018 貴族の認定基準

「大事な話って?」


 私は不安を隠しながら尋ねた。

 もしかしたら二人はどこかへ行ってしまうのだろうか。

 そう思ったのだが――。


「誠に、誠に、誠に申し訳ございませんでしたーッ!」


 クリストが深々と頭を下げる。

 その隣では、イアンが綺麗な土下座を決めていた。


「え、なに!? え!?」


 意味が分からない。


「実はウチのバカな弟がギャンブルで金をスッちまったんだ……」


 またしても「え?」と固まる。


「すぐに気づいて止めたんだが、既に結構な額を注ぎ込んだ後でな……」


 冷静になってきた。

 なるほど、イアンにはギャンブル癖があったようだ。

 娼館で女を抱くことといい、骨の髄まで貴族に搾取される側である。

 父が言うところの「死ぬまで貧乏な奴の典型的思考」というものだ。


「スッったって、どのくらい?」


 イアンとクリストの口座には売上金が半分ずつ入っている。

 私に市民権がない都合によるものだ。

 つまり、イアンが全てスると400万近い額のお金が消える。


「イアン、答えろ」


 クリストに睨む。

 イアンは頭を上げ、泣きべそをかきながら言った。


「30万……」


「口座の約1割も……やってくれたわね」


 と言いつつ、軽傷で済んでよかったと安心していた。

 笑って許せる額ではないが、怒りで我を忘れる額でもない。


「シャロン、コイツの給料を1ヶ月分カットするだけで許してやってくれ。口座の金に手を出すようなことは二度とさせないから、イアンを、俺たちを追放しないでくれ。お願いだ」


「反省している、二度としない!」


 クリストはしかり90度まで頭を下げ、イアンは額を地面に擦りつける。

 当然ながら町民が「なんだなんだ」と見てくるのにやめようとしない。


(立派な24歳の顔を立てて大目に見てやるか)


 私は深呼吸してから言った。


「二人とも頭を上げなさい。そしてイアンは立ちなさい」


 素直に従う二人。


「クリストの顔を立てて、イアンに対する処罰は報酬1ヶ月分カットだけで許してあげる」


「本当かシャロン!」と喜ぶクリスト。


「ただ、質問なんだけど、給料が出ない間はどうするつもりなの?」


 この二人はまともに働けないから山賊に成り下がった。

 そして、山賊すらできないから洞窟でひもじく過ごしていた。


「俺の給料を半分渡す。1日5000あれば生活はできる」


「そうだけど、だいぶ厳しいわよ。少なくとも今までみたいに酒場で豪快に飲み食いするのは無理になる」


「我慢させるさ。俺だって我慢する。不出来な弟の罪は兄の俺にもある」


「なら何も言わないわ。クリストはしっかりしているのね」


「24歳だからな!」


 そうね、と笑う。


「シャロン、ごめん、俺……娼婦におだてられてつい……」


 イアンはピーピー泣いていた。

 私より20cmも背の高い男に泣かれると困ったものだ。

 思わず「もういいから」と苦笑いを浮かべる。


「イアン、あなたは立派な兄を見習うことね。娼婦やギャンブルってのは成金からお金を巻き上げるために貴族が用意した存在よ」


 国によっては貴族ではなく国が仕切っている場合もある。

 観光の国ロマーンなどがそうだ。

 だが、今回はそこまで触れず貴族ということにしておいた。


「反省する、二度としないよ、約束する」


「できない約束はしなくていいわ。それより私は今から森に行くつもりだったの。二人も付き合いなさい。息抜きは気分転換にいいんだから!」


 くよくよする二人の間に割って入り、両者の首に腕を回す。

 姉御のように振る舞いたかったが、背が低いせいで格好がつかなかった。


 ◇


 森に入り、川にやってきた。

 伐採した女竹を加工して釣り竿を作り、それで川釣りを行う。

 川辺の大きな岩に座り、魚が掛かるのを待つ。


「知ってる? 釣り針って昔は動物の骨を使っていたんだよ。角とか牙とか、そういう骨を加工していたんだって」


 今回は柔らかい石を加工して作った。

 別の硬い石で叩いて形を整え、その石で研いで尖らせる。

 俗に「磨製石器」と呼ばれる物だ。


「シャロンは物知りだなー! なんでそんなに知っているんだ? 元々はレミントン王国の貴族令嬢なんだろ?」


 隣に座るクリストが川を眺めたまま話す。

 イアンは釣りに飽きて川に石を投げ込んでいた。


「家は貴族認定を受けていたけど、私自身は無縁の生活を送っていたからね。こうして自然の中で過ごすことのほうが多かったわ」


「変わっているなぁ。貴族なんて皆が憧れるものだろうに」


「息苦しいだけよ。連日連夜、好きでもない連中とパーティーをするのだから。それにウチは貴族の中でも下っ端、認定を受けたばかりの弱小貴族だったからね。余計につまらなかったわ」


 言ってからあることが気になった。


「そういえば、この国ではどうやって貴族になるの? レミントン王国だと納税額が一定水準以上だと貴族に認定される仕組みだったけど」


「過去三年間の年間売上がどうたらだと聞いた記憶がある」


「あー、そうだそうだ、過去三年間の年間売上を合算して、その上位30が貴族認定されるのだった」


 貴族の認定基準は国によって異なっている。

 貴族になることの特典も国によるが、共通している点もあった。


 例えば国の運営。

 貴族制の国では、王を含めた貴族による多数決で国策が決まる。

 といっても、多数決は平等ではなく、階級によって票数が変わる仕組みだ。

 どの国でも、王や公爵の投票は末席の貴族50人分くらいの価値がある。


「シャロンは前に『のし上がろう』と言っていたが、俺たちの最終目標は貴族入りすることなのか?」


「そこまで深く考えていなかったわね。でも、売上が貴族認定の基準である以上、ゆくゆくは貴族になることが目標と言っても過言ではないわね」


「ふふふ、俺たちが貴族になるのか……」


「現時点では夢のまた夢だけどねー」


「ひゃあああああああああああああああああああ!」


 話しているとイアンの悲鳴が響いた。

 声に驚いた野鳥たちが一斉に木々から飛んでいく。


「なによイアン、暇だからって奇声を発し――ワオ!」


 イアンのほうを見ようとして驚いた。


「シャロン、たたたた、助けてくれぇ!」


 顔を真っ青にして逃げてくるイアン。

 私は釣り竿を彼に渡し、岩から飛び降りた。


「これはこれは結構な数のお客さんだこと」


 イアンが逃げた理由は来客にあった。

 私に会おうとヒグマがやってきたのだ。大家族で。


 その数なんと30頭。

 これはさすがの私でも骨が折れそう、というか無理だ。

 戦いになったら秒速で殺されるのが目に見えていた。

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