daydream.2

 少女がそこにいた。


 金色の髪が風に揺れる。真っ白な頬には針で刺したような笑窪があった。


「モルフェ、元の髪はそんな色だったのかよ」

「前に話したの覚えてくれてたんだね」

 少女が笑う。

 辺りは白く霞んでよく見えない。モルフェがいるなら救貧院のはずだ。


「ここは何処だ?」

「わからない」

 少女が首を振る。

「貴方の夢だから、貴方が知らないことはわからないの」

「何の話だ……」

「綺麗な教団も、神の救いも、想像できなければ夢に見られないの。せっかく最後にいい夢を見せてもらえたのに」

 モルフェが浮かべた冷たい表情は、シスター・ザインに似ていた。


「貴方の救いはどこにあるの?」

 白い光が満ち、モルフェの姿を霞ませた。



 ***



 灰色の空が見えた。


 そこかしこで上がる煙が上空で雲にぶつかって混ざり合った。足元には濡れて黒ずんだ草むらが広がっている。

 全てが無彩色の世界だ。


「こんなのが救いかよ。今まで何も変わらねえ……」

 一歩踏み出すと、前を歩く影が振り向いた。


「先生……」

 黒髪、太い眉、鋭い目、頬の傷。髪が白く肌が黒くないのだけが救いだとでも言うのか。


「残党はいなさそうだな。帰るか」

 ヴァンダが周囲を見回した。


 この景色を知っている。

 初めて一緒に"煤"を討伐した後、郊外の切り立った山道を歩いていたときだ。この先に開けた場所があるはずだった。


 前を歩くヴァンダに追いついて足を止めると、記憶の中の景色と重なった。


 森の一部が削れて、錆びた低い鉄柵で覆われている。

 殆どが枝葉に侵食され、緑の海のようになった窪地に赤と白の幌が見え、支柱をつけた木馬が転げていた。

 鉄の線路が森まで導くように伸びている。

 最奥には車輪じみた巨大な円が聳え立ち、等間隔に人間が乗れそうな籠を木の実のようにぶら下げていた。


「何だこれ……」

 俺の口から独りでに言葉が漏れていた。あのときも同じことを言った。


「お前、遊園地を知らないのか」

 驚いたように俺を見るヴァンダの表情も同じだ。俺は首肯を返す。

「そうか、お前の親は……」


 冷たい風が吹き抜け、聳える円を揺らした。観覧車というのだと、後で教わったものだ。


「遊園地、昔あった行楽施設だ。人間が遊ぶためだけに金を払って、何も恐れずに家族で余暇を楽しむ。そういう時代があった」

「へえ……」

「いつか全ての"煤"を払い終えれば、またそういう時代が来る。安息日に子どもを連れて行って一日過ごして……その頃には俺の子も大きくなってるだろうな」

 ヴァンダは頭を掻き、小さく息をついた。


「俺に子守りは向いてない。引率が必要だ。そのときはお前も付き合え」

 俺は思わず顔を上げる。

「いいのかよ、家族で行くんだろ」

「俺は教団の父らしいからな。お前も息子みたいなもんだ」

 ヴァンダが小さく口角を上げた。そういう笑い方だった。


「平和が訪れないことには夢物語だ。戦う理由ができたな、ダスティ。いや、もう"煤払い"か」

 観覧車が揺れる。



 俺はこの光景も、自分の名前も忘れていた。


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