第6話 錬金術師の「ざまぁ」

「アリス。歩けないのに、なぜ黙っていたんだ」

「歩けないだけで進めないわけじゃなかったから!」

「久しく生きている人を見ていなかったから、人間がそんな生き物に進化したのだと本気で疑ってしまったよ」


「人間は常に進歩してしていくものですから」

「地面を転がって移動する生き物は、進歩しているとは思えないんだが」


 私が床に転がった状態でドヤ顔すると、気持ち悪い虫を見るような目で見下ろしていたセフィラが溜息をつきました。

 

(しかし、ほんとに溜息をついても可愛いですね。この錬金術師は……ずるくないですか?)


 さっきまでは少し高いところから俯瞰してましたが、下から見てもセフィラは美少女です。

 これが亡き召喚士が言っていた『物事の見方を変えてみる』という奴でしょうか。なんか意味が違う気が、もう聞けないので良しとしましょう。


「……」

「セフィラ、どこに案内しているんですか? あ、これは質問じゃないですよ、独り言です」

「……君、儂が決めた等価交換のルールをなんだと思っているんだ?」


 ちっちゃな歩幅で白衣をたなびかせるセフィラに話しかけると、ゴロゴロと後ろから転がってくる私に呆れたような声が投げつけられます。


「だって気になるじゃないですか。それともセフィラは、お姉さんに聞きたいことでもあるのかなー?」

「だれがお姉さんだ。儂のほうが君よりも年上なんだぞ、見た目で判断するな」


 新種の芋虫のように地面を転がりながら茶化したように話しかけると、嫌そうな眼差しを向けられました。そんな顔をしてても可愛いのは、ズルいのではないでしょうか。


「君、その状態で階段は降りれるのか?」

「ふん、私を甘く見ないことですね。いまの私に階段なんて、いたっ、いたたた、ふにゃっ……階段があるなら先に言ってくださいよ、セフィラ」


 突然現れた階段に勢いよく突っ込んだ私の体が、段差に叩きつけられます。目線が低かったせいで、落ちるまで階段の存在に気付けなかったのです。

 覚悟を決める前だったので、めちゃくちゃ痛いです。


「先を確認せず転がるからだ。うわ、なにをする、儂の足にもたれかかるな」


 勢いあまってセフィラの足にぶつかると、不満そうな顔をされました。初めてなのに、なんて色気のないスキンシップなのでしょう。


「あはは、ごめんごめん……でも、セフィラの足ってぷにぷにですね。ちゃんと運動してますか?」


 子供時代の私と比べても、明らかに筋力が少ない足の感触にローアングルから声をかけます。ぶかぶかのシャツの隙間から小さなお尻が見えますが、平然とした表情を崩さないのは大人の余裕というやつです。


「大きなお世話だ。儂に運動など必要ない、鍛えても意味がないのだからな」

「意味がない?」


 嫌いではなく、「意味がない」という言葉に引っ掛かりを覚えます。500年間引きこもっているから、運動に意味がないというニュアンスではありませんでした。


「……気にするな。アリスには関係のないことだ」

「なんだか気になりますね。質問していいですか?」

「その質問は受け付けない。どんな質問にでも答えるとは思わないことだ」


 セフィラは足を止めることなく階段を下りていきます。

 足に触れられたのが気に障ったのか、さっきよりも少し足早です。


「いた、ふぎゃっ、いにゃっ!」


 私もペースを上げるしかなくなり、痛みを声に変換しながら階段を駆け下り――転げ落ちます。天国のパパとママが見ていれば、娘の健気に頑張る姿にむせび泣いたことでしょう。


「パパ、ママ……アリスは強くたくましく生きてますよ!」

「いったい、誰に話しかけている。それとも君は白魔法使いではなく死霊術師ネクロマンサーだったのか?」


「両親を偲んただけです。誰かの悼む気持ちはセフィラにだって分かりますよね?」

「さっぱり分からないね。人は死ねば、ただの肉塊になり、腐るだけだ。救世教会のいう霊魂など全て欺瞞とまやかしにすぎない……さて、着いたぞ」


 少しだけ苛立たしげにいいながらセフィラは、更に階下へと続く階段の手前にあった扉に手をかけ、何事かを呟きます。開錠の呪文でしょうが、聞き取れませんでした。


「ここだ。侵入者を皆殺しにしてまで続けたい研究をここで行っている」


 小さな錬金術師が扉を開くと、むわっとした空気が漏れ出し、独特の匂いが鼻の奥をツンと突き刺しました。初めて嗅ぐ匂いです。


 毒の空気で満たされた炎獣の山とも、霧深き霊谷の魔力臭とも、地下に広がる巨大な廃墟都市の大気とも、体系そのものが異なっている空気でした。


「なんですか、これ……」


 扉の中に鎮座していたのは、巨大な黒い球でした。


 人が100人は入れそうなサイズの部屋に、巨大な黒球が浮かんでいました。

 それは大人が二人両手を広げたくらいの縦横サイズで、物体というよりも空間にできた穴のようです。


 黒い球はときおり、ジジッと紫電を迸らせ、稲光のように明滅しては薄暗い部屋の照らしています。電撃が地面に転がった私の横に走り、ビクッとしてしまいます。


「これが儂が研究しているものだ。いや、儂が先代から引き継いで研究している宿題というべきか。どうだ説明してもわからないだろう?」

「分かりませんけど……セフィラ。これって、なんですか?」


「質問攻めにする権利を与えた覚えはない。等価交換だと言っただろう……それに、こっちからの質問もまだしてない事を忘れたか」


 私の質問に拒みながら、にやりとセフィラは笑います。たしかに、さっき勢いに任せて『なんでも答える』と言ってしまいました。


「な、なんですか?」

「すでに百年前の情報だが、アリスに聞く。ケルべ王国はまだ在るのか? あの腹立たしい王族はまだ残っているんじゃないだろうな」


 私の前にしゃがみこんで小さな錬金術師が尋ねてきたのは、北にある古い王国のことでした。てっきり個人的なことを聞かれると思っていただけに、ちょっと驚きます。


「どうだ? 私を『災厄』などと呼んで追放した、あの幼女趣味な愚王の国はまだあるのか?」


 真剣な目をしたセフィラに詰め寄られ、息が詰まります。ああ、顔がいいです。


「儂を招いておきながら作ってやった安価な万能薬や、どんな作物にも使える汎用肥料を廃棄し『民ではなく俺に尽くせ』とか『女は俺にひれ伏し、後宮で寵愛ちょうあいだけを求めてればいい』とか戯けたことをほざいた愚王の国はまだあるのかと聞いている⁉」


 赤い輝石のような瞳に、私は首を振ります。


「えっと、ケルベ王家は滅びましたよ。討伐に失敗して逆襲にやってきた始祖竜王エンシェントドラゴン息吹ブレスで、王都ごと吹っ飛んだってなにも残ってませんでしたよ……」


 冒険の途中で立ち寄ったケルベ王城跡地には、ほとんど何も残ってませんでした。城址と呼ばれるものは見当たらず、激しい爆発でなにもかも消し飛んでいました。


「はっ、ははは。そうか……さては熟成した肥料と劣化した万能薬に引火したな。正しく運用しなければ危険な爆発物になるという儂の忠告を無視するからだ。あははははっ」 


 ケラケラと愉快そうに笑う小さな錬金術師。

 よほど王からの侮辱に腹を据えかねていたのか、お腹をおさえて笑い転げています。床に這いつくばる芋虫仲間が二人に増えました。


「では、儂が女という理由で愚弄し続けたガーゴ帝国は?」

「侵略されて滅びました」

「儂が一年かけた論文を諸侯の面前で破り捨てたリヴァイア連合は?」

「分裂しました」

「儂が私財を投じて建てた貧困者医院を焼き払ったベヒモ共和国は?」

「崩壊しました」

「儂の発明品で上層部が私腹を肥やしていた救世教会は?」

「魔王に消滅させられました」


 『災厄』の錬金術師に関わった国や組織や一つ残らず終焉を迎えたことを告げると、セフィラは笑い転げます。

 派手に転げまわるせいで、だぼだぼシャツがめくれ上がり、際どい場所が見えそうになっています。


 だけど、セフィラは服装など気にも留めず「ざまあみろ」といいながら笑い続けています。

 

(なにがあったか分かりませんけど、すごく楽しそうですね)


 そんな錬金術師の声を聞きながら、私はセフィラの肢体を眺めます。かわいい女の子は、服を着てたほうがエッチに感じというのは新しい発見といえたでしょう。

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