014 シャロンの決意

 昨日の調子から、今日の営業も上手くいく自信があった。

 屋台の数が3倍になったので、事前に250本の串を用意した。

 これを開店後にも2回転させて計750本。


 昨日に続いて今日もそれだけ売れば落ち着くだろう。

 そう思っていた。

 だが、それは大きな間違いだった。


「おーい、串はまだかー!」


「川魚が食いてぇ!」


 今日の客数は昨日の比ではなかったのだ。

 新聞や口コミの影響で付近の町から人が集まっていた。

 美味しい魚が食べられないのは周囲の町も同じなのだ。


 最初は「わりと新聞を読んでいる人がいるんだなぁ」と思っていた。

 しかし、数時間もすれば、そんな呑気な考えは失せていた。


「まだかよー!」


「こっちは片道2時間かけて来たんだぞー!」


 昨日と違って怒号が飛ぶ。

 ポンポコの町民みたいに誰もが温厚とは限らないのだ。

 特に遠方から来た人ほど苛立ちの声を上げていた。


「文句を言われても仕方ないだろ! 俺たちだって必死なんだよ!」


「なんだと! 客に向かってなんだその態度は!」


「やるってのか!? ああ?」


「やめなさい、イアン」


「だってシャロン……」


「すみません、ウチの従業員が酷い態度を。ただ、既に限界まで働いているので、その点は何卒ご理解ください」


 イアンをなだめ、客に謝り、川魚を捌き、串を打つ。

 明らかに無理があった。

 この状況を改善するには、客足を調整するしかない


「仕方ないわね……」


 私は苦渋の決断を下した。

 値札を書き換え、1本の価格を倍の1000ゴールドにする。


「たった今から値上げします! 1本1000ゴールド! はっきり言って高いです! それでも食べたい人だけ並んでください!」


 本当はこういう方法を採りたくなかった。

 利益が上がるかもしれないが、顰蹙を買いかねないからだ。

 ところが――。


「1000ゴールドなら妥当だ! 変わらず並ぶぜ!」


「今までが安すぎたんだよ! 問題ねぇ!」


 唐突な倍プッシュも何ら意味が無かった。

 私たちの利益が二倍になるだけで、過労死レベルの作業は継続だ。


 ◇


 この日に売り上げた串の数は1000本を超えた。

 役所が特別に許可してくれたおかげで営業時間を延長した。

 魚を捌くのは私だけなので、一人で1000匹以上も捌いたことになる。


 私の仕事は魚を捌くことだけではない。

 町と川を行き来しての運搬作業や、突発的な戦闘がある。

 今日の挑戦者は、先日のトラだけでなく大型の水牛もいた。


「兄者、今日も大繁盛だったなー!」


「そうだな弟よ! 大変だったが、美味しそうに魚を食べる皆の顔を見ると元気も出るってものだ」


「「がははははは!」」


 遅めの晩ご飯を食べる時、クリストたちは上機嫌だった。

 私は死んだ魚よりも淀んだ目で黙々と食べている。

 箸を持つのも一苦労なほど腕が疲れていた。


(たしかに皆の顔を見ると幸せになるけどね……)


 とはいえ許容ラインというものがある。

 今は明らかに限界を超えていた。


 通常なら、こういう時は人員を増やすだろう。

 しかし、私たちの商売ではそれができなかった。


 森の中に入って作業をするからだ。

 クリストも言っていたが、あの森は危険極まりない。

 見ず知らずの一般人を連れて行くのは不可能だ。


 では森の傍で待機させるのはどうだろう。

 私とクリストは川から草原まで魚を運び、残りを新入りに任せる。

 もしくはイアンに任せ、売り場を新入りに任せてもいい。


 いや、どちらにしても大差ない。

 川魚の下処理を手伝える人間がいなければ一緒だ。


「この調子が続くようなら決断するしかないわね」


「ん? どうしたシャロン」


 クリストがこちらを見る。

 イアンも酔っ払いトークを止めた。


「いいえ、何もないわ。明日も頑張りましょうね」


「「おう! 頑張ってのし上がるぞー!」」


 私は力なく笑った。


 ◇


 それから数日が経過した――。

 私たちのお店はというと繁盛しっぱなしだ。

 客足は衰えるばかりが増える一方で、新聞にも載りまくり。

 国外追放された元貴族令嬢という経歴もウケていた。

 今ではポンポコのちょっとした有名人だ。


「シャロンさん、サインしてください!」


「働く女性ってカッコイイです! 特にシャロンさんは素敵です!」


「大きくなったらシャロンさんみたいな女性になりたいです!」


「危険な川で作業して美味しいお魚を提供する姿勢に憧れます!」


 謎のファンもできた。

 洗ってもとれないほど魚臭い私を見て、同年代の女性が目を輝かせている。


「お疲れー! 今日も1500本! 150万の売り上げだ!」


「兄者、この調子で売りまくって川の魚を絶滅させてやろうぜ!」


「そのくらいの気概がないと商売はやってられないよな!」


「「がははははは!」」


 仕事が終わり、いつもと同じように酒場でご飯を食べていた。

 お酒を浴びるように飲む二人と違い、私はイチゴミルクを啜る。


「明日も、明後日も、これからも、こんな日々が続くのかぁ」


 落ち着かない需要に応えるため、早朝から川に行って作業をする。

 周囲の露店が閉じたあとも営業を続け、ぜぇぜぇ言いながら店を畳む。

 それが済むとここで食事をし、風呂に入ったら寝て明日を迎える。


「なんだこの人生」


「「え?」」


 悪いのは自分であると分かっている。

 更なる値上げをするとか、やりようはいくらでも思いつく。


 しかし、私にはそういったことができなかった。

 既に相場より高い串を今より値上げするのは心が痛い。

 かといって新入りを雇おうとも思えない。


「リセットする必要があるわね」


「シャロン……?」


 首を傾げる二人。

 彼らには申し訳ないが、私は決断を下した。


「決めたわ、私、今日をもって川魚の串焼き屋を終了する!」


「「えええええええええええええええええ!」」


「忙しすぎるのでもう辞める! こんな生活は楽しくない!」


 つくづく商人には向いていないと思う。

 しかし、この決断を変える気はなかった。


 この商売は繁盛し過ぎるので廃業だ!

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