第11話 救世計画発動

「さて、私が尊い犠牲を払ったおかげで、フォウス型の魔物にもこの銃の効果があることが実証されたわけだ」

「殺す必要はなかったと思うんですけど」

「実験もせずに実行に移せるわけがないだろう? 君は何を言っているんだ」


 枯草のような亡骸をさらす魔物を一瞥してセフィラに不満をぶつけるも、彼女は馬鹿にするような目で私を見てきます。


「そもそも実験ってなんですか? それで外の魔物を倒して回るんですか?」


 『銃』とかいう金属筒を扱いにくそうに抱えるセフィラに不満を感じずにはいられません。実験は必要だったにしても、同居人をあっさりと殺すような酷薄な精神性を賞賛できるはずがありません。


「そうだが……いったい何を怒っているんだ君は」

「殺すなんてあんまりだと思わないんですか?」

「フォウス型……というか私のホムンクルスに魂などないよ。心もなければ、精神もない。ただ的確に役目を遂行するだけの装置だ。だから君の仲間の術も効かなかっただろう」


 その言葉に、ビーストテイマーの術が通じなかったことを思い出します。どんな魔物にも効果があった術が、全く通じなかったからこそ全滅したとも言えるかもしれません。


「そもそも君が殺して回る相手も同じフォウス型だぞ。今から試しておいたほうが君も楽だろう」

「…………は?」


 なにか妙なことを言われました。なぜ私が魔物を殺して回ることになっているんでしょうか。


「なんで、私が魔物を殺すことになっているんですか? 私は回復と蘇生しかできないんですよ」

「なにをいうか。この銃は君のために徹夜して作ったんだぞ。どうみても私が持つサイズではないのは見ればわかるだろう?」


 無骨な長杖のような金属筒――銃はたしかに小柄なセフィラには不釣り合いなサイズです。でも、だからといって私が戦わないといけない理由が見つかりません。


「自慢ではないが、私は30メートル走っただけで疲労困憊になるんだぞ。野生化したホムンクルスの退治なんてできるわけないだろう」


 ほんとに自慢ではありません。フィジカルが雑魚すぎませんか。

 それなのに護衛用に魔物を殺してしまったのは迂闊なのではないでしょうか。いま襲われたらどうするつもりなのでしょう。たとえば――私とかに。


「おっと、儂にあまり近づくなよ。なにかアリスからよこしまな気配を感じるからな」

「……し、失礼ですね」


 銃の先端を突き付ける形で先手を制されて、小さなセフィラに飛びかかりたくなる衝動を抑え込みます。邪であっても理性のある人間であることを、セフィラには感謝してほしいくらいです。


「でも……私はほんとに戦闘なんかできませんよ。勇者一行ですけど、後衛しか経験がないんですから」

「心配するな。幸いにして、この『銃』は扱いは簡単だ。こうやって銃弾をこめたら、あとはここの引き金を自分のほうに下げるだけだ」


 長細い円錐状の金属塊の一つくぼみにこめて、また金属の引き金をクイッと下げるセフィラ。


「っっっ!」


 また雷のような音が室内に響き、今度は壁に穴が開きました。

 剣士のような深い破壊痕でも、槍使いのような鋭い刺し痕でもありません。でも人間に当たればどんな結果をおもたらすかは、簡単に想像できるほどの深い穴が開いています。


「君はこれで野生化したホムンクルスを駆除すればいい。あれには聴力がないから、遠くから狙撃すれば難しくはないさ」

「いやいやいや、そもそもなんで私が退治する流れになっているんですか?」


 あくまで私がホムンクルス?を退治することになっているのか理解できません。世界はピンチですが、私が戦う理由などありません。ない――はずです。


「百年分の家賃。儂の家を荒らした慰謝料と修繕費。衣服と食事の代金。それら諸々を支払ってない君に、儂に意見する権利があると思っているのかい?」

「うっ」


「そもそも君たちが儂の工房に踏み込んだせいで、ホムンクルスが逃げ出して世界が滅びかけているんだが? 儂にも責任はあるだろうが、君たちにも原因がないとは言わせないぞ」

「ううっ」


 理由がありました。ばっちりです。だけど勇者たちに責任の所在を求めようにも、彼らはもう居ません。


「あの、勇者やみんなの死体って?」

「フォウスがすべて食べてしまったよ。強かったから食べて能力を吸収したんだろうな」


 なんという事でしょう。生き返らせて責任を追及することもできなくなりました。私は『食べられた人』だけは復活させることができないのです。


「それでやってくれるよな、アリス。まあ、断れば外に放り出すだけだがな」


 その声に答えるように、外からストーンゴーレムが部屋を覗き込んできました。ちゃんとホムンクルスの代わりとなる護衛を呼んでいたようです。


「なに、君は蘇生魔法が使えるんだ。死んでも残機があれば何とかなるだろう」

「……い、命が軽すぎませんか?」


 残機がなにかわかりませんが、私の人生が粗末に扱われているのだけはわかります。

 セフィラは本当にヒトデナシな性格です。これなら勇者が『わからせ』をした悪徳貴族のほうがまだ人間味があった気すらします。


「さて、野生化したホムンクルスのいる荒野に身一つで放り出されるのと、私の作った銃をもって『仕事』をするか選べたかな?」

「くっ、セフィラ。性根が腐ってないですか? チューしますよ」


 ニヤニヤ嗤いながら銃を差し出してくるセフィラに、セクハラをしてせめてもの抵抗を試みます。


「……どういう理論展開なんだアリス。いや……聞かないほうがよさそうだな。君のペースには乗らないぞ。ほら、さっさと選べ、10,9、8……」

「はいはい、わかりました。やればいいんでしょう、やれば!」


 カウントダウンを始めるセフィラに、なかば自棄になりながら銃を受け取ります。

 どうせ拒否しても無様な最期を迎えるだけです。なら危険でも可能性がある道を選ぶのは、人として当然です。


「そうかそうか。快諾してくれてうれしいよ。野生化したホムンクルスのデータにも興味があったから、アリスが働いてくれると手間が省けるな」


 セフィラは少し楽しげに笑います。災厄の錬金術師は、本当は世界の命運などどうでもいいのでしょう。


「はぁ、それで私はどこを目指せばいいの?」

「ああ、別にそういうのはいい。これを付けたまえ」


 そういってセフィラは私の手に、小さなホムンクルスがもってきた腕輪をパチンとめました。


「なんですか、これ? 綺麗ですね、プレゼントですか。もしかして愛ですか?」

「次はこれだ。耳につけろ」


 私の言葉を無視する照れ屋のセフィラは、てきぱきと私の耳に宝石のついたイヤリングのようなものを付けます。

 なんでしょうか。ついにデレが始まったのでしょうか。出会って二日で、もう私の想いが届いたのでしょうか。耳たぶを触る手がぷにぷにで、心臓が高鳴ります。


「よし、準備完了だ。では幸運をそれなりに祈っているよ」

「へ?」


 間の抜けた返事をした瞬間、視界が歪み―—


「はい?」


 気づけば、私は野生化したホムンクルスの群れに完全に囲まれていたのでした。

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