第9話 錬金術師の過ち

「は?」


 世界が滅んだ、とかいう空耳に私は間の抜けた声を出してしまいました。


「ま、まさか魔王ですか? 魔王が世界を支配したんですか?」


 この惨状が魔王の手によるものならば一大事です。勇者一行が全滅したせいで世界が、取り返しのつかない状態になったことになります。


「いや、そんな様子はない。破壊されているだけで支配されていないからな」


 再び映し出された景色に動くものはありません。どの映像も、どの映像も、どうやって映しているかは不明ですが、生き物の気配はどれ一つとしてありません。

 港町や鉱山にも『生きた』人の姿がないので、魔王が人にしてきたような家畜化の匂いがしません。


 魔王による支配、ではないようです。

 なにより、殺された魔王の兵士もかなり多く見受けられます。支配が及んでいるなら、兵が死ぬ理由がありません


「いったい、なにがあったんでしょう?」

「さあな。おおかた内紛でも起こって、互いに全滅するまで殺しあったんだろう。魔王とやらの仕業か、狂気に侵された王によるものかは知らんがな」


 セフィラはあまり興味がなさそうです。

 ほんとに自分の研究にしか関心がないのでしょうか。世界が荒廃するという深刻な事態なのに、あまりに冷淡すぎます。


「もしかして、セフィラの魔物のせいじゃないですよね?」

「はあ? なぜ儂の作品が世界を滅ぼすんだ。その理由がなかろう」


 心外だというように机に脚を乗せます。お行儀が悪いですが、綺麗な足裏が丸見えなので良しとしましょう。ところで、ぷにっとした足裏を舐めたら、魔物は攻撃してくるでしょうか。


「でもセフィラの魔物、勇者でも簡単に殺しちゃうくらい強いじゃないですか。外で暴れたりしているんじゃないですか」

「そんなわけないだろう。君たちに差し向けたフォウスはちゃんと工房の警備に当たっている。この儂が管理を誤るものか」


 仲間の仇(私も含む)はフォウスという名前みたいです。初耳です。

 

「ほんとですか? ちゃんと呼んだら来ますか?」

「当然だ。儂の命令には逆らわないように作られているからな」


「信用できません」

「ならアリスは認識を改めるんだな」


 不遜な態度で腕組みをしつつ、足を高く上げてベルを四度鳴らします。

 私としては、四回ベルを鳴らすのが合図だから四番目フォウスとかいう安直な名前ではないことを祈るばかりです。


「……遅いな」

「来ませんね」


 しかし、セフィラがベルを鳴らしてから数分たっても魔物はやってきません。

 勇者を模した姿で現れるのではないかと緊張していましたが、件の魔物はいつまでたっても影も気配すら感じさせません。


「セフィラ。実は逃げ出したんじゃないですか?」

「そんなわけがない。ほら、こうすれば工房の中にいるフォウスの位置が光点で表示され……るはず?」


 手元を操作して、板の映像を切り替えるセフィラ。ですが、十二階層ある工房のなかに光点のようなものは見当たりません。皆無です。


「セフィラ、どこにいるんですか?」

「業腹だが……どうやら逃げ出したようだ」


「な、なにやってるんですか! 認識を改めろとか言っててそれですか⁉」


 大変です。勇者一行を瞬殺するような凶悪な魔物が、『災厄』の工房から逃げ出しました。


「し、心配するな。フォウスを始めとした人工生物に繁殖力はない。放置したところで問題はない……」


 小さな錬金術師の手が、手元にあった板に触れ、黒板の映像が切り替わります。


「ばっちり……増えてますね」


 そこに映しだされたのは、粘土のような質感の魔物が蠢く廃屋のなかで分裂する姿でした。小さな目玉で動きがおぼつかない個体は、人工魔物の赤ちゃんでしょうか。

 この際、家畜の肉をむさぼっているのは見なかったことにしておきましょう。


「…………」

「セフィナ……あなたの魔物で世界が大変な事になっているみたいですけど、何か言うことがあるんじゃないですか?」


 沈黙してしまった錬金術師に声をかけるも、無視されました。

 だけど、彼女の頬には一筋の汗が流れています。最悪です、セフィラのせいで世界が終わりそうになっています。


「……はぁ、なんだか疲れたな。儂は寝るとするよ」

「寝るなー!」


 背もたれを倒し、ベッドのようになった椅子で丸くなる錬金術師に私は叫びます。

 いきなり見て見ぬフリをしながら目を閉じ、眠ろうとするのはあまりに無責任すぎます。


「なに現実逃避してるんですか⁉ セフィラの魔物が暴れているんですよ。世界が滅びそうになっているんですよ」

「うるさいなぁ、儂には関係ないだろう」


 小うるさそうに寝返りをうって、『災厄』は私の視線から逃げます。


「関係大アリです! ちゃんと向き合ってください」

「ええい、儂に地上のことなど気にしてやる義理なんてない」


 白衣に隠れるようにくるまっていくセフィラ。彼女の責任を追及ために衣を剥ぎ取ろうと手を伸ばします。


「やめろ、なにをする。儂は寝るといってるだろう!」

「のんきにふて寝してる場合じゃないでしょう。いいから……起きてください」


 手に触れる柔らかな感触ににやけそうになる顔を引き締めながら、セフィラに服をつまみます。シャツの留め紐が緩み、小さな双丘が見えますが今は鉄の精神です。


「ええい、離せ。儂は地上の者になど興味ない!」

「さっきの水や、ぱさぱさで美味しくないご飯は各地が荒廃してるからでしょ。セフィラにだって無関係じゃないですよ!」

「っっっっ!」


 引き起こしたセフィラの顔が強張ります。

 賢い彼女も気付いていたのでしょう。人里のみならず野山や河川まで荒れては、飲食物の質も落ちるのは当然です。


 私が目覚めるまでの百年間に、外でどんなことがあったかは知りません。ですが、このまま放置すれば引きこもり生活すら危ないことくらい田舎娘でも察せます。


「ぶー、儂のせいじゃないもん」

「ぶーじゃないですよ」


 不満そうな声を出しながら唇を尖らすセフィラ。

 なんで拗ねているんでしょう。大本をたどればセフィラが『帰らずの迷宮』なんて作るから――


(いえ、工房に入った私たちのせいなのかもしれませんけど。いやいや一番の原因はセフィラがこんな辛気臭いところに引きこもる原因を作った人たちが……やめましょう。不毛ですね)

 

 世界が滅亡した原因を考えることを放棄します。

 もう酷いことになってしまった以上、考えるだけ無駄です。


「とにかく……まだ生きている人はいますし、地上に逃げた魔物をどうするか考えませんか?」

「なんで儂が、そんなことを……ぶつぶつ」


 なんだか急に『災厄』の錬金術師が子供っぽくなりました。

 そっぽ向いたまま、面倒くさそうに白衣の裾を弄んでいます。さっきまで知的なセフィラはどこに行ったのでしょう。拗ねている姿も可愛いのでズルいです。


「このまま引きこもってたらセフィラも死んじゃうんじゃないですか?」

「儂よりアリスのほうが先に死ぬに決まってる。補給なしでも儂は引きこもれば百年は平気なのだからな」

 

 何の自慢でしょうか。引きこもり自慢ですか、全然すごくないですよ。


「いや、私だって死にたくないんですけど……」


 せっかく生き返ったのに死ぬのは嫌です。


「はぁ、まったく大変なことになったもんだ」


 そして最悪の魔物を逃がしてしまったセフィラは他人事のように呟きます。


 この『災厄』の錬金術師。性格が最悪なのではないでしょうか。

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