024 トムとの商談
「飛ぶ鳥を落とす勢いのサトウキビジュース事業を俺に売りたいだと?」
「うん。トムさん、前に言っていたでしょ。廃業したくなったら事業を売ってくれって。転売するからって」
「たしかに言ったが……廃業したくなったのか?」
私は「ううん」と首を振った。
「串焼き屋の時と違って余裕があるもの。それに今が一番面白い段階だからね」
「ならどうして? 施しのつもりか?」
「施しじゃなくて恩返しよ」
「恩返し?」
トムは運ばれてきたお酒を一気飲みした。
彼は酒に強いらしく、どれだけ飲んでも酔わない。
「トムさんがいなかったら今の私はいないもの。ここまで成功できたのは全部トムさんのおかげだと思っている。だからね、前から恩返しがしたいと思っていたの」
思い返すと、成功の影にはいつもトムがいた。
誰も買わなかった革の手袋をまとめ買いし、助言をしてくれたのは彼だ。
串焼き屋で過労死しかけてぶっ壊れた時に助言をしてくれたのも彼である。
恩返しをしたいと思うのは当然のことだった。
「だからってお前、サトウキビジュースの事業は金のなる木だろうがよ……!」
「分かっているよ。だからタダじゃ売らない。ちゃんと商人らしく条件を話し合って納得したら売ってあげる」
「気持ちはありがたいけどよ……」
トムは床に落とした唐揚げを拾い、ふーふー吹いてから食べた。
「俺の手持ちじゃどうやっても条件は合わねぇよ。あのサトウキビジュース、1日に何本売っているんだ?」
「今は1800本。私たち三人だと2000本が限界かな。それ以上はまた辛くなっちゃうから」
「で、あのジュースは1本2000ゴールドだろ? すると、だ。2000ゴールド×2000本=400万の売り上げが週に3回、合計で1200万だ。単純計算で4掛けして、1ヶ月の売り上げは4800万といったところか」
「流石はトムさん、計算が速い。イアンとは大違いね」
「月4800万ってことは、年に5億7000万ほどということになる。今は夏場だからことさらに好調で、逆に冬場は売れ行きが落ちるわけだが、それを加味して、どれだけ低く見積もっても年4億は手堅いだろう」
「うんうん」
「そんな事業を売るとしたら、最低でも7億は必要だ」
転売を専門にしているだけあって正確だ。
私に話を持ちかけてくる貴族も基本的には6~9億を提示してくる。
「ところが、俺の全財産は850万しかない」
「え、たった850万!?」
「たったとか言うな! これでも頑張ってんだよ! シャロンが特別なだけだ!」
「あはは」
「そんなわけだから、どうやっても条件をすり合わせることはできん。気持ちは嬉しいけどよ、俺には買えねぇよ。チャンスに乗っかるだけの金がねぇんだ」
「娼婦に貢いでなかったら買えたかもしれないのにね」
「貢いでなくても億単位の金は出せんさ」
「そっかぁ」
私は腕を組み、どうしたものかと考える。
流石に「じゃあ850万でいいよ」とは言えない。
自分一人ならそれでもいいが、私にはイアンとクリストがいる。
この事業は私だけのものではないのだ。
売却するかの判断は私に一任されているが、ふざけた条件だと彼らに合わせる顔がない。
「ならこういうのはどうかな」
私は考えに考えた上で答えを出した。
「即金は不要で、売り上げの10%を永劫的に支払ってもらうの」
「今の調子だと毎月500万ほど払うことになるのか」
「トムさんは私と違ってガンガン拡大するから稼ぎはもっと増えるでしょ。月に1億以上の売り上げだってあり得る。そうなったら、私には1000万が入ってくるわけ」
「なるほど」
「貴族の人から聞いたけど、国に手数料を払って仲介してもらったら法的拘束力のあるしっかりした契約を交わせるんでしょ?」
「そうだな」
「なら私は問題ないよ。ウチにはギャンブル癖のあるお馬鹿さんがいるから、即金でドカッと貰ったらそれはそれで不安だし。トムさんはどう?」
「そりゃ願ったりな話だが……本当にいいのか?」
「いいよ! だって恩返しなんだもん! 喜んでもらえたらそれでOK!」
「そういうことならこれ以上はウダウダ言わねぇ! サトウキビジュースの事業、俺が引き継ごう!」
こうして、私の人生で初めてとなる事業売却の商談がまとまった。
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