学生なのに天才警察キャリア官僚の少年が、大人じゃ解決できない難事件を解決するそうです。

ぐるたみん

01|若手政治家殺人事件

 東京都内、新高輪の宴会場。新進気鋭、与党議員の政治資金パーティーが催され、沸き起こる拍手とともに会場は熱気に包まれていた。


【大原清二郎】

「皆々様、今宵はお集まりいただきありがとうございます」


 深々と礼をすると再度拍手が鳴り響き、議員は相好を崩して笑みを浮かべ、本題のスピーチへと移る。


【大原清二郎】

「今、我が日本は大変動の時代を迎えています。中華人民共和国やロシア、北朝鮮の脅威にさらされながら、米国やEUには西側の倫理・恭順を迫られ、我々がとれる選択肢は限られております」


「しかし老人たちは自らの利権構造が秩序であると思い込み、公徳心を捨て国民を疎かにしております。我々若い派閥が党内の起爆剤となって、この日本に新たな風を吹かせる必要があるのです!」


 パチパチパチ、と五百人以上が参加するこのパーティーに大音量の拍手が巻き起こる。その多くが四十代前後と若く、ほとんどが老人で占められる大手の党内幹部のパーティーとは様相を異にしていた。


 その視線を集める先で演説をしているのが、飛ぶ鳥を落とす勢いである若手政治家、大原清二郎(おおはらせいじろう)だった。


【大原清二郎】

「新たなる秩序を!」


【聴衆】

「新たなる秩序を!」


【大原清二郎】

「ではみなさん、頑張ろぉー!」


【聴衆】

「頑張ろぉー!」


【大原清二郎】

「頑張ろぉー!!」


【聴衆】

「頑張ろぉぉー!!」


 会場にいる全員が拳を上げ、シュプレヒコールを叫ぶ。止めどなく拍手が鳴り響き、この日パーティーは大成功を収めたのだった。


 今宵の成功で、政治家としての更なる栄進を約束された大原清二郎に、元芸能人で無二の美貌を誇る、妻の大原久里子( おおはらくりこ)が寄り添うように身体を接触させる。


【大原久里子】

「清二郎さん、おめでとうございます。多くの方々に集まっていただけましたね」


【大原清二郎】

「他の幹部連中だと千人を超えるからまだまだだよ。だが、我々には次の時代を築く力がある。老人たちには一刻もはやくご退場願いたいな」


【大原久里子】

「そんなことを言って。党内でまた金橋さんあたりに問題発言だと叩かれますよ。夫がそのようだと妻としては心配です」


【大原清二郎】

「父がいるから問題ないさ。跳ねっ返りと思われても、こうやって支持を集めているのだから、目こぼしもしてくれる」


 大原清二郎の父は総理大臣も務めた党内の大幹部で、知名度を背景に地盤・看板の構築など二世として恩恵を享受している。彼にとっては利用できるものは利用し、勢いがあるのなら批判には目もくれない、そういうしたたかさを持ち合わせいた。


 そう言って控室で一息ついていると、公設秘書の千場要(せんばかなめ)がスケジュールの確認をしにやって来る。


【千場要】

「先生。今日の予定はこれでお終いです。明日は七時半に議員会館ですので、七時にお迎えにあがります」


【大原清二郎】

「ああ。千場くん、頼むよ。八時の会議、経済産業委員会には僕が出席するから。君は他の会議に代理出席しておいてくれ」


 政治家は同時刻複数の会議に出席する必要がある場合、代理を出して会議に臨む。その場合は秘書に任せるのが慣例となっていた。


【大原久里子】

「あら、出席する会議は清二郎さん肝煎りでしたっけ」


【大原清二郎】

「外為法の審議さ。本会議で可決するためにも顔を出さないとね」


 相変わらずお忙しいこと、と久里子が夫の功績を讃えるように微笑む。その妻の様子とは裏腹に、秘書の千場は清二郎の働きを慮ってか複雑そうな顔をしていた。


【大原清二郎】

「だが今日はこの後、自宅で日金製鋼の社長と少し飲むんだ。久里子さん、千場くん、もう少し付き合ってくれ」


【大原久里子】

「社長もここにいらしてくれればよろしいのに」


【大原清二郎】

「はは、それは難しいだろうね。マスコミもうるさい。パーティー券の購入はあくまでも匿名なのだから」


 政治資金パーティーに出席するためのパー券は、一定の金額以下であれば購入者の名前を記載する必要がないため透明性が低く、企業献金の抜け道となっていた。


 パー券による政界工作活動の献金行為は、第一生命保険株式会社の代表訴訟事件のようにたくさんの事例がある。


 しかしこれは法律を逆手に取っているようだが違法ではない。若い理想家の大原でも、金がなければ何もできないことを理解していた。


 清濁併せ呑むという格言は二流の人間が使う言葉だ。抜け穴を探し、潔白であると言い逃れができる状態を常に保っておくのが一流である。


 政治家として栄進するにつれ、法律は守るものではなく、理解する人間が大志のために利用するためのものだ、と大原は考えるようになっていた。


 そうして邸宅へと帰った大原は、約束していた大学来の友人である、日金製鋼社長の久水圭吾(ひさみずけいご)を家へ招き、祝杯をあげる。


【久水圭吾】

「やぁ、大原くん。パーティーは大成功だったようじゃないか、大先生と呼んだほうがいいかな」


【大原清二郎】

「いらっしゃい、久水くん。君のおかげだよ。だが大先生はよしてほしい、友人にそう呼ばれてはむず痒い」


【久水圭吾】

「友人ね。………っは!」


 なごやかに進むと思われた会合は、久水の嘲笑とともに不穏な場へと姿を変える。先程までの人懐こい笑顔とは一転し、不快そうに息を吐き、苛立ちを抑えずに肩を怒らした。


【久水圭吾】

「……裏切っておいて、よくそんなことを言えたものだね」


【大原清二郎】

「裏切り? なんのことだい」


【久水圭吾】

「私のビジネスと思想を理解していながら、君には大変失望したよ。所詮は俗物だったわけだ」


 久水が業腹の様子で眼光を鋭くした直後、一人の男が大原邸へとやってきた。


【新見良】

「……お久しぶりです、新見良(にいみりょう)です。私を覚えておいでですか、先生」


【大原清二郎】

「君は……」


 新見という男が現れ、何度か言い争いを交わした後──ドスッ!と大原の胸に鋭利な物体が突き刺され、心臓を直撃した。


 ガハッと口から血を吐き視界が暗転する。意識は朦朧とし、大原は客間の椅子から崩れ落ちた。


 迫り上がった生臭い血が鼻腔をつく。大原はそれが身体から大量に抜かれているのだと、霞んだ思考でようやく理解する。このままでは確実に死が待っていると悟った。


 致命傷となっている状態でも逃げなければと、なんとか身体を引きずり玄関へ向かう。しかし、出血によって体力は尽き、身体の自由が効かなくなる。

 もはやこれまでと頭では理解しているが、これから死の世界へと誘われる最後まで、一秒でも長くと身体は鼓動し続けていた。



【大原清二郎】

「な…んで……」


「日本の……未来を背負って立つ…僕……どうして…キ…ミ…が……」



 ────そう言い残して、若手議員の大原清二郎は息を引き取った。



 …………翌日、朝。


【千場要】

「先生。おはようございます、千場です」


 公設秘書の千場が大原邸に迎えにくる。大原へスマホに連絡を入れるが返事がない。既読にもならず訝しんだが、まだ寝ているのかと思い至り、表門を開け玄関へ向かう。


 この間にも返事がないため、待ち合わせの時間が過ぎた後、大原から預かっている鍵でドアを開けた。


【千場要】

「……。先生? 起きてらっしゃいますか」


 再度呼びかけたが、返事がない。朝遅れるような人ではないため、どうしたのだろうかと思った矢先。


【千場要】

「……!! ……ッひ!?」


 玄関口を開けて目に飛び込んだのは、先日まで一緒に過ごし、自身が尊敬してやまない国会議員。血溜まりの中で倒れ、ピクリとも動かず見るも無惨な大原清二郎の死体姿だった。


 千場はあわてて大原に駆け寄り、必死で呼びかける。


【千場要】

「先生、先生ぇ!! なんでこんな……救急車、救急車呼ばないと!」




「先生ぇ───!!」




 冬ざれを迎えた霜積む朝、秘書の縋るような叫びとともに、政治家殺しの陰謀渦巻く事件が幕を開ける──

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