第6話 スパイ活動

「ペッペッ。汚い」

オークゴブリンの血や内臓がかかってしまい、カゲロウが嫌そうな顔をしている。

「まあこれも定番のオチだ。爆発オチという」

同じく血まみれになった俺も苦笑した。

「まあ、命を助けてもらったんだから贅沢言えないか。ありがとう」

カゲロウはくしゃくしゃになった髪を直しながら、礼をいってきた。

「ぐふふ。ちゃんとお礼はしてもらうぞ」

「お、お礼って?まさかボクに変なことするんじゃ」

カゲロウは自分を抱きしめて警戒する。ぐふふ、なにしようかなぁ。

「とりあえず、帝都に帰ろう」

俺たちは血にまみれた姿で冒険者ギルドに戻る。

ギルドに到着すると、すでに報告を受けていたららしい受付嬢が迎えてくれた。

「ご無事でしたのですね。心配しておりました」

受付嬢は俺たちを見て、ほっとした顔を浮かべた。

「ボクを見捨てた仲間たちは?」

「はい。すでに冒険者登録を抹消して、帝都を出ました。ゴブリン討伐の報酬は辞退するようです」

そういって、受付嬢はゴブリン討伐の報酬を全額カゲロウに渡してきた。

カゲロウはそれをそのまま俺に渡そうとする。

「これは全部キミにあげるよ」

「さっきもいったけど、俺は金に困っていない」

意地悪く言ってやると、カゲロウは困った顔になった。

「そ、そうだね。キミの鎧からみると、相当いい家柄の騎士様みたいだし。だけど困ったな……お礼はちゃんとしないと。そうだ!」

カゲロウは俺の手を取ると、冒険者ギルドを出て酒場に向かう。

「世話になったお礼に、お酒をおごるよ」

「ぐふふ。いいぜ。だけど俺は強いぜ」

俺たちは、二階が宿屋になっているムーディな酒場に入っていった。


美味い酒と料理。傍らには美女。

そうだよ。これこそが人生の楽しみだよ。王子に転生してからひたすら修行と勉強の毎日だったもんなぁ。

俺はカゲロウと二人で、浴びるように酒を飲み、美食を堪能していた。

最初は俺を警戒していたカゲロウも、酒が進むにつれだんだん口が軽くなってくる。

「カゲロウは何でジパングから来たんだ」

頃合いをみて、俺はそう聞いてみた。

「実は、ボクの国のお姫様がこの国の王子に嫁ぐ予定なんだけど、その王子ってのがものすごいバカみたいなんだ」

それって俺のことだよな。すでに俺のバカっぷりは属国にまで広まっているのか。

「それで?」

「うん。ただでさえ世間知らずのお姫さまが、そのバカ王子にいじめられるかもしれないって心配したお館様が私に命令したの、先行してモンストル帝国に潜入して、情報を集めておきなさいって」

なるほど、スパイってことか。

「でも、お城に潜入しようと思ってもガードが固すぎて無理だったんだよ。だから冒険者として名声を得て、兵士として潜り込もうとしたんだけど、仲間選びに失敗しちゃった」

まあ、運がわるかったってことだな。

「これからどうするんだ?」

「うーん。お姫様がくるまで冒険者としてなんとかやっていくよ。市井の情報を得ることも大切だからね」

それを聞いて、俺はちょっとイタズラを思いついた。

「よかったら、城の隠し通路を教えてやろうか?」

「いいの?」

カゲロウはめっちゃ食いついてきた。

「ああ。俺のおやじは城勤めの騎士だから聞いたことがあるんだ。城には緊急脱出用の通路があるってな」

俺はカゲロウが侵入できるように、通路を教えてやった。

「助かるよ~ありがとう」

「ふふふ。どうってことないさ。さあ、ぶぁーーーっといこうか」

俺はニヤリと笑って、盃を傾けた。


「お姉さん、もっとじゃんじゃんもってきてよ。ほらほらもっと飲んで」

ボクが追加のワインを注ぐと、目の前のおぼっちゃん騎士『ハンケツ仮面』は嬉しそうに飲んだ。

「いい気持ちだなぁ。いっちょやるか」

ハンケツ仮面はお尻丸出しで妙な踊りをしている。いい感じに酔っぱらってきているみたい。

ちょうどいい。いいとこのおぼっちゃんみたいだから、もっとお城の情報を集めようか。

「ねえねえ、城の人ってどんな人がいるの?」

「そうだな。皇帝トラン陛下の髪は、実はカツラなんだ。あの人はハゲなんだぞ」

周りにいた酒場嬢がプッと吹き出す。皇帝陛下の秘密をこんなところでばらすなんていいのかな。これで明日には帝都中に皇帝のハゲが噂されるようになるぞ。って、そんなのはどうでもいいんだよ。

「その、わが国の姫と結婚予定のトランス王子は?」

「ああ、あの人はバカで変態だ」

どうやら、噂は事実らしい。

「女好きで、いつも騎士の水浴びを覗いているぞ」

なんだよそれ。王子のやることか⁉

「属国へ降婿されることになったのも、皇帝が見放したからだろうな」

なるほど。そういうことなのか。これはお館様にお伝えしないとね。

「いやー。いい事を聞いたよ。それじゃ、ボクはこの辺で……」

こっそり退散しようとしたが、ハンケツ仮面はボクの手をぎゅっと握って離さない。

「まだいいじゃないか。ぐふふ。上に部屋をとってある。今日は朝までオールナイトでフィーバーだ」

やばい。貞操の危機だ。おちつくのよカゲロウ。一流のくのいちとして、こういう場面の対処法も学んでいるはず。

「そ、そうだね。それじゃボクも……」

こっそり飲むふりして、口の奥に仕込んであった眠り薬をワイングラスに入れる。後はこれをあいつのグラスとすり替えれば……。

「おっと、間違えた」

ハンケツ仮面はわざとテーブルに置いたボクのグラスを取り、ボクの口を付けたところを舐るようにしながらワインを飲んだ。この変態!!

「あれ、急に眠気が……ぐぅ」

ハンケツ仮面はテーブルにうつぶせになり、眠りに落ちる。なんとかボクの貞操は守られたみたい。

「それじゃあ、ボクはいくよ。あ、お金はこれで払っておいて」

さすがに飲みのツケをかぶせたまま逃げるのは恩知らずにすぎる。ボクは助けてもらったお礼に、金貨を置いて酒場から出るのだった。


ある日の夜

ボクはくのいち装束に身を包み、モンストル城に侵入した。

「さて……調べるべきはお城の構造だね。姫様は人質としてしばらくこの城に過ごすことになるんだから。いざって時に逃げられるように、情報を集めておかないと」

しばらく城に潜入して聞き耳を立てていたら、老人の怒鳴り声が聞こえてきた。

「エリスよ。トランス王子はどこにいる!!」

「さ、さあ、お姿を見かけませんが……どうなされたのですか?」

美少女の騎士さんの問いかけに、将軍らしき老人は激怒した様子で答えた。

「ワシの鎧に、生きたカエルを仕込んでおったのだ。ワシがカエルが嫌いであることをしった上で」

「おじい様。そうだったんですか?」

ひげを蓄えた老人が本気で怒っている様子に、エリスと呼ばれた青髪の美少女騎士は呆れている。

「もう勘弁ならん。今日は折檻じゃ。お前も探せ!」

「は、はい!」

ヒラテ将軍とエリス騎士は、王子に呼びかけながら走っていった。

ふむふむ。ヒラテ将軍はカエルが苦手ってことね。一応覚えておこう。

さて……肝心の王子はどこにいるのかな。

王子らしい人を探して隠し通路を進んでいると、いきなり後ろから声をかけられた。

「そのほうは何者じゃ?」

びっくりしてふりむくと、真っ白いおしろいで顔中塗りたくった紫アイシャドーのお化けがいた。

なぜか肌にぴったりと密着している服を着ている。

「き、きゃーーー⁉」

あまりの異様な姿に、隠密にあるまじき悲鳴をあげてしまった。

「これ、声をあげるでない」

その少年は扇子でボクの口をふさいで息を殺す。

「トランス王子、どこですかーーー?」

「いい加減にでてきなさい」

近くからヒラテ将軍とエリス騎士の声が聞こえてきた。

「よし。今だ」

少年が隠し通路の壁に設置されていたボタンを押すと、廊下の天井の一部が外れて落下していく。

「ぶべっ」

ヒラテ将軍は落ちてきた天井に顔面をぶつけて、目を回してしまった。

「ぎゃはははは。ひっかかった」

少年は隠し通路から飛び出し、指さして笑う。

「王子!」

「それじゃあなー」

少年は尻をフリフリと振って逃げ出していく。ボクは隠し通路からその様子をみて茫然としていた。


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