第3話 白衣と裸と『さいやく』の錬金術師

「やっと目を覚ましたと思えば、犬の真似とは……君はどこか壊れてしまったのか?」


 あきれたように語る少女は小柄でした。まだ成人十五歳も迎えていないのは明白で、二人で並んだら顎の下に彼女の頭が来るくらいのサイズだと分かります。


 十歳と少しくらいでしょうか。貴族の持つ人形のように整った顔立ちで、白衣の下の起伏の少ない肌には傷一つ見当たりません。


「それとも動物の真似が精神の安定を促すのか。寡聞にして知らぬが、君の周りでは流行っていたのか?」


 なのに彼女は生意気です。せっかく美少女なのに台無しです。 


「べ、別にいろいろ試してただけだよ」

「それで犬の真似事か? 儂には理解できんな」


 白衣に全裸という個性的すぎるスタイルのほうが理解できない、という感想をグッと飲み込みます。


 いまはなにも分からないので、とにかく会話で状況を確認すべきでしょう。なにせ私の今の体力は赤ちゃん並みです。たぶん少女と取っ組み合いをしても負けます。勝てない自信だけはたっぷり持ってます。


「ここはどこなんですか?」

「質問は等価交換だ。答えてやるから君も答えろ……君の名は?」

「私はアリス。アリス・パゼコート」


 少し偉そうな金髪の少女に、村の名前を姓として名乗ります。

 パゼコート村で生まれた人間は、みなパゼコートの姓を名乗るものなのです。イエス、パゼコート村のアリスさんとは私のことです。ちなみに村にアリスさんは二人います。

 

「あなたの名前は?」

「質問を増やすな。答えるのは一つずつだ、もう忘れたのか? アリス・パゼコート。君は本当に脳みそが入ってるのか?」


 不遜な言い方に少しムッとします。でもルールは先に説明されているので、今回は私の失敗です。


 ええ、私だって小さな子の生意気発言を受け流すだけの度量はあります。だって私のほうがお姉さんなのですから。


「ここは私の工房だ。この部屋は使っていない物置だ。アリス・パゼコート、これで満足か?」

「満足じゃないよ。次の質問、どうして私は物置にいたの?」


「よかろう。ならば等価交換だ。君はなぜ私の工房にいる?」

「っっっ!」


 少女から答えられない質問が来ました。それを知りたいから質問しているのに、同じ質問をするのは反則じゃないでしょうか。アンフェアです。

 美少女なのにほぼ全裸なので視線のやり場に困るのも卑怯です。


「……気づいたらここにいたんです」

「それは嘘だな。『没収』する」


 没収という単語とともに、なにかが私の体にまとわりつきます。

 それは冷たくぬめる気配で、肌の上を這いまわる蛇のような錯覚に体が粟立ちました。


「……あれ? 消えちゃった?」

「ふむ。真実ではないが、嘘ではないということか。忘れているならば嘘とは呼べないな。まあいい……ならば二つ答えよう。ああ、嘘はつくなよ。ここでは嘘と暴力は禁止だ」


 一瞬で消えた感覚に、少女は小首を傾げつつ唇に触れました。唇は綺麗な桜色です。

 ふわふわとした髪がさらりと揺れ、その紅梅色の瞳が細められる姿に見とれそうになりながら、私は頷きます。


 頭脳は大人、体力は二歳児を舐めないでほしいです。もとより私に戦闘力は皆無です。暴力反対。

 

「では君がこの物置にいた理由に答えようか」

 

 内心で平和を愛しつつ、私はごくりと唾を飲み込みます。全裸だからかっこ悪いのはひとまず無視しておきます。


「この石台に乗せていたのは、君が死んでいたからだ」

「え、どういうことですか?」


「二度も言わせるなよ、耳が悪いのかい? いいか、君は死んでいたんだ。工房内でそのまま腐っても困るから、空いていた物置に放置したのだよ。ご理解いただけたかな?」


「え、え、わたし、生きてますよ。死んでないよ!」

「ああ。心臓による血流はあり、自発呼吸により酸素が循環している。一昨年おととしの時点で対光反射も認められた。いまは生きているといえるな」


 知らない単語がたくさん出てきて、眉間にしわが寄るのを自覚します。なんだか難しい言葉を並べられてしまいました。


「一昨年って、私……どうして。あっっ」


 理由を尋ねようとして、不意に記憶が蘇ってきます。


 勇者のこと、仲間のこと、得体のしれない魔物のこと、鮮明ではない記憶が一気に蘇りました。


「み、みんなっっ! そんな、みんな死んじゃったっ!」


 彼らの最期を思い出しました。

 仲間たちの無残な最期に、目の前がゆがんで台座に倒れこみます。少女は助けるような素振りをみせず、静かに佇んでいます。


「私だけ、助かったんですか?」


 死にたくない、という一心で蘇生魔法をつかったのを覚えています。あの魔物に、ただの回復魔法使いはあまりに無力でした。


「二つ目の質問だな。答えは『君だけ助かった』だ。自分に蘇生魔法をつかい、長い時間をかけて蘇生した。一つ目の質問と重なるが、蘇生までのあいだ君を物置で放置してた。儂が様子をときどき見に来てたけどね。死から蘇るのは、なかなかに興味深かったよ」


 心臓の音がうるさくて、息が浅くなります。

 ひどく頭が混乱して、目に涙が滲みます。たった一人だけ何もできず生き残ってしまったことに胸が締め付けられます。


 だけど、彼女はジッと私の様子を観察するだけで何も言いません。


「三つ目の質問、いい、ですか?」

「等価交換でよければ」


「あなたは何者なんですぁ?」

「奇しくも同じ質問か。愉快だ。さて儂も完全回復レザレクションはともかく、死者蘇生する白魔法など聞いたこともないのだが、アリス・パゼコート。君は何者だ」


 少女の赤い目が私を射抜きます。

 それはどこか天真爛漫で、まっすぐで、興味に彩られた少女らしい眼差しでした。


「私は勇者の仲間。蘇生魔法使い……勇者に誘われて、仲間に入ったんです。私が村のお溺れちゃった婆さんを蘇生させたって、噂を聞いて勇者が来て、その……雇われたんです」


 あの日のことを覚えています。

 大金を前にして、私は村のみんなが楽になれば、と思って勇者の仲間になりました。


 お金が目的なのは後ろめたかったけど、他にもお金を交換条件に仲間になった人はいたから気は楽でした。召喚士は研究を続けるための費用が必要で、勇者一向に加わったと笑ってました。剣士も似たような理由でした。


「それで?」

「たくさんお金をもらってから村を出ました。勇者や仲間がケガしたら魔法で治して、死んじゃったら蘇生して旅してました。ここに来るまで、三年くらい」


「なるほど。保険のための蘇生魔法……稀有な能力を金で手に入れたのか。実に分かりやすい」


 得心したという様子で頷き、ようやく座るだけの気力を取り戻した私の前で彼女は腕組みをします。


 まだ心がズキズキと痛むけど、話せないほどではありません。むしろ今は積極的に話して気を紛らわせたいくらいです。


「あなたは……何者なんですか?」

「儂は錬金術師さ。ここの工房の主。ずっと昔からここで研究を続けるだけのしがない求道者だよ」


 さらりと白衣を翻し、挨拶をする少女。


ひどく気持ちが沈んでいるのに、やはり裸の彼女を見つめ続けることができません。彼女は恥ずかしくないのでしょうか。


「名前は……ううん、なんて呼べばいいんですか?」

「ふむ。質問で名を聞くではなく、語らせるか……外法じみた能力に寄りかかるだけの愚鈍な小娘かと思えば、意外に頭は回るじゃないか」


 少女はにやりと老獪な笑みを浮かべました。

 さっきの無邪気な顔と、老熟した表情、果たしてどっちが本当の彼女なのでしょう。


「一言多いって言われませんか?」

「言われないよ。ここには儂と……そしてアリスしかおらぬのだからな。ああ、名乗るのも実に久しぶりだ」


 わざとらしく目をすがめて、錬金術師は左右非対称の表情を見せます。


 私はその表情をなぜか美しいと思ってしまいます。


「牢記せよアリス・パゼコート。儂の名はセフィラ、500年を生きる錬金術師にして『災厄』と呼ばれた錬金術師。そして勇者一行と、君を殺した魔物を生み出した開発者さ」


 そして、セフィラは私にとって最悪の言葉を投げつけたのでした。

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