016 トムの助言

「考え方が間違っているってどういうこと?」


 私は耳を澄ませて返事を待つ。

 一瞬の間を置いて、スマホから声が返ってきた。


『シャロンの思う楽な商売ってなんだ?』


「え? 質問に質問で――」


『当ててやろう。作業量のちょうどいい商品を売ることだろ』


「うん」


『断言してやろう。そんな商品はない』


「えぇぇぇ」


『そもそも、作業量をちょうどよくしたいなら串焼き屋でも可能だったはずだ。何回も何回も川と町を往復していたと言うが、その回数を増やすも減らすも自分次第だろ?』


「たしかに……」


『つまり、シャロンはその気になれば楽な商売ができたのに、自分で大変な商売にしたんだよ』


「でも、お店の前にはたくさんのお客さんが……」


『そんなもの関係ない。一言“今日は売り切れだからまた後日来い”と言えば済んでいた。実際、客がいなくなるまで商売を続けていたわけじゃないだろ? なかには営業時間が終わるまでに買えなくて諦めた客もいるはずだ』


 その通りだ。

 非の打ち所がない正論である。

 だから「うぅむ」と獣みたいに唸った。


『それが人間ってものなんだよ。商人としてのし上がってやろうと思う以上、需要があれば逃すまいと必死になる。限界まで頑張ってしまうのが普通なんだ』


「串の数を減らして商売を続けておくのが正解だったのかな?」


『それでもいいが、俺は反対だ。シャロンの串焼き屋はシャロンがいないと回らない。何かの拍子でシャロンが動けなくなったら止まってしまう。そういう持続性の低い商売はやめたほうがいい。人を雇っているならな』


 イアンとクリストの笑顔が脳裏によぎった。

 たしかに彼らだけでは串焼き屋を維持できない。


「じゃあどうするのが正解なの? 正しい考え方ってなに? 教えてよ」


 トムは「ふっ」と笑った。


『楽な商売の正解はな、“楽して続けられる商売”ではなく、“投げ出しても金が入ってくる商売”のことなんだ』


「投げ出してもお金が入ってくる?」


『さっきも言ったが、シャロンの串焼き屋の場合、何かの拍子でシャロンが動けなくなったら売り上げがなくなるだろ?』


「うん」


『それだといけない。自分が何もしなくても商売が上手く回り続けて、自分にお金が入ってくるようにする。何もしないでお金を稼ぐことほど“楽な商売”なんて他にないだろ』


「そんな商売って何があるの? 私が働かないならどうやって私にお金が入ってくるの?」


『いくつかのパターンがある。一つは従業員に働かせることだ。さっき言っていたお馬鹿な兄弟とやらに働かせて、自分はふんぞり返ればいい。王都の大型店舗なんかその典型だ。商品の補充から精算まで全て従業員がやっていて、経営者は現場に出てこない』


 言われてみればその通りだった。


「でも、イアンとクリストに働かせて自分は何もしないなんて嫌だなぁ。彼らとは平等なパートナーって感じだから」


『なら事業を売ればいい』


「事業を売る?」


『商売を成功させたあと、その店を他人に売るんだ』


「そんなことをしたらもったいないじゃん! せっかく成功させたお店なのに!」


『だが、数年分の稼ぎに相当する額の大金がドカッと入ってくる。働かずしてそれだけの金が手に入るんだぜ』


「おー」


『事業の立ち上げを“スタートアップ”って言うが、中にはスタートアップ専門の商人も存在する。軌道に乗せたら事業を売却して、また別のスタートアップを始めるわけだ。そうやって成り上がった貴族もいるんだぜ』


「それ面白そう! 私の串焼き屋も……」


『無理だ。君の串焼き屋を経営するには、危険な森で働ける怪物が必要だからな。引き継ぎたくても引き継げない』


「ぐぬぬ……」


『ま、次の商売では自分がいなくても回るシステムを考えればいい。そうすれば、今回みたいに頑張り過ぎて壊れた時でも、事業売却で大金を稼いで休める』


「なるほど!」


 トムの説明はとても分かりやすかった。


「勉強になったよ! ありがとートムさん!」


『おうおう。で、ここからはセールストークだが、今度また廃業したくなったら俺に事業を売ってくれ。シャロンと違って俺は転売専門だからな。シャロンの事業を引き継いだ数日後には別の商人に高く売りつけてやるぜ!』


「うん! いいよー!」


『サンキュー! あ、そうだ、言い忘れていたけどな、シャロン』


「ん?」


『さっき俺は“投げ出しても金が入ってくる商売こそ楽な商売だ”と言ったが、そういう商売は他の奴でも真似できてしまうことを忘れるなよ』


「そっか、自分じゃなくても大丈夫な商売なわけだもんね」


『かといって、安さだけが取り柄の事業ではしんどいだけで儲からないし、事業を売却しようにも買い手がつかない』


「ならどうすればいいの?」


『真似できないよう差別化すればいい。例えば料理屋なんかがそうだ。材料や調理環境が一緒なら、理論的には誰でも同じ料理を作れる。だが、レシピや腕がなければ同じ料理にはならない』


「分かった! 大事なのはレシピだ! 腕がなくてもレシピを知っていれば作れる料理!」


『正解だ。腕がなくてもレシピが分かれば簡単に再現できる料理。それこそが事業売却で最もウケるものだ。シャロンの串焼き屋をこれに当てはめると、レシピは簡単だが腕は必要って感じだな』


「トムさんの説明は分かりやすいなぁ。勉強になったよ!」


『ま、言うは易しってやつだ。差別化は難しいが、シャロンなら大丈夫だろう。頑張れよ!』


 トムは私の返事を待たずに電話を切った。

 だから、メールで「ありがとー」と送っておく。


「なんだか燃えてきた!」


 トムの話を聞いたおかげで、今すぐ商売を始めたくなった。

 しばらく休もうと思っていたが撤回だ。


「さーて、次はどんな商売をしようかしら!」


 私がいなくても問題なく続けられ、さらに差別化できるもの。

 料理屋で喩えるなら腕ではなくレシピで差別化することが大事。


「だめだー! わからーん! 言うは易し……本当にその通りだよー!」


 どれだけ考えても閃かない。

 しかし、ここで諦めたくはない。

 今度こそ本当に本当の成功を収めてやる。


 ベッドの上で足をバタバタさせながら考え続けるのだった。

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