004 イノシシ退治

 山賊兄弟の弟イアンは、左肩に矢を刺したまま逃げてしまった。

 あえて急所は外したというのに矢を返してくれないとは酷い男だ。


 仕方ないので矢を作り直し、改めてイノシシを探した。

 今は竹林から少し逸れた森の中を歩いている。


「ちょっと大きすぎたかなぁ」


 背負っている竹籠が気になる。

 弓矢のついでに作った物だ。

 買う余裕がないので自作で済ませた。


「この辺りにいるはずなんだけどなぁ、イノシシ」


 地図を確認する。

 イノシシの絵と危険を示すマークが描いてあった。


「ブォ!」


「いたいた! イノシシだー! って、デカッ!」


 見つけたイノシシは想像以上に大きかった。

 イノシシの平均的な体長は150cm前後と言われている。

 私が母国で狩っていた個体もそのくらいだ。


 ところが目の前のイノシシはその倍ある。

 つまり体長300cm。

 巨大も巨大、びっくり仰天の特大サイズだ。


「うひゃー! これは上物!」


 狩ればきっと大金が手に入る。

 私は意気揚々と戦うことにした。


「やっ!」


 まずは矢を射かける。


「ブオッホイ!」


 イノシシは軽く弾いた。

 巨体に相応しい頑強な皮膚をしているようだ。

 先端を削って尖らせただけの矢ではとても刺さらない。


「どうしたものかなぁ」


「ブォオオオオオオオ!」


 悩んでいると突っ込んできた。

 立ち会いは強く当たってあとは流れでというところか。


「そいや!」


 攻撃を回避するため横にローリング。

 転がりつつ矢を放ち、イノシシの目を射抜いた。

 大物を狩る時の定石は目を潰して死角を突くことだ。


「ブォオオオオオオオオオオオオオ!」


 イノシシは暴れ狂い、付近の木に突っ込んだ。

 それなりに太い幹の木があっさり折れてしまう。

 直撃すると即死は免れないだろう。


「当たらなければダイジョーーーーブ!」


 弓を地面に捨て、ナイフでトドメを刺すことにした。

 ドレスを着ていた頃のくせで裾を持ち上げながら走る。

 そうして距離を詰めると、腰のホルダーからナイフを抜いた。


「うりゃー!」


 ブスッと一刺し。

 的確に首の付け根にある急所を捉えた。


「ブオッホォ……」


 イノシシはぐでーんと倒れて死亡した。


「倒したどー!」


 血塗られたナイフを掲げて勝ちどきを上げる。

 付近の木から眺めていたお猿さんたちが手を叩いてくれた。


「さーて、解体解体っと!」


 本当なら解体作業は川で行いたいところ。

 血抜きなどを行うため、川の水で綺麗に洗い流したい。

 しかし、この巨体を引きずって川に行くのは不可能だ。


 私の握力は100kgしかない。

 できることといえば、せいぜいリンゴを握りつぶす程度だ。


 仕方ないのでこの場で作業を進める。

 動物によって細部は異なるが、基本的な解体方法は同じだ。


 まずは血抜きだ。

 頸動脈を切って血を出していく。


 普段なら同時進行で内臓の摘出などを行う。

 可食部と不可食部の選別作業も進めたいところだ。


 ただ、これほどの個体だとそうもいかない。

 寝かせて作業していることもあって時間がかかる。


 そこで今の内に腹ごしらえをしておくことにした。

 イノシシをその場に残して近くの川へ行き、手を綺麗に洗う。


 それからバナナの自生地に移って自然のバナナをいただく。

 控え目に10本ほど頬張ったら、バナナの葉を持ってイノシシのもとへ。


「血抜きも終わっていい感じね」


 いよいよ内臓の摘出だ。

 大きな個体は内臓も大きく、手を突っ込むと温かくてブヨブヨしていた。

 初めて解体作業を経験した4歳の頃は「うげぇ」と泣いたものだ。


「勿体ないけどこんなところね」


 持ち帰る肉をバナナの葉で包んで竹籠に詰めていく。

 大きすぎて可食部の肉を全て持ち帰ることすらできない。

 なので人気の高いロースと肩ロースを中心にいただいた。


 持てない分は隙を窺っているハイエナたちにプレゼントしよう。

 適当に取り除いて付近の地面にポイっと捨てておいた。


「あとは毛皮ね」


 最も価値があるのは毛皮だ。

 剥いだだけでも売れるが、それだと安く買い叩かれてしまう。

 だから、売るなら加工して『革』にしたいところだ。

 貴族の好きな高級革製品に生まれ変わる。


「この作業はなかなか大変なのよ、分かる?」


 すぐ傍で食事中のハイエナに話しかける。


「クィー! クィー!」


 どうやら私の気持ちが分かるようだ。

 余った肉を与えたからか、私に対する敵意は感じられない。


「皮を剥ぐ時はギリギリを攻めるのが大切なのよ。皮にちょっとでも脂肪がくっついていると劣化しちゃうから。でも攻めすぎると皮が切れてしまう。皮を傷つけない際の際まで攻められるのが一流なわけ」


「クィー! クィー!」


「よし、完了!」


 どうにか巨大イノシシの毛皮を剥ぐことができた。

 川で綺麗に洗ったら、加工して革にしていくとしよう。

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