第1話 取り調べ

 子供の頃から怪獣映画が好きだった。大怪獣のどてっぱらに大砲を撃ち込んでみたかったんだ。


 俺は朽木了くつぎりょう。通称クッキー。陸上自衛隊の機甲科教導連隊きこうかきょうどうれんたいに所属。10式戦車ヒトマルしきせんしゃに乗っている。砲手を務める。10式ヒトマルしきってのは、日本の複雑な地形に合わせて軽量化した車体に最新鋭の姿勢制御を組み込み、全速力で走りながらでも主砲を百発百中させる最強クラスの主力戦車だぞ。世界的に有名な怪獣王と川岸で戦ったヤツだと言えば分かるかな?


 いや、勿論、小さな頃の夢は夢として、国土と国民を守るため任務を全うしている。

先日は総合火力演習に参加して実弾を扱う射撃で緊張の一日を過ごし、充実感と疲労感を味わいながら数日経って、やっと一時帰宅。帰路に就いたところだ。


 車を運転しながら、ふと腕時計を見ると7時40分。日が落ち暗くなってきてはいるが、まだそんな時間ではないはず。ダッシュボードの時計とは、やはりズレがある。狂ったか。ソーラー発電なので電池切れはしないはずだ。


 どうやら、ここで気が緩んでしまったらしく意識が遠のいた。たいしてキツくもないS字カーブを曲がり切れなかったようだ。鈍い大きな音。前のめりに衝撃があり

「しまった!」と思ったときにはフロントガラスの向こうに街路樹があった。


 慌てて車から降りると、なにやら周りの様子がおかしい。照明が一切なく暗い。自分の車の前照灯ライトだけが木を照らしている。足もとはアスファルトではなく、固い土。


 暗くて周りには、ほとんど何も見えず、天を仰ぐと空にはなんと三つの月がある。


「俺、頭打ったかな?」


 とりあえず、人をねたりはしていないようだから、あまり動かないようにして上官と警察と保険会社に連絡だ。ポーチの中のスマホを手探りで掴もうとすると四方から聞き馴れない音がする。いや、動物の唸り声だろうか?こんな所にそんな動物はいないと思うのだけれど。


 車の座席の下に、洪水などの災害で車内に閉じ込められた場合に窓ガラスを割って脱出するためのハンマーが積んである。それを持って車内に籠るのが一番安全なのではないかと考えたところで、声を掛けられた。


「今、日本語が聞こえた気がするんだよね。」


 振り向けば、ランタンを持った20代後半くらいの細身の男性が立っている。ランタンを持った左手を掲げ、俺の顔を覗き込む。


「日本人っぽいね。当たり?」

「そりゃ日本人か、と問われればそうですけどね。此処は日本なんだから当然なのでは?」


 相手の表情までは、よく分からないが頷いている。納得したか?


「ああ、ごめんごめん。夜になって飛ばされてきたのかな。右も左も分からないよね。ここは日本じゃないんだ。上を見て。月を。」


 もう一度空を見上げる。やはり月が3つある。


「えーっと。」言葉にならない。


「僕は日本人だ。とりあえず落ち着いて。ゆっくり説明するからね。」


ちょっとだけ落ち着いた。状況把握に努めようじゃないか。


「ここは別世界。ユーロックスという世界なんだ。あ、詐欺とかじゃないからね。なにも君を騙そうとしたりはしてないから。あの月は本物。映画のセットなんかじゃないよ。」


 映画のセットだとしたら、大きな倉庫のような撮影スタジオみたいな箱の中なのか?なんたらビジョンとかで天井に映しだされた月を見てるのか?しかし、この空気、風は屋外だろうよ。


「僕は坂上礼三さかがみれいぞう。本職はミュージシャン。バンド活動をしていたけど、こっちの世界から呼ばれてしまった。今こっちの世界では、副業でレストランのオーナー。こっちでの本職については、話すと長くなるんだ。ホント面倒。」


 なんとも現実離れしている。この真っ暗な場所も。この人も。


「君は、名前は?とりあえず僕の店で話さないか?ここは多少の危険もあるからね。危ない生き物がいる。町は近いんだよ。歩いて、すぐ。」

「失礼しました。朽木了くつぎりょう。陸上自衛隊、機甲科教導連隊きこうかきょうどうれんたい所属の陸士長りくしちょうです。」


 少しでも現実味が感じられるかと姓名、所属、階級を告げてみた。いや、自分自身は落ち着くけど、普通の人に自衛隊の所属や階級なんて馴染みないよなあ。と思ったら、もっと現実味のないことが起こった。


 ガサガサと草を踏みしめ掻き分ける音。先程の動物の唸り声のようなものが、もっと大きく聞こえ、近づいてくる。小型犬か中型犬くらいの大きさの動物が数匹、飛び跳ねる。まさか!犬の頭で二足歩行しているじゃないか。


「まったく、空気読めないモンスターだなあ。嫌いだよ、コボルトは。」


 礼三れいぞうが続いて「インフェルノ!」と短く小さく独り言のように呟くと、何が発火したのか、複数の火種が犬頭の人のような獣のような生き物を焼いた。大慌てで逃げていく。


「危ない生き物ってのは、ああいうヤツね。さ、移動しようか。付いてきてよ。宜しくね。あ、火は消さなくても大丈夫だよ。そういう所なんだ。車も朝になってから何とかしよう。」


 下草に火が着いて、少し明るくなると、芝が綺麗な低木の草原のようだ。目が慣れると少し離れた場所にポツリポツリと小さな明かりが見え、そこに向かって行くらしい。


 電話を掛けようとスマホを取り出してはみたが、電波が来ていない。端末の故障? 通信障害? サービスエリアの外に出たのか? 電池の残量は、まだ大丈夫。


 そして、どうしても気になるので、歩きながら訊いてみる。


「あ、あの、坂上さん。さっきの変な生き物と、突然火が着いたのは、なんなんでしょうか?」

「あ。僕のことは礼三れいぞうと下の名前で呼べばいいからね。生き物はコボルトっていう、まあ、弱っちいけど、怪物かなあ。で、火は僕の魔法だよ。」

「は・・・? 魔法?」

「ここはね、科学の代わりに魔法が発展した世界なんだ。お伽噺とぎばなしみたいだよね。」


 町の一番外側らしい場所まで来ると、木造2階建ての建物。周囲を一回りすると、暗がりの中うっすらと看板らしいものが見える。知らない文字と、もうひとつ日本語で「取調室」と書かれている。


「さ、着いた。ここが僕の店。ちょっと理由があって、店の勝手口は町の外側に向いているんだ。まあ、入ってよ。」


 取調室って、俺、取り調べられるの? まるっきり不審者の扱いじゃない?

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