第4話 知ってたかい? 魔物だって一応、管理されているんだ。

「おーい、マリエル!」

 俺は「魔物使い」のマリエルに声をかけた。


 マリエルはハーフエルフの女の子。見た目は人間とほぼ変わらないが、耳だけが尖っているのが特徴だ。高身長で誰が見ても美人……おっと、そんなことをいうと俺の妻が怒るから黙っておいてくれよ。彼女との出会いもまたの機会に話すとしよう。今回はちょっと急を要する案件なんだ。


「なんでございますか、マスター」

 休憩中、ソファでくつろいで雑誌を読んでいたマリエルがすっと立ち上がって俺の目の前にやってくる。ち、近いぞマリエル。


「第2層の魔物たちの回復が追い付かないって、プリメーラから報告を受けたんだ。なんとかならないかな」

「……確かに、第2層にランクの高い冒険者たちが入ってきて無双を楽しんでいる、って最近ぴーちゃんも言っていました」

「ぴーちゃん?」

「あ、いえ、第2層のスライムのことを私がそう呼んでいるだけでして」


 そうなんだよ。最近、適正ランクよりも下位の層に挑戦する若者の冒険者が増えているんだ。より安心・安全を求め、確実にアイテムをゲットしたいのだそうだ。そんなの、冒険じゃないよなぁ。もっと生きるか死ぬかのギリギリの道を歩いていく、そういうのが真の冒険だと俺は思うんだけど。どうやら最近の若者は違うらしい。


「だからさ、魔物用の回復魔法陣があるじゃん、あれの強度を少し強くするとかできないか?」

「わかりました、今すぐでよろしいでしょうか?」

「おっ、助かるよ」

「では、行ってまいります」

 マリエルはそう言うと、第2層への転移魔法陣に入って姿を消した。


 俺の作った人工ダンジョン「深淵の迷宮」の中にいる魔物のほとんどは俺とマリエルでテイムした魔物たちだ。ああ、テイムっていうのは「魔物を手懐てなつける」っていう意味だぜ。各地の「野良ダンジョン」や外で魔物を倒し、テイムしてこの「深淵の迷宮」に連れてきたってわけ。

 ほとんど、と書いたのは魔物のアルバイトも募集しているからだ。テイムした魔物のうち何匹かを野に放ち、勧誘役にしているんだ。そうしてうちのダンジョンに来てくれた魔物もいる。

 正直、このダンジョンにいてくれれば三食食事付き、冒険者がいれば思う存分戦ってもよし、深傷を追ってもマリエルの作った魔法陣で即時回復できるってなれば、断らない魔物はいない。たまにプライドが高くてダンジョンに入りたがらない魔物もいるけど、そこはそれを尊重して無理には連れてこない。

 さすがに、第7層や特別階層の魔物たちを手懐けるのは骨が折れたが、まぁ、あのとき頑張ってテイムしたから今があると思うと苦労した甲斐があったな、と思う。

 

 しばらくするとマリエルが一匹のスライムを抱えて帰ってきた。少し悲しそうな表情をしているのは……気のせいではなさそうだ。

「マスター、お話があります」

 

 ああ……もしかして。なんとなく状況を察した俺は、マリエルとスライムを建物の外へと連れ出した。

「マスター、お話というのはこのぴーちゃんのことです」

「うん」

「ぴーちゃんは寿命が近いのです。これまで第2層の魔物として十分活躍してくださいました」

「そうだな、このダンジョンができたときから頑張ってくれていたもんな。感謝している。ぴーちゃん」


 俺は優しくぴーちゃんの頭を撫でる。スライムといえばプルプルとした感触が特徴的だが、今のぴーちゃんはマリエルが言うように寿命が近いのだろう。プルプルよりも若干硬めの感触が手に伝わった。


「それで、ぴーちゃんも最期は自分の生まれ故郷に帰りたいと言うのです。どうでしょう、マスター。私はぴーちゃんの願いを叶えてあげたいのですが……」

 そんなの、断る理由がない。これまで俺のダンジョンのために一生懸命働いてくれたんだ、むしろ感謝しなくてはいけない。


「ぜひそうしてあげよう。俺がテレポートで連れていくよ」

「あ、いえ。ここは私にさせていただけませんか。ぴーちゃんは私が初めてテイムした魔物なかまなんです」

 マリエルの肩がかすかに震えている。だよな、初めてテイムした魔物なかまは特別だよな。俺もその感覚は理解できる。最後は自分が看取ってあげたいよな。


「そっか、わかった。しっかり感謝の気持ちを伝えてお別れしてきておくれ」

「ありがとうございます、マスター」


 マリエルはいろいろと準備を整えると、テレポートの魔法を唱えてぴーちゃんとともに姿を消した。姿形は違えど、人間も魔物も同じように生きている。そしてみんな平等に、いずれ死は訪れる。

 俺は晴れ渡った空を見上げ、遠く故郷に帰ったぴーちゃんを想い、手を合わせた。

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