第19話

 定刻通りにリベックを出発した先遣隊は、大きく迂回する形でレングラードを目指した。最短距離と比べておよそ二十分の遅れが生じると予測されたが、それで敵の大軍と遭遇する確率を下げられるなら微々たる損失だ。

 先遣隊の役割は島の安全の確保――つまりは内部に敵が残留していないかを確認して、残っていれば殲滅することだ。道中で敵を惹きつけては先遣隊としての任務に支障が出るうえ、敵の数によっては全滅も充分にあり得る。島までの隠密行動は極めて重要といえた。


 遅延と天秤にかけた選択は、見事に奏功した。先遣隊はただの一度も敵と遭遇することなく、無傷でレングラード・シーブリッジの島の外側に到達した。

 目視した限り、橋の上で待ち伏せている敵も見当たらない。

 ルドルフ小隊長が率いるシュウ達の乗る車両を先頭に、先遣隊の車両が続々と橋に進入する。

 速度は制限の八割程度に抑えて、慎重に車間距離を確保しながら車両を進めた。万が一奇襲された際に、周りの車両が巻き添えを食わないための対策だった。

 心配は、杞憂に終わった。十キロあるシーブリッジを渡り終えるまでの間、砲撃も銃撃も飛んでこなかった。

 昨日レングラードを脱出したときの苛烈な攻撃が記憶に焼きついているシュウにとって、何もないというのは違和感があった。


 ルドルフはシーブリッジを渡りきった先で車両を停めた。彼はエンジンを切るなり即座に降りようとしたが、ハルカが右手の掌でそれを制した。小隊長が指示に従ったことを確信して、彼女は助手席から外に降りた。ドアを閉めると、その右手に例の長槍が顕現した。

 ハルカは視線を様々な方向に巡らせながら、車両の周囲をぐるりと一周した。

 助手席の前でしばらく悩んだ顔を見せたあと、右手の長槍を消して助手席のドアを開けた。


「少なくとも、ここから半径三キロ、四キロの範囲に敵はいねぇみたいだ」


 運転席のルドルフが真っ先に反応した。


「恐ろしく目がいいな。信用していいのか不安になるくらいに」

「滑稽だな。この身体はお前達と同じなんだぜ? 見えないのはお前達の目が悪いからだ。それに、遠視のコツをわかっちゃいない。訓練すればお前達にだってオレと同じ光景が見えるようになるさ」

「別に疑ってはいない。お前を疑うようなら、この作戦に参加などしとらんわ。単に感心しただけだ」

「賢明じゃねぇか。実際嘘なんざついてねぇから安心しろ。オレとしても、この作戦が失敗すると色々面倒になる。そんな事態は避けたいのさ」


 やや弾んだ声でいって、ハルカはまた助手席のドアを閉じた。

 続いてルドルフが運転席のドアを開いたことを確認して、シュウとレオナルドも車両の後部から降りた。

 レオナルドは|AK74-AD4(アサルトライフル)を一挺ルドルフに手渡して、一挺を自分の胸に抱えた。

 レオナルドの防弾ベストにはアサルトライフル用の予備弾倉の他に、|M9-AD1(ハンドガン)用の予備弾倉もあった。肝心のM9は、ベストの右側のホルスターに収まっている。

 友人の装備を眺めて、シュウも愛用する|L96-AD3(スナイパーライフル)を手に取った。

 シュウのベストにあるのはスナイパーライフルの予備弾倉のみ。ハンドガンは装備から外していた。使う機会はないだろうし、あるとしたら、それは自分がハンドガンを持っていても覆せる状況じゃないと想像できた。余分な武器を持つくらいならば、その分身体を軽くして、選択肢も減らしたほうが有事の際に咄嗟に動けると考えた。


「貴公は随分と身軽そうですね、ハルカ一等兵」


 防弾ベストも着けず、銃火器も持たず、長槍を消したハルカは軍服一枚で立っていた。

 淡い色の短髪を揺らして振り向き、ハルカは話しかけてきたレオナルドを見た。


「状況に適した装備ってもんがあんだよ。お前のそれが正しいかなんざ知らねぇが、オレにとってはこれが最適ってわけさ」

「よほど凄い武器のようですね、貴公の槍は」

「少なくとも、お前達が恐れる戦闘AIは凌駕してるからな」

「なるほど。無礼な発言を許してください。戦場では見慣れない格好をしているものですから、訊かずにはいられませんでした」

「詫びる気持ちがあんなら、その鼻につく喋り方を一刻も早く直せ」

「それは少々無理なお願いですね。胎児の頃からこの喋り方なものですから」

「神話にいてもおかしくねぇ奴だな。将来は神々の伝説に名を連ねるかもしれねぇ。馬鹿の神話にな」

「私が、伝説? ……ふむ、悪くない響きですね」

「……こいつと話してると一分で知能指数が一ずつ下がっちまいそうだ。オレは早速、索敵と殲滅にいってくるぜ」


 まだ先遣隊の全車両が橋を渡り終える前に、ハルカは単身で先遣隊の密集地点から離れていこうとした。


「僕達は一緒に行動するんじゃないの? 敵が来たらどうするの?」

「ここに来るまで敵と遭遇しなかったんだぜ? そんなすぐに襲ってきたりしねぇだろ」


 レングラードの索敵は先遣隊を構成する全二十一小隊のうち、十六小隊で行うことになっている。

 二小隊を一組として作戦を遂行するため、索敵担当は八組だ。

 シュウ達の小隊を含む残りの五小隊は、シーブリッジの防衛を担当する。一見退屈そうだが、橋は作戦の要だ。死守しなくては、作戦失敗に直結する。敵が内側から奇襲をかけてきたからだとか、外側から大軍で攻めてきたからだとか言い訳して許される状況ではい。

 ハルカの力があればどんな戦況になろうとも問題ないように思えたが、彼女が一時的にも離れるとなると、シュウは不安を感じずにはいられなかった。


「もしも対応できないだけの数が攻めてきたらどうするんだよ」

「どうもこうも、お前達が応戦すればいいだろうが。そんだけ大量に来たら遠くからでもわかる。そうなったらオレもすぐに戻るさ」

「……わかった。そのときには、できる限りやってみるよ」

「頼んだぜ」


 短くそういって、彼女はシーブリッジを防衛する他の小隊の集まりに近づいた。

 一言、二言会話したかと思うと、唐突に彼らの乗ってきた車の運転席に乗り込み、島の中心部に続くトンネルに走り去った。車を借用された小隊の者達は、呆然と自分達の車が消えたトンネルの方角を眺めていた。

 同じくトンネルに釘付けになっているシュウの隣に、苦笑を浮かべたルドルフが並んだ。


「こうなるとは思っていなかったが、元から俺達がコントロールできる奴じゃない。あいつを信じて作戦決行したんだ。窮地になったら駆けつけるって言葉を信じるしかないな」

「……すぐに頼ろうとしてしまって、情けないです」

「誰もが敗北と死を悟っていた状況で勝利を豪語する異質な存在なんだ。俺だってあいつに期待してる。だが、あいつの活躍を指咥えて傍観だけしてるつもりはない」


 決然とした顔でいった直後、横からやってきた男がルドルフに小声で話しかけた。男の話に耳を傾けていたルドルフが数回頷くと、男は彼から離れた。

 男の移動した先には、各小隊の隊長が密集していた。


「全小隊が無事にそろったそうだ。小隊長間で作戦内容を再度確認後、状況を開始する。といっても、俺達はひとまず待機だがな」


 別の小隊長から聞かされた話を伝達すると、ルドルフは小隊長の集まりに加わろうとした。

 彼の足が一歩踏み出したところで止まり、シュウに振り返った。


「そういえば、いまハルカに車を奪われた連中が、カナデ=イガラシ四等兵の所属していた小隊だ。同じ待機組だから、気になることがあるなら訊いておけ」

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