきょう報告をお願いします」

「……了解りょうかい


 ひびく機械音声に従い、定型文の空白部に、現在の状況と報告事項じこうを入力していく。


 被害ひがいはどれほどか、どこがこわれているか?

 そして、メンテ用の主電源のケーブルを誤っていた事と、かなりの速度でワームしにとは言え、隕石と衝突しょうとつしたことを報告する。


「……やっぱ乗るんじゃなかった」


 確か乗らなかったら……ボランティアであった事を思い出す。


「なんでうまくできない……」


 ガタガタと恐怖きょうふふるえる体はコックピットからなかなか動くことができない。武器の交換こうかんとメンテナンス、そして充電じゅうでんのために床が動いていき、報告したレポートごとに決められた区間へと運ばれていく。


「……あの……どうかしましたか?」


 メンテナンスだと言うのに中に居座るラスターに、不安そうに声がかかる。


「いえ、申し訳ない」


 メンテ中の邪魔じゃまをしたことを謝りながら、ラスターはコックピットから抜け出し、休憩きゅうけい所へノソノソと歩いていった。


 学術科からのお手伝いであるラスターは三回目の出撃しゅつげきには参加しない。

 邪魔にならないように壁際かべぎわで全身を投げ出していると、近くに人の気配を感じる。


「おつかれさま」

「……はい」


 近くにやってきたカンラギ副会長の労いに、疲れ切ったラスターは適当に返事をする。

 気のせいかしら? カンラギ副会長がポツリとこぼし、ラスターが見上げていく。


「何か言いました?」

「ううん、何にも」

「……なにが気のせいなんです?」


 カンラギ副会長の様子をじっと見ながら質問するが、素知らぬ顔のまま首をかたむける。


「気のせいって?」


 なんとなく胸をざわつかせるものを感じたが、気にするのをやめておく。


「それよりも休む?」

「えっ?」

「気付いていないかもしれないけど……しんどそうよ」


 カンラギ副会長の心配にラスターはよどむ。

 しんどいと言えばしんどい。しかし、休む必要があるかと言われたら別にない。

 保健室のベッドにも限りがあり、ただ気分が悪いだけで占領せんりょうするものではないだろう。


 そこまでは理性として分かっていても、休みたいと言う想いを全て断ち切れるわけでもない。


怪我けがはしてなくても休息は重要よ。とりあえず休養届けは書いてあげるから、持つだけもっときなさい」

「……ありがとうございます」


 どうしても気分が悪くなれば使おうと、書いてもらうのを静かに待っていると、けたたましい音を立ててドアが開く。


「カンラギ副会長!」


 パイロットの休憩所に飛び込んできた男が、キンキン声でカンラギを呼ぶ。


「なんのようかしら?」

「こちらにいましたか! 至急、会議室に!」

「何かあったの?」

「それは――」


 口を開いた男は視線を彷徨ほうこうわせ、言葉を失ったかのようにだまる。

 まさに何かあったのだろう。無闇むやみにこんな所では話せない出来事が……


「分かったわ。すぐ行く!」


 理解して返事をすると同時に、カンラギ副会長はラスターの方へくるりとく。


「休養届けを書きながら行くから、君も付いてきなさい」

「いや、別に……」


 そこまでしてもらう必要のないラスターは遠慮えんりょをするが、カンラギは露骨ろこつ苛立いらだちを露わにする。


「私の親切を断る気?」

「……了解しました」


 そんな不快そうな面で言わなくても……

 機嫌きげんの悪い美人を敵に回すのはよろしくないと、ラスターはあっさりと意見をひるがえす。


「えぇ……おいで」


 ほんの少し、うれしそうに聞こえたのは多分、気のせいだ――


 ついてくるラスターと、カンラギ副会長の二人の間を、呼びに来た男は視線を行ったり来たりさせながら、何か言いたげに口を開き、閉じるをかえす。

 休養届けを歩きながら書くカンラギ副会長の後ろを付いていくと、会議室前へと到着とうちゃくした。


「あの……」


 おずおずと言った様子で、呼びに来た男はカンラギに声をかける。

 さすがに、部外者をこれより先に連れていくわけにはいかず、そして、カンラギ副会長としても連れていく気はない。


「できた! おそくなってごめんね。はいこれ」


 休養届けを手渡てわたすと同時に二人は中へと入っていく。


「……なにがあったんだ?」


 気にするべきか、気にせざるべきか……

 どうすべきかなやんで立ち止まっていると、カンラギの悲鳴のような声が聞こえた。



うそでしょ!」


 もたらされた情報にカンラギは声を張り上げる。


戦艦せんかん級がこの中域にいる!?」

「落ち着けよ。カンラギ」


 第二生徒会副会長――ガレス=レイダーがさわいでいるカンラギ副会長を嗤うように言う。

 ここに居るのは六人。

 報告班の一人であり、カンラギに来るように言った男。

 そして、第一生徒会の会長並びに副会長、および第二生徒会の会長並びに副会長……だけでなく副会長代理のナルギ=シェーンが集まっていた。


「どうして、今までわからなかったんだ?」


 すでに聞いており、取り乱しこそしなかったものの重い面持ちでシズハラが問う。


「戦艦級にしては小型なんですが、これまで一度も光速航行をしていないのだと思われます。そのため座標も曖昧あいまいで――」


 報告班がつらそうな様子で報告する。

 ワームビーストの大きさはまちまちだが、より少し大きいぐらいの生まれたばかりの大きさをマイクロと呼び、成長した1M前後で小型級、10M前後を基本級、20M以上あれば大型級と呼ぶ。


 その中でも、全長が200Mをえると戦艦級と呼ばれ、最大の特徴とくちょうとしては、体内のエネルギーコアの出力を上げることで光速航行を可能にしていることであった。

 はるか彼方だと思っていた戦艦級によって、ほろぼされたコロニーは数知れず。挙句の果てには、さらに大きく成長してコロニー級とまでなる個体も存在したという。


 現在では、戦艦級が光速航行をおこなった段階で速やかに発見し、航行位置の予測、警告、退治または救助、といった事までやれるシステムが完成されている。

 すべての被害を防いでいるわけではないが、無対策のころに比べると八割ほどの被害が軽減されていた。


「一応、連絡れんらくはしたのですが、今すぐは無理で……」


 一度でも光速航行を行った戦艦級であれば、観測と予測演算によって、かなり高い推移で居場所の特定は可能としてる。

 しかし、今回は一度も光速航行がおこなわれていない個体で、どこかで成長してからここまでふらふらとやって来たようであった。


「よく……見つけてくれた」


 シズハラが感情を押し殺すように、謝辞を述べる。

 誰も悪くない。だがそれでも受け入れ難い現実の歯痒はがゆさに苛立ちをつのらせていく。


「どうしてわかったんだ?」

「いえ……ワームビーストの数があまり減ってないと調べたところ、何体かげる個体を発見しまして……」

「逃げる? あぁ、だからわかったわけか」

「そういうことです……」


 ヒヤマ会長の質問に報告班が報告を行い、ガレス副会長が意味を察する。


 ワームビーストは基本的に群れて動く。


 一体のリーダー格と、その部下といった様子であるが、今回の群れは、多数の群れが集まってできたものであった。

 一番大きくても大型級になんとか達したレベルの個体。それが数体しかいない群れではトップがいないのも同義。


 そして、その手の群れのワームビースト達はあまり逃げないことが無いはずであった。

 トップなんてものがまともに存在しないから、一番でかいのをつぶしたところで、大抵たいていのワームビーストは気にせず突っ込んでくる。


 それでも逃げたのは、ただごしなやつか、または帰るべきところでもあると言った個体であろう――そうして調べた結果、戦艦級を見つけたのであった。

 今回のような有象無象の集まりは五百体であったが、戦艦級といったワームビーストの群れの数は千や万のけたに入ってくる。


 そして、今回の戦艦級は――千五百体。


 戦いが始まれば、何体増えるかも予想がつかない中、学生達だけの場所で相手にできる量ではなかった。

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