全ては東雲柚姫の都合の良い戯言に過ぎない

灰汁須玉響 健午

第1話

東雲柚姫しののめゆずきは超絶美少女である。

 それはもう、この現実世界において『美少女』という非現実的な単語を本気で使ってしまうほど美少女なのである。

 その大きく切れ長の瞳は、時に憂いを帯びて虚空を見詰めては、物悲しげな女神のように見るものを釘付けにし、時に挑戦的に輝かせては、見たものを小悪魔のように、サディスティックに誘惑する。

 緩く波を打った長い黒髪は、常に天使の輪が出来る高度なキューティクルを搭載し、風が揺らすたびに甘く爽やかな、なんとも甘美な香りが散布される。

 真っ白な肌は、病的なそれとは違い、人形のように澄んで、そうかと思って触れようものなら、瑞々しくしなやかな弾力と、なんともいえない柔らかさを併せ持つ、新型のコラーゲンの洗礼を受ける(友人談)ことになる。

 158センチの絶妙な身長と、制服の上からでも分かるバランスの取れた体型は、すでに神の領域の黄金比を誇り、身体測定の際に目撃した女子の証言によると、上から84、58、85と、何の等身大フィギュアかと思うほどのびっくりプロポーションであると実しやかに囁かれている。

 もうお解かりだろう。

 言葉では語りつくせぬほどの美少女、それが東雲柚姫であるということ。

 だが彼女が、単なる外見だけの美少女だと思ったら、それはそれでまた痛い目を見ることになる。

 なぜ、彼女が超絶美少女とまで言われるのか。

 理由は、そのステータスにある。

 まずは基本となる成績だが、定期テストでは常に学年トップ3に入っている。成績表はほぼ全て十段階評価で九以上。

 物知りで博学でユーモアもあって、ピアノもヴァイオリンも、琴まで弾けて、運動神経抜群で字も絵も巧いとくれば、もうどこの機関が開発した最新兵器かと疑いたくもなる。

 極めつけは、何故か女子にも人気があるということ。

 ここまでくれば、伝説はすでに神話へと昇華する。

 そう彼女は、『東雲柚姫』と言う生きた神話なのだ。

 しかし、それ故にその神話に挑戦する勇者も、あとを絶たない。彼女が高校に進学して一年と三ヶ月。すでに二十を越える告白を受けている。それもその辺の一般生徒ではない。サッカー部のエース、バスケ部の部長、学年一の秀才、ちょい悪(ワル)風のイケメンと、錚々たるメンバーが思いの丈をぶつけたが、その結果は彼女のハートを射抜くどころか、かすり傷さえつけることが出来ずに等しく敗れ去った。

 これだけの攻撃に無傷。

 その精神的装甲、鉄壁にして最強。

 東雲柚姫は、堅かった。

 猛者たちの無残な戦績から、最近はやっと、むやみに告白しようとする者もいなくなり、かといって、諦めきれない連中は、日々何か得策、打開策はないかと目下奮闘中であるとかないとか。

 つまり、これほどまで美少女であるにも拘らず、どフリーであるというあたりも、彼女を神話へと押し上げている理由の一つである。

 そんな神話的美少女、東雲柚姫が、俺にどう関係あるかというと、悲しいことに全くもって関係ない。彼女の知名度から、一方的に知ってはいるが、別に話したことは無いし、友達でもクラスメイトでもなく、面識すらなかった。

 それもそうだ。

 何しろ俺は話題の中心にいるような人間ではない。

 というか、目立つことを避けてさえいる。

 なんでもかんでもど真ん中。上にも下にも出ないことが、俺のポリシーであり、世の中を平凡に平和に生きる術(すべ)なのだ。

 とまあ、そういうわけだから、俺と東雲嬢は、住む世界が違うのだ。

 しかも俺には、僅か十六年で培った経験則ではあるものの、『飛び抜けて容姿が良い女子とは深く関わらないに限る』という持論がある。

 飛び抜けた容姿をもっているということは、異性からの人気はもちろん高い訳で、そうなれば、当然純粋にライバルが多いということになり、それはつまり、こっちにそんな気はさらさらなくても、その子のファン的な輩から勝手にライバル視されたり、嫉妬されたりと、トラブルに巻き込まれる可能性が極めて高い。そして異性にチヤホヤさせるということは、同性からの妬み嫉みもあり、それによって嫌がらせや虐めなどにもなりやすく、これもまたとばっちりを食いかねない……まぁ、これに関しては、東雲は例外だが。

 更に最悪なケースは、一緒にいるうちにうっかり好きになってしまったりした場合だ。

 仮に自分が釣り合う容姿やステータスを持っている場合は、心変わりの心配や圧倒的な劣等感といった、常時継続する困難の数は多少なりとも回避できるだろう。だが、それを除いても結局、人気者を独り占めする&その人の気持ちを惹き止め続けるという、想像しただけでトラブルの予感しかしない状況が待っている。

 つまり、そんなあらゆる可能性を考えた結果、飛びぬけた容姿をもつ女子とは関わらないに越したことはない、という結論に至る。

 それが、平和に生きたい俺にとって、最良の選択なのだ。

 だから、今後一切、俺と東雲柚姫は、関わることはない。

 ……はずだったんだ。 



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