2話 2ーA「間宮 歩夢」

 高校に入ってからは、勝手に繋がれていた糸が途切れたかのように多加良と千鶴は別のクラスになった。

 加えて、周囲は二人の関係性を知らぬ者ばかりだ。これまでの鉄壁はもうない。


 これまではあまり深く関わることのなかった同級生の女子と話し、時に笑いあい、時に怒らせてしまい、彼は彼なりの楽しみ方を見つけていった。


 彼のために生きたいという思いを持つ千鶴。しかし、その前提は最愛が私であること、そして最愛が私一人であること。

 だからこそ、一年生の夏、今日もまさくんの隣という居場所を失わないよう帰りを狙っていた、のに……。


「「あっ」」


 目が合った二人は声をあげる。

 それに続くものがひとつ。


「あれ? 恵莉ちゃん、今日も来たんだ」


 仲良さそうに多加良の肩に手を置くショートボブの女の子。黒髪がクールさを醸し出し、小顔と相まって女性からもモテるイメージを容易に想像できる。


間宮まみやさん、その呼び方、やめてっていったよね」

「そだっけ? でも、いいじゃん。まさるだけ許すなんて、なんだか疎外感あるでしょ」

「それもやめ――」

「まあまあ、とりあえず、落ち着こうよ」


 早くも始まる言葉のつかみ合い。


 これまでに経験のある多加良は間宮の手が離れるよう、千鶴側に出る形で二人の間に入る。


「将くん、間宮さんはあっちに待ち人がいるみたいだから、迷惑にならないように早く帰ろ?」


 そんな彼の手を躊躇なく取る千鶴。


 たしかに遠目にこちらの様子を伺っている女子生徒が二人。間宮の高身長、クールな顔立ち、何事にも怖気ない心の強さに惹かれているみたいだ。


「足立さんと田中さんだ。そういえば、昨日もいたよね」

「そうそう。だから、ね?」


 あくまで最終決定権は彼。引っ張るように歩きだせばいいのに、その部分で強さを出せないのが彼を何より大事に思う千鶴の弱み。


「ううん、問題ないよ。あの子たちには待ってもらっているだけだから。それに将はすぐに帰らないし」

「は?」


 彼の手を握る腕に力が入る。


 多加良は痛みに顔を歪めた。しかし、千鶴の黒い瞳には間宮じゃまものだけが映っていて気付かない。


「ほらっ、将からも話してほしいな。今日の約束のこと」

「あ、ああ」


 再度肩に手を置かれる。妙に間宮の存在を近くに感じ、絶対に逃げないよう圧力を掛けられた気分を味わう多加良。

 それに前方には腕を強く掴んだままの幼馴染。

 逃げ場を失った彼は、促されたままに言葉にする。


「実はさ、僕と歩夢あゆむと、あと数人で期末テストに向けた勉強会をしようって話してて」

「あゆ、む?」

「私の名前だよ。もちろん恵莉ちゃんも呼んでくれていいからね」

「うるさいっ!」


 怖い怖いとわざとらしく表情をつくる間宮に千鶴の苛立ちは止まらない。それに多加良がもう名前で呼んでいることも。


 私のときは一年経ってからだったのに。


 明確な嫉妬が初めて心の奥深くに芽生えた瞬間だ。


「恵莉、落ち着いて一回手を離して、話を聞いて。歩夢も先にあっちに行って待ってて」

「ご、ごめんね、将くん」

「はーい」


 各々が言われた通りに動く。

 ようやく痛みから解放された多加良は跡のついた箇所をさすった。


「ありがとう。それで話を続けるけど、家が近い歩夢の家でしようって話で決まったから、今日は帰れないんだ。また今度誘ってよ」

「……分かった」


 俯いて落ち込む千鶴。


 こうすれば、まだ将くんは戻ってきてくれるに違いない。これまではそうだった。誰にも取られたくなくて、その隣に他の誰かがいるのが怖いし、憎いし、嫌だし。

 だから、お願い。心のなかで願う。


 だが、今の彼は易々と意思を折らない。


「ごめん。友達との大事な約束だからさ。それに歩夢って久しぶりにできた気さくに話せる女子で、いつも余裕があって男の僕でも憧れちゃうぐらい良い子だから、恵莉も仲良くして欲しいな」


 その言葉が重く彼女の胸に突き刺さる。


 彼は今、私の行いによって縛っていたことからの反動で他の女の子を求めてしまっている。そう思い込むことでなんとかダメージを抑えながら、去り行く多加良の笑顔の先でこちらを一瞥もしない間宮を睨みつけた。



 一方で、二人が話している短い間。

 足立と田中が自分をどういう目で見ているかはさておき、好んでくれていることを間宮は理解している。


 ゆえに、持ち掛けた。


「やあ、お待たせ。あともうすこしで出発するんだけどさ、その前に一つお願いしてもいい?」


 うんうんと頷く二人。


「ありがと。お願いってのは、今日、このまま校門までいったところで帰ってくれないかって話なんだけど」

「「えっ?」」


 困惑する二人。当然の反応だ。

 自分たちは自宅に招かれた身だと思っているのだから。


「本当はね、将に相談したい大事な悩み事があって。でも、一人で誘うのもあれだから、君たちも誘ったんだ。ごめんね、騙すつもりはなかったんだけど」


 心苦しい表情をつくりながら、スラスラと謝罪の言葉を並べていく。

 元より高い好感度を持つ人間からこうも言われたら責めにくい。その悩みの重さも分からない二人にはなおさらだ。


 それを踏まえて間宮は畳み掛ける。


「もちろん、今度この埋め合わせはするから!」


 確約は得られるわけで、今日のテンションは落ちてしまうが特に大きな問題はなく、足立と田中はそういう事情があるならと引くことを選択した。

 彼女たちもまた、嫌われたくはないのだ。間宮に。


 そして、予定通りのプランを練ることに成功した間宮は満足気な笑みを浮かべる。

 この日を得るためなら一日くらいはどうってことない。

 将と二人きりの時間を一度でもつくれれば、それでいい。あとは心に間宮歩夢という種を蒔くだけ。


「お待たせ。恵莉には話したから大丈夫だよ」

「分かってくれて良かった。じゃあ、行こうか」


 そう言い、右端にいる多加良の隣を歩き、肩に手を回して連れて行った。

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