第14話 殺し屋と諜報員と祭りへ行く、射的をする

 縁日で見た射的の景品を、私がいいなあって言った時、隣を歩いていた紗雪が眼を光らせたのが始まりだった。


 「ね、みつき。あれどっちがとれるか勝負しない?」


 「……意図が不明。そんなことしてなんになるの?」


 「性能試験みたいなもんだよ。ほら、


 「…………無駄、あなたと私は役割が違う。競う意味がない」


 「そんなことないって、それに……あれ貰った方がセンパイ嬉しいですよねえ?」


 「…………ん? まあ、嬉しいっちゃ嬉しいけど……」


 「ほら、どうする?」


 「…………付き合うのは今回だけ」


 「よしきたぁ、おっちゃーん、三回分ちょうだーい!」


 縁日の中、そんなやり取りをするみつきと紗雪を見ながら、私は後ろでくすくす笑っていた。


 ちょっと予定外ではあるけれど、こういう交流も、ま、悪くはないでしょう。


 愛情のほかに、友情だって必要なこともあるだろうし。まあ、この二人の間に流れるものを友情っていう言葉で片づけるのは、ちょっと難しいかもしれないけれど。


 少し不服そうに、縁日の射的の銃を受け取るみつきを見ながら、私はこっそりほくそ笑んだ。


 ま、この時までは平和だったね、色んな意味で。



 ※



 そもそもの始まりは、みつきと紗雪と私で、昼休みにご飯を食べているときだった。


 学校の屋上で、それぞれお弁当を広げながら食事をしてたら、紗雪がふと想いだしたように口を開いた。


 「そういえば、この前の仕事の報酬、そろそろもらっていいいですか? センパイ」


 その言葉に、私はああーと思わず口を開く。


 そういえば、色々と忙しくて、すっかり忘れていた。紗雪にここのところお願いしていた諸々の仕事の報酬。隣でみつきが怪訝そうな顔をしているけれど、これに関しては仕方ない。


 「いいよ、今回は何処行く? また私が考えよっか?」


 紗雪は組織テナントの諜報員っていう役割とは別に、時々、私が頼んだ仕事を請け負ってくれている。


 主に情報、偶に諜報員として厄介ごとの排除。ちなみに今回に関しては、両方の支払いが溜まっている。


 基本、報酬は法外な額のお金……ってわけでもなくて、大体土日のどっちかをデートに開けろ、みたいな内容だ。そんなんで報酬になるのかは、甚だ謎だけど、まあ本人がそれでいいと言ってるのだから仕方ない。大体、映画館行ったり、食事に行ったり、遊園地行ったり、本当にありきたりなデートみたいなことをする。


 「いえいえ、毎度、先輩にデートプランを練ってもらうのも心苦しいですし。今回は、私が考えてきたんですよ」


 そう言って、紗雪は手元に持ったカロリーメイトを頬張りながら、私にスマホの画面をすっと見せてきた。


 「お祭り? ……この時期に?」


 「そう、春ですけどやってるらしくて。ぜひぜひ、もちろんみつきも一緒に!」


 そう言って、明るい茶髪を揺らしながら紗雪は楽しそうに、みつきに目を向けた。ただ当のみつきはそれに、怪訝そうな視線を返すだけだ。


 「ま、報酬だしねえ。いいよ、行こう。いつも通り、今度の土曜日でいい?」


 「おふこーす! あ、でもでも一つだけ条件があってですねえ―――」


 そう言って、紗雪はすっと妖し気に眼を細める。それに呼応するように、みつきの視線が険しくなる。なんか警戒してるんだろうけれど、多分、みつきが警戒してるようなことは何もないんだよねえ。


 「二人とも、浴衣で来てくださいね! これは絶対です!」


 語尾に星でもついてそうな明るい声音で紗雪はそう言った。みつきはますます怪訝そうに眉をしかめた。ちなみに、みつきが想定してるような、防衛上の妨害とかはほとんどなくて、ただ紗雪が見たいだけだろうねえ。


 まあ、紗雪とみつきにはいい加減、仲良くなってもらいたいし。これはこれでありなのかな。


 思わずくすくす笑ったら、二人して、首を傾げて私を見てた。


 「どうしたの、主人」


 「どうしましたー? センパイ」


 「なーんでもないの」


 ま、たまにはこういうのもいいのかな。






 ※




 ってなわけで、冒頭に戻るわけですな。


 三人して、浴衣姿で近場の駅に集合した後、露店を歩きながらみつきに毒見―――という名目で餌付けを試みながら、祭りを楽しんでいたわけですが。


 途中、私が射的の店に眼を留めたのが発端だった。


 そこには、『最近流行二足歩行小型かわいい系1分の1ぬいぐるみ』が景品になっていて。しかも、主人公の子と、相棒の子の二人分がでかでかと目玉商品として飾られていた。小型という名前だけど、高校生の私達が普通に両手で抱えるくらいのでかさがある。タイトル詐欺もいいとこだね。


 あんまりそういうの見る時間ないんだけど、仕事の合間の数分とかで見れるから、私が見てる数少ないアニメだったりしたもんだから、こう。


 思わず声を出してしまった。


 で、それを取るだの取らないだので、みつきと紗雪が何やら勝負を始めてしまった。


 いやあ、仕事の合間に見てるから、私結構にわかなんだけど。そんなことも言えず、紗雪は楽しそうにおもちゃのショットガンみたいな銃をさっさと三丁店主から貰ってきていた。うーん、さすが諜報員、手が早えわ。


 「せっかくだし、センパイもやりましょー。ほらほら!」


 そうやって、紗雪に背を押されるままに、私は射的台に身を乗り出させられる。


 「ちょっと、紗雪、押さないでって。もう、わかったから」


 言われるがままおもちゃの銃を手に持って、改めて、射的の景品の大きな人形を見て思い知る。


 いや、これどう考えても倒せんでしょう。


 おもちゃの銃は小さなコルクを三発まで飛ばせる仕組みになっているけれど、どー考えてもあのぬいぐるみを倒すにはパワーが足りていない。というか、隣にあるゲーム機とかもそうだけど、ああいう大当たりのものは、実は固定されていて倒せないとかが相場なんじゃなかろうか。


 「まー、いいから。いいから」


 そうは想うけど、言うだけ野暮なので、紗雪に促されるまま、少し身を乗り出し気味に引き金を引いてみた。


 軽い破裂音と共にコルクがぬいぐるみにぶつかるけれど、軽く揺れるだけでちっとも倒れそうにない。的がでかいから外す心配はないんだけれどね。


 「おじさーん、これ本当に倒れるのぉ?!」


 そうやって愚痴ってみるけれど、おじさんは快活に笑っている。


 「はっはっはあ、おじさんも買ってきといてなんだけど、これ倒せる自信ないなあ!」


 「それ、景品として成立してないじゃん!?」


 はあ、地元の的屋さんっぽい人だから、顔見知りとかじゃないけど、思わずため息をついてしまう。私の管轄下であんまり、あこぎな商売しないで欲しいんだけどなあ。


 残り二発も撃ってみたけれど、当然さっぱり倒れる気配がない。多少揺れるだけで、土台からちっとも動いた気配すら見られない。


 大丈夫か、この商売。と想いながら、振り返ると紗雪がこっちにスマホをじっと向けていた。


 私と、おじさんの顔が、それに気づくと同時に若干、引きつった。

 

 「ざーんねん、センパイ。じゃ、次、私とみつきの番だねえ。あ、スマホ代わりに持っといてくれます?」


 そうやって、笑顔のまま私にすっとスマホを渡してくる。当たり前だけど、録画モード、さっきのおじさんの発言もばっちり録音されてるわけだけど、果たして大丈夫だろうか。昨今は怖いよね、炎上とか。


 それを自覚してか、おじさんも少々顔が引きつり続けている。んー、ただ紗雪の性格上、このスマホをあくまでポーズだと思うけど。余計なことすんなよっていう、牽制の意味合いが強いんじゃないかな。


 「じゃ、おじさん。改めて確認するけど、この三発で倒せたら景品もらえるんだよね。ルールは守るから、文句は言いっこなしだよ?」


 そう言って、自分の銃に弾を込めながら、少し嗜虐的に眼を細めながら、紗雪はおじさんに目を向けた。


 それに対して、おじさんは細めた眼のまま、ゆっくり、そしてこわごわと頷くことしかできなかった。


 そんな紗雪を見届けていると、ふと隣に気配を感じた。


 視線を向けるとみつきがおもちゃの銃を抱えて、私の裾をちょいちょいと引っ張っていた。


 どことなく拙い様子でおもちゃの銃を見上げるみつきを、いかにも子供っぽいなあと笑いながら私は笑みを向ける。


 「どしたの、みつき?」


 私がそう問うと、みつきはどことなくぼんやりとした調子で口を開いた。


 「…………今日の命令、まだ受けてない」


 その返答に私はああ、と納得する。みつきの身体は一か月一緒に過ごして、おばさんがいろいろと調整を試みてはくれているけれど、まだ定期的に命令を下されることを必要してる。中毒症状みたいなもので、それがないと体調が悪くなったり前後不覚になったりするってのも変わらずだ。いつもは定期的に命令として何か用事を手伝ってもらったりするのだけど。


 今日は、まだそれがない。だから、ここで済ませておこうってことなのかな。


 「おっけ、じゃあねみつき、命令。『何も壊さないで。人を傷つけないで。ルールを守って。そしてあのぬいぐるみを獲ってきて』」


 私はしゃがんでから、みつきの瞳をじっと見て、できるだけ優しい声音になるように注意しながらそう告げた。


 命令はこの子のためにどうしても必要なことだけど、可能な限り威圧したり従わせる意図は込めたくない。


 そうやって言葉を伝えると、みつきの瞳孔がすっと細くなる。最近解ってきたけれど、これが命令を聞いたときの、ある種特有の反応みたいだ。


 「了解した。まかせて」


 そう言ってみつきはさっさと踵を返すと、店主のおじさんのところまで歩いて行った。どうやら、ルールをちゃんと確認しているみたい。おじさんは炎上の危機に若干頬を引きつらせながら、みつきに対して、改めてルールを説明している。


 初めての子、と想ったのだろう。机から身を乗り出していいとか、でも足は地面から放しちゃダメとか、銃の打ち方とか、色々細かいことまで懇切丁寧に教えてくれてる。親切な店主でよかったねえ、まあ、今、私がスマホの録画を回してるからかもしれないけど。


 それを聞き終えたみつきはすたすたと私のところまで戻ってきた。


 何か報告でもしてくれるのかなーと想ったら、少し周りをきょろきょろと見回すと、机から少し離れた位置なのに片手で銃をすっと水平に構えた。


 


 それに気づいた店主が慌てた様子で、みつきに声をかける。


 「おいおいお嬢ちゃん、人に向けて撃っちゃダメだよ? こっちの的に向かってだなあ―――」


 ただそんな店主の言葉に、みつきは黙って首を横に振った。


 「大丈夫、わかってる。誰にも怪我はさせないし、ルールは守る」


 そう言った後、ゆっくりと銃をぐるっと水平に円を描くように、動かした。


 周囲でなんだなんだとみていた人たちが、それに合わせてゆっくりと場所を開ける。縁日の人だかりのなかで、みつきの周りだけがぽっかりと人のいない空間が出来上がる。


 「わお、まじで?」


 先に撃ち始めていた紗雪が、何かを察したのか呆れたような顔でみつきを見ていた。


 私も、おじさんも、周囲の見物客もこれから何が起こるのか、よくわかってない。


 しばらくそうしていたみつきは何度か銃を試すように握ると、ふっと少しだけ身体を落とした。


 とん、という軽い音共に、地面が少しだけ蹴られて、その瞬間に私もようやくみつきが何をしようとしているのかを理解した。


 まず問題はあのぬいぐるみ、どう考えても、おもちゃの銃の威力じゃ動かせない。


 ルールの上では、さっきの私以上に近づくこともできないし、多分近づいても元の威力が根本的に足りないから結果は変わらない。


 じゃあ、どうするか。おもちゃの銃の威力を底上げするには。


 人間がもっとも効率よく外界に力を伝える最適解とは。


 ありとあらゆる投擲をするスポーツで利用される、もっとも基本的な力の一つ。


 要するにまあ、遠心力だ。


 みつきは左足を軸に右足で地面を蹴って、その場で思いっきり回転をした 


 ま、ただ、それを理解するのは終わって、数秒後のことだけど。私と観客は、みつきが地面を思いっきり削りながらブレーキをかけてる時に、ようやく認識できただけだったし。


 とどのつまるところ、銃を水平に振りかぶりながら、思いっきりブン投げる要領で引き金を引いたのだ。ハンマー投げか、あるいは野球のサイドスローみたいな恰好で。銃は握られたまま、運動エネルギーの全ては弾丸に移って、ありえない速度で発射された。


 ともすればあらぬ方向に飛んでいくものだと想うけど、そこは殺し屋の技量という奴なのかな、文句なく銃弾はぬいぐるみの眉間にめり込むように命中していた。


 そして、ぬいぐるみを撃ったとは思えない、高く一面に響くような音を立てながら、ぬいぐるみはゆっくりと台の後ろに倒れ伏していた。


 後には、その光景をぽかんと見つめる私と観客とおじさんと。


 口笛を吹きながら、もう一個のぬいぐるみを倒してる紗雪の姿だけがあった。


 ちなみに、スロー再生でも、みつきの動きはよくわからなかった。


 ついでにちなみに、目玉商品が二つとも早々に奪われて、おじさんは泣いていた。


 まあ、あこぎな商売をしていた報いというには理不尽な気もするけれど、ご愁傷様とだけ後でこっそり拝んでおいた。


 

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