第11話

 この場でさっそくの第一回ラクナ人気再興プロデュース会議が始まった。参加者はもちろんプロデューサーである僕とラクナの中の人である紫子さん、のみである。なぜならこの関係は僕たち二人だけの秘密だから!

「やはり今のVTuber業界を見るに、個人の力だけで人気を得ていくのには限界があると思うんだよね」

「ふむふむ、なるほどです! さすがプロデューサー! 勉強になります!」

 僕の講義に感銘を受けたように目を輝かせながら、紫子さんはメモを取っていく。あ、そのボールペン、ラクナが話してたやつ……学校では万が一の身バレを防ぐために使ってないんだな。うむ、なかなかいい心掛けだ。君はこれからオタクなら誰もが知っているようなVTuberになるんだからな! 僕がしてやるんだからな!

「多くのファンがVTuber同士の関係性を覗き見ることに楽しさを見出している昨今、他ライバーとのコラボ配信は必須のコンテンツだ」

「コラボ……ですか」

「うん、ラクナはそこら辺、消極的だよね。まぁ高校時代からコミュ障で非リアで友達もいなかったくらいだからコラボに苦手意識を持っているのも仕方ないけ、ど……え? 紫子さんって……別に……」

 友達いるよな? 普通に。全然コミュ障でも非リアでも陰キャでもないよな?

「あ、いや、違うんですよ、純君っ! それはキャラ付けと身バレ防止のための設定であって……!」

「あ、そうなんだ……」

 へー……あ、あれ? なんかめっちゃショックだぞ……? いや確かにもう僕はラクナのただのファンじゃないけどさ、だ、だって、ラクナの陰キャエピソードが嘘だったなんて……、

「い、いやいやいや違いますよ!? 嘘というわけじゃありませんよ!?」

「え?」

「私はもともと地味で人付き合いが大の苦手な性格なので! むしろ高校での私の振る舞いが演技なのです! 友人付き合いも苦痛なのを我慢して、ひたすら作り笑いで乗り切っている次第でありましてっ! あの人達なんて全然友達でも何でもありません! この二年間の私の生きがいはラクナとしての活動あるのみなんです! あー、特に中学時代まではそういう表面を作ることも出来ずに本当にずっとぼっちでしたから、中学時代の話を高校時代の話としてお話しすることはよくありますね! 身バレ防止のためのほんのちょっとしたフェイクですが!」

「あー、なるほど」

 そういうことならわかる。ただやっぱりそういう擬態ができる女性って得てして男にはモテるからな。そんで適当な恋人作るのが陽キャ偽装として一番手っ取り早いわけだし。やっぱり非処女なんだろうな……。

 ま、まぁ別にもう僕はプロデューサーであって、ラクナーでも彼女の彼氏候補でもないんだから関係ないけどね! 他のラクナーたちに隠せている以上、それでいいんだ!

「どうしました、純君? まさか疑ってます……?」

「いや……あ、あの、一応聞いておくけど、紫子さんって、その、経験とかは……」

「コラボ配信のですか? え、えーと、あり、ある、はず、ですが……?」

 伝わらなかった。そんで僕が葛藤を顔に出してしまったせいか、何か紫子さんも戸惑い気味だ。プロデューサーとしての立場と信頼感を守るためにも、これ以上引かせるわけにはいかない。

 僕は口ぶりを偉そうなものに戻した。

「うむ、そうだね。過去の数少ない他ライバーとのコラボはもちろん僕もチェックしているよ。正直なところ、確かにあまり上手く噛み合ってはいなかったよね」

「……はい……やっぱり親交が浅い方とのおしゃべりには苦手意識がありまして……もう記憶から消してしまいたいくらいに……」

「まぁ、そこら辺は慣れだよ。数をこなすしかないんだ。以前のコラボ配信は特別バズることはなかったけど、逆に言えば、それだけ手ごたえがなかったにもかかわらず、普段の配信と同程度の視聴回数を得られたということでもある。引きは充分あると見ていい。内輪ノリが出来上がってないというのも、新規ファン獲得にはプラスになるしね」

 内輪ノリは内輪ノリで面白いし古参ファンにとっては嬉しいものだけど、初見さんには敬遠されかねないからな。

「なるほどです! さすがです!」

「それに、新しいことをやるにしても、突然突飛なことをやるのはよくない。バズりに行ってることが見透かされて、視聴者が冷めてしまうからね。そういう意味でもコラボ配信は安パイなんじゃないかな。それに……やっぱりラクナには自然体でいてほしいんだ」

「なるほどです! いやー、勉強になるなぁ……メモメモ……」

 最後についついプロデューサー業と関係のない、多見純としての感情が漏れてしまったが、幸い紫子さんは気に留めなかったようだ。熱心にメモメモしている。可愛い。

「というわけで、大事なコラボ相手だけど、久々のコラボ第一弾は以前一度ご一緒したことのある葦原カノンさんとがいいと思うんだ。紫子さん的にはどうかな」

「あー、あしはらかのんさんとですね。言われてみれば確かに私としても……」

「うん、ラクナとしては特に絡みづらい相手だとは思うんだけど、そこで空気を読まずにグイグイ無遠慮モードで来る葦原カノンとのやりとりは、ラクナーに受けていたからね」

「なるほどです! 私としてもありがたいです!」

「よし、じゃあさっそくカノンさんにオファー出してみようか!」

「はい! 帰ってから文面を考えて送ってみます! あ、そういえば純君、一つお願いというか提案があるんですけれど……」

「ん? 何だい」

「えっとですね、もう私達はこうやってラクナとプロデューサーとして対面してお話しすることが出来るわけですから、ラクナ餅のはさみ揚げさんとしてラクナにメッセージを送るのはやめてもらった方がいいと思うんです。そこら辺の関係性を曖昧にしていると、私としても気持ちの整理をつけづらいと申しますか……」

 なるほど。それは正論だ。正直かなり寂しい気もするけど……なんていう個人的な感情は胸にしまっておくべきだろう。

「うん、当然だね。ケジメはつけるべきだからね。話があるときはプロデューサーとして紫子さんに直接連絡するし、君からもそうしてくれ」

「はい!」

 君にとっても寂しいだろうけど――そう続けようとした僕の言葉は、輝くような安堵の微笑みに押しとどめられてしまった。


      *


「伊吹さん、私思ったんですけど、コラボ配信ってのをやってみたらいいんじゃないですか? 流行ってるらしいですよ?」

「ええ……うん、まぁ……うん……」

 登録者十万人を目指すと決めた翌日。土曜日ということもあって午前中にいきなり押しかけてきた小貫さんは、ベッドでくつろぎながら変な提案をしてきた。部屋着で。いろいろ隙ありすぎだろ。普段は普段で制服っていう個人情報晒しまくってるし。舐めてるのかな? 舐めてるな、うん。まぁそっちのが楽だけど。

「なに? 急に思いついたの?」

 配信用のサムネイルを作っていたおれだったが、ゲーミングチェアに座ったままベッドの方を振り返る。小貫さんはゴロゴロしながらも、どうやらスマホで過去のラクナ配信を(倍速で)見ているらしい。

「私だって勉強してるんですー。で、この一年くらい前の、葦原カノンって女の子VTuberに出てもらった回、面白いじゃないですか。ラクナーさん達の反応も良かったみたいですし。こういうのまたやればいいのに」

「うーん……」

 ぶっちゃけ、あながち的外れな感想でもない。実際去年カノンさんとコラボしたのがきっかけでラクナの配信に来てくれるようになったカノンファンも結構いたし。あれから一年たって、停滞気味のおれと違って、葦原カノンの人気は順調に伸び続けているし。またコラボしてもらえれば新たなファンの開拓に繋がる可能性は充分ある。

 それにしても、何かこう、軽い感じで言ってくる辺りが逆に耳を傾けてみようって気にさせられちゃうよな……反抗する気も起きないっていうか。これが「本気でプロデュースして人気者にしてやるぜ!」って目をギラギラさせながら迫られていたとしたら、たとえそれが善意百パーでも、正しいアドバイスだったとしても、おれは突っぱねていただろう。何かムカつくし。ラクナに干渉されたくないし。

「何ですか、ビビッてんですか、初絡みだけは定型文連発で愛想よく乗り切れるけど期間が空いて二回目の対面の時はどういうテンションでいけばいいか分からなくてコミュ障発揮しちゃう陰キャ特有のアレですか」

「違うよ。勝手に陰キャ分析しないでよ」

 別にコラボって言っても、通話でやりとりするだけで直接顔合わせるわけじゃないからな。ラクナという仮面があれば、おれは臆せず自分を出せる。

「え、じゃあ向こうから嫌われてる感じですか? 配信見た限りそんな感じ全然ないですけど、もしかして裏でセクハラメッセージ送りまくって絶縁されました? あー、話聞いた感じ、相手リアル女子高生っぽいですもんねー、伊吹さんの大好きな」

「好きじゃねーし、てかむしろカノンさんの方から何度もコラボのお誘いもらってるよ」

 そう、あの配信直後からオファーは何回も来ているのだ。でも、おれはその度に適当な理由をつけて断っている。人気格上のライバー相手に結構失礼なことしている自覚はあるけれど、元々は一度素っ気なく断ればそれで済むと思っていたのだ。向こうももういろいろ察して二度と誘ってこないもんだと。しかし、どうやら陰キャの常識は世間様では通用しなかったらしい。いやもしかしたらカノンさんが特別おかしいだけかもしれないけれど。

 うん、その可能性は、ある。

「うん? そうなんですか? じゃあ、やればいいじゃ……って、え。もしかして伊吹さん、葦原カノンさんのあのノリが苦手だったってこと……?」

「…………そうだよ、悪いかよ」

「え、おじさんなのに?」

「おじさんだから! ラクナになって自分を出せてるからこそあの子は無理! 年下女子にウザ絡みされるのが、おれはいっちばん苦手なのっ! つまり君のことが一番苦手」

「じゃあ良かったじゃないですか。一番苦手な私で慣れてるおかげでカノンさんなんて余裕ですよ。私に比べたら楽でしょう?」

 一理あるけどそういうとこがやっぱり苦手。


「うわぁ……マジでオーケー出ちゃったよ……向こうやる気満々だよ……」

「最高の結果じゃないですか。何で自分から誘っといてドン引きしてんですか」

「……だってぇ……」

「だってじゃないです。おじさんがいじけないでください。自分で決めたことでしょう」

 そうだ、カノンさんをコラボに誘ったのは全部おれの判断だ。小貫さんの思いつきのような言葉など、ただのきっかけでしかない。全てはおれがおれのために決めたことで、責任はおれにあって……でも……!

「やっぱ気が重いよーっ! しかも何で今日いきなりなんだよーっ、心の準備させろよーっ、何でこいつこんなに前のめりなんだよーっ!」

 カノンさんからの返信は即行で来た。文面から、場違いなほどの熱量が伝わってきた。おれも勢いに押され、今日の十九時からおれのチャンネルでコラボすることが決まってしまった。

「でも正解じゃないですかね。また今度ってなったら、どうせ伊吹さんなかなか実行に移さずになぁなぁな感じにしちゃって、この話自体いつの間にか流れてる感じになりそうじゃないですか」

 言えてる。めっちゃその通り。気が進まないことこそその場で即やらないと、おれは絶対最後までやらない。

「う~~っ、仕方ないっ! 決まっちゃったものは仕方ないっ! やるぞ! 頑張るぞラクナ!」

 おれは決意表明を込めて、ツイッターで今夜のコラボ配信を告知した。

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