その幽霊、訳アリです。

コーキ

プロローグ

「安倍くーん、これの打ち込みよろしくー 」


 パーテーションで区切られた広い事務室で、課長の田中さんが私を呼ぶ。 昔はフサフサだったかもしれないおでこにいっぱい汗をかき、何枚かの書類をひらひらとさせてドッカリと椅子に座っている。


(はいはい、今取りに行きますよ。 ってか、データを送れば済むじゃん! )


 そう思いながらも、『ハーイ』と営業スマイルでその書類を取りに行く。


「もうすぐ退社時間だけど大丈夫? 君のとこの規則厳しいから残業させれないんだけど…… 」


 急げば間に合わなくはない量の書類を差し出す苦笑いの田中課長に、私は笑顔で答えてやる。


「大丈夫です。 このくらいなら10分で終わりますから 」


(ならもっと早く呼べよ! )


 とは言えず。 私は書類を受け取って自分のデスクに戻り、少し強めにキーボードを叩いて打ち込みを開始した。




 私の名前は安倍 美月あべ みつき22歳。 人材派遣会社の事務作業担当社員で、今はこの書類作成代行の会社に勤めるごく普通のOLだ。 チャームポイントは…… どこだろう? 身長は平均、太くも細くもなく、胸だって大きいわけじゃない。 顔だって別に可愛い方でもないと思うし、性格? そんなの良いか悪いかなんて自分じゃわからない。 そんなこんなで彼氏いない歴22年…… そこは放っておいてくれると嬉しい。


 唯一他の人とちょっとだけ違うところと言えば、私は子供の頃から見える・・・ことだろうか。


 そう、俗にいう『幽霊さん』だ。


 名字にある通り、私の遠い祖先は安倍 清明あべのせいめいなんだとか。 もちろん、あの有名な陰陽師みたいな退魔の力がある訳じゃなく、私にはただ見えるだけ。


 まぁ力があったにしても、今のご時世に陰陽師の仕事をする気はないし、コアなファンがいても流行る訳もない。


 ただ、小さい頃から損はいっぱいしてきた。 


 友達と遊んでいる時に、フラフラっと寄ってきたおじさんに『こんにちは!』と話しかけたら、実は幽霊でしたなんてことはザラだった。 見えていない皆には気味悪がられ、学校で屋上や階段にいた霊を見ていたら『キチガイ女』と噂され、ご近所さんにはちょっと逝っちゃった子…… なんて囁かれていたこともあった。


 この見える・・・力は血によるものらしいが、親には霊感が全くない。 亡くなった私のお婆ちゃんがそれなりに力があったらしいから、隔世遺伝ってやつだ。 こんな力なんてなんの得もない…… 私はこの会社でも、怪談や幽霊は苦手ということで通していた。




 終業の時間ぴったりにデータの打ち込みを終え、田中課長に書類を返して私は手早く退社準備に入る。 準備といっても、デスクの上の整理とパソコンのシャットダウンくらいなものだけど。


「お疲れ様でしたー 」


 課長の言う通り、私が籍を置いている派遣会社は就業時間にとてもうるさい。 この派遣先に迷惑を掛けない為にも、まだ仕事をしている正社員の皆様を横目に私は事務室のドアを開ける。 派遣社員が会社に残っていると、正社員が帰りづらいという風習もあるようだ。


 とはいえ、仕事が溜まっている正社員さん達の視線は冷たい。 私にしてみれば『あんた達の仕事が遅いだけ』と言いたいが、それでは私の仕事がなくなる。 ここ、結構楽だし。


 めげずに私はきっちり定時で事務室を後にし、エレベーターのボタンを押した。


「はぁ…… 何かいい仕事ないかなぁ 」


 仕事は楽だし仲のいい人はいるけど、正直打ち込み業務だけはやりがいはない。 エレベーターの到着を待つ間、ブツブツとそんな事を言ってみる。 エレベーターのドアが開くと、出てきた学生服姿の男の子とぶつかりそうになった。


「あ、ごめんね 」


 スッと横に避けてエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押す。 エレベーターの扉が閉まる寸前、目を見開いて振り向いた彼と目があった。


(目をひん剥いてガン見されたしまった…… )


「感じ悪…… 」


 ん? 高校生? このオフィスビルに高校生なんて珍しい。 誰かの息子が迎えに来たのかな…… まぁ私には関係ないからいいんだけど。 


 オフィスビルのエントランスを抜けて夕暮れの街を一人歩く。


「あ…… あの本今日発売日だっけ 」


 ちょっと続編を楽しみにしていた小説。 一人暮らしだし、真っ直ぐ家に帰ってもどうせやることはあまりない。 私は回れ右をして、本屋に立ち寄ってから帰ることにした。

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