キャラクターメイキング

 視界いっぱいに広がったRhetoric Pray Onlineの文字から小文字表記されたものが消えて大文字がくっ付き、デザインされて文字へと歪んでRPOとロゴが表示された。

 そのロゴから景色が噴き出して辺りは満月が照らす雪に閉ざされた庭園へと変わる。

 そしてカラーの前には、巫女服に白い花房の首飾りを掛けた美しい女性が立っていた。

「こんにちは、来訪者よ。レトリック・プレイ・オンラインへようこそおいで下さいました」

「はーい。こんにちはー」

 カラーはごく自然に目の前に現れた相手に返事する。どう考えてもゲームの案内キャラであるから、いちいち驚く必要もないと言えばそれまでだが。

[グラフィック綺麗だな。リアル寄りなCGか]

[草白さんと二人でこんな幻想的なとこに立ってると、すっごくファンタジーな見た目]

 ゲームのジャンルはファンタジーなのだから、雰囲気作りはかなり上手くいっている。流石はVRゲームでも大手の会社の資本、景色の揺らぎもキャラの動作も自然に滑らかだ。

「わたしはかおゆき。あなたのゲームプレイのサポートを担当する管理AIです。よろしくお願いします」

「お世話になりますー。わたしは草白さしろカラーと申しますー」

 カラーが名乗ると『草白カラー』と表記されたダイアログがカラーの目の前に現れた。思考を直接読み取るVR機器のお陰で声だけで漢字表記も誤字なく入力されている。

「こちらをプレイヤーネームとして設定してよろしいですか?」

「はーい」

「では、次にゲームで使用するアヴァターを設定します。現在使用しているアヴァターをゲームでも使用するか新しくアヴァターを作成するか選んでください」

「このまま使用でお願いしますー」

 カラーが右手を胸に当てて自分の姿を示す。

 香り雪と名乗った相手は小さく頷くと、カラーに手を翳してから自分の横に振り下ろした。

 すると香り雪の横にカラーのアヴァターが複製されて現れる。

「こちらがゲームの世界、レトリックランドで活動するために魔力で作ったあなたのアヴァターになります。このアヴァターは魔力で作られているので、〔HP〕の全損の他、〔MP〕を全て消費した時も〔デスペナルティ〕を受けますのでご注意ください」

 事前に確認した公式情報では、〔HP〕は敵からのダメージで減少するキャラクターの耐久値、〔MP〕は〔魔術〕の使用で消費する魔力値となっていた。

 このゲームの設定ではプレイヤーは本人がゲームの世界に行くのではなく、アヴァターを投影して向かうことになる。

[つまり本体が壊れるのがHP全損、エネルギー切れがMP全損か]

[わかりやすい]

「なるほどー」

 これから検証プレイをすると言っているカラーがコメントを見て頷いている。

「では、次に最初の〔ルーツ〕を一つ選んでください。〔ルーツ〕とはあなたが扱う〔魔術〕の方向性を決めるもので、〔スキル〕や〔アイテム〕を取得出来ます」

 香り雪の説明と同時に、〔ルーツ〕の一覧が表示された半透明のディスプレイが現れた。

 カラーはディスプレイを指でスクロールしてその内容を確かめる。

 〔魔術師Wizard〕〔召喚士Summoner〕という分かりやすいものから、〔天使Angel〕や〔人魚Mermaid〕という種族だと思われるもの、〔猟師hunter〕や〔罠師Trapper〕という一見〔魔術〕とは関係なさそうなもの、それから〔魔機士Magear〕や〔刻印者Caster〕などのこのゲーム独自だと思えるものと、その数は多い。

[いろんなのがあるな]

[草白さん、どれ選ぶのかな?]

「んー、いっぱいあって悩みますねー。皆さんはどれがいいと思います?」

 まさかの視聴者に丸投げだった。

 カラー自身はゲームの経験がなさ過ぎて、見てもイメージが湧かないらしい。

[ママ、もうちょっとがんばって]

[こっちに丸投げかい]

[草]

[草白さんだけに]

[さっき歌手って見えたんだけど、カラーさん歌上手だしそれにしたら? てかもっと歌枠も増やしてほしい]

[ああ、草白さんも持ち歌あるしな。見てて楽しそうだ]

「歌ですか? 良さそうですねー。歌手ー、歌手ー、どこですかー」

 たった一つの〔ルーツ〕を探すのが大変なのか、カラーは何度も指を滑らせて上へスクロール、下へスクロールと画面を行ったり来たりさせる。というか、画面が動く速度が付き過ぎて度々文字が吹っ飛んでいて読めなくなっている。

[ママ、ママ、目が滑る]

[ゆっくり動かそうよw]

[あ、あったあった! 止めて!]

「え、ありました?」

 コメントの制止を受けてカラーは指を止めるが、動作がゆっくり過ぎて前のスクロールの勢いで結構画面が流れていった。

 そして今度は慎重に指を弾かずに画面にしっかりと付けながら画面を戻していく。

「あ、ありましたー」

 カラーが〔歌手Singer〕という項目を指でタップするとその詳細な情報と共に『この〔ルーツ〕を選択しますか?』というメッセージが表示される。

 カラーは出て来た情報を見もせずに、『Yes』というボタンを指で叩いた。

 すると出ていた〔歌手〕の画面がそのまま光の粒に崩れて香り雪の横に立つゲーム用のアヴァターへと吸い込まれて行った。

「それでは、〔ルーツ〕によって決定した現在の〔能力値〕はこのようになります。ここに十二ポイント分の能力値を割り振ってください。なお、〔HP〕と〔MP〕については一ポイントで〔能力値〕が五上昇します」

 香り雪の説明と共に、今度はゲーム用のアヴァターの前にディスプレイが展開された。

『〔破壊〕4

 〔妨害〕4

 〔治癒〕17

 〔祝福〕17

 〔呪縛〕17

 〔創造〕1

 〔HP〕90

 〔MP〕110』

 これが〔能力値〕になる。〔HP〕と〔MP〕以外は〔魔術〕のタイプに対応しており、身体能力はキャラクターによって変化しないと公式から情報が出されている。

[確か破壊が攻撃魔法だったな。草白さん、そこはポイント振った方がいいかも]

[RPGで攻撃力低いとか目も当てられんしな]

[見た感じ、バフデバフと回復か。仲間いればいいんじゃん?]

「あ、実は会社からMicotMaisonのみんなやコラボ配信するライバーさん以外とは一緒にゲームしないように言われてるんですよー」

 コメントに仲間という単語を見付けて、カラーはここで実況配信のコンプライアンスを一つ視聴者に伝えた。こうして多くの人に見られる以上、一般人が長く映り込むのは具合が悪いのだ。

[あー、まぁ、あってもおかしくない制限だな]

[えー、ママと協力プレイできないのー]

[残念だがしゃーない]

「ごめんなさいねー。〔能力値〕は言われた通りに〔破壊〕を上げて、あとは半端なとこにも入れておきますねー」

 カラーが割り振ったポイントによって〔破壊〕が10、〔治癒〕と〔祝福〕がそれぞれ20になった。

 カラーが『決定』という表示をタップすると同時にディスプレイはぷつんと消える。

「ご苦労様でした。〔歌手〕の初期取得は全て〔スキル〕なので、装備の変更はありません。アヴァターの服装にデータはありませんが、現在のままプレイ出来ます」

 香り雪は言い終えるとカラーに向かって掌を見せた。するとカラーの姿が光の粒に崩れて香り雪の手に引き寄せられる。

 香り雪は手をそのままゲーム用のアヴァターに向けて振ると、カラーの光はその中へと吸い込まれる。

 アヴァターが目を開くとカラーの意識は無事にそちらへと転送されていた。元々扱っていたのと同じ姿なので、カラーがアヴァターを動かしても特に違和感はないようだった。

「では、最後にこれをあなたに授けます」

 香り雪から差し出されたのは、宝石で出来た鈴を房成りに連ねた神楽鈴だった。

 カラーはこれを両手で手杯てつきを作り受け取る。

「これは〔神器〕の一つ、【珠鈴たますず】です。これからあなたを、あなたのためだけの〔箱庭〕に送りますが、そこにこれを納めてください。様々な助けをあなたにくれます」

「わかりましたー」

 この〔神器〕というのが、プレイヤーをレトリックランドという世界に送る起点になる、という設定だ。なので〔ログイン〕と〔ログアウト〕を始めたとした様々な機能が公式情報で伝えられている。

「では、これからあなたを〔箱庭〕に送りますが、その〔箱庭〕に繋がっている最初の街をこの中から一つ選んでください」

 香り雪の前に、アプリケーションスフィアのように街の景色が映った丸い窓が現れた。

 月明かりの下で建物をたくさんの花が飾り、馬車や列車の駅らしき廃墟も見られる【遊花ゆうか駅街えきがい】。

 月光が寒さと雪に跳ね返って眩い、巨大な壁に囲まれた【毀月きげつの要塞都市】。

 雪に埋もれる中で寒さに耐える花がひっそりと咲く社殿を構えた【香雪こうせつ社都しゃと】。

 どれもそれぞれに美しい見た目の街だ。

「えーとー、それぞれ選んだ時の違いってあるんですかー?」

 カラーが訊ねると香り雪は頷いた。

「【遊花の駅街】は住民も多く〔クエスト〕が発生しやすいです。【毀月の要塞都市】はレトリックランドへの侵略者が迫っていて激しい戦闘が繰り返されています。【香雪の社都】はレトリックランドの過去の伝承や記録が断片的に残っており、その情報はゲーム攻略にも役立つでしょう」

「攻略、ですかー」

 今の説明でカラーが選ぶ街は決まったらしい。

[草白さん、ゲームの目的を覚えていらっしゃったかー]

[自分で言ったこと忘れてたらそれはそれでどうなんっても思うがな]

[ママにはむしろクエストで人助けしてくれてる方が安心して見れた]

[【安らぎか】いつもの姿に安堵するか、予測不能なことやらかすのを楽しむか、二つに一つだが観てる側に選択肢はない【どきどきか】]

「ふふ、わたしは【香雪の社都】を選びますよー」

 カラーが笑いながら告げると、選ばれなかった二ヶ所の映像は煙のように消えて、【香雪の社都】を映した窓は小さくなりながらカラーの手にした【珠鈴】に吸い込まれた。

「それでは、あなたを〔箱庭〕に送ります。この〔箱庭〕はあなたが自由に作り上げられる空間ですが、世界の救済を託す報酬でもあります。今、レトリックランドは侵略者〔エンヴォイ〕によってその多くが失われています。失われた世界を取り戻し、再生する、それがあなたたちに託すわたしたちの願いです。どうかよろしくお願いします」

 カラーは真っ直ぐに香り雪を見て、ゆったりと頷いた。

 香り雪がカラーの頷きを見届けると、画面を切り換えたように真っ白な何もない空間へとカラーは放り出された。

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