第4話 結局、イロコイ

 一瞬の間のあと、「「「「え〜〜〜っ?!」」」と皆が叫んだ。


 加川くんの失恋より、茨本さんの異次元間恋愛宣言より、虎枝いたどりくんの彼女いる発言のインパクトは絶大だった。

 みんなが寄ってたかって、虎枝くんを質問攻めにする。前の席の前田くんだけは、裏切られた…って顔で項垂れているけど。


 質問攻めにされても虎枝くんの口は固く、彼女さんは他校の同学年でスポーツが得意。付き合い始めたのは今年の夏の終わり…ってことぐらいしかわからなかった。

 それでもなんだか虎枝くんは、にわかにヒーローみたいに扱われて、戸惑っている。



「いやー、人は見かけによらないね。まさかあの虎枝が彼女持ちとは」


 あさぽんが感慨深げに唸る。


「どうよ、キヨカ。知らなかったんでしょ?」

「うん。知らなかった…っていうか、居ないって無意識に決めつけてたな…」


 茨本さんも面食らった様子で、なんだかぽやーっとしてる。


「ショック?」

「……うん。なんか結構、ショックみたいだ。なんでだろう。別に恋愛感情とか無いんだけど……ってか私ね、あさぽん」

「うん?」

「正直、『好き』とかって、まだよくわかんない。友達としてとか、人として好きっていうのはわかるし、憧れの対象はいるんだけど……本気の恋とか愛とかって、画面の向こうや本の中にある感じで」

「うんうん」


 いつの間にか近くの席に、加川くんが背中を向けて座っていた。全集中で聞き耳を立てていて、茨本さんは半ばその背中に向けて語りかけてる。あさぽんもそれを察知して、茨本さんを促してるみたい。


「だから、なんとなくとか、お試しみたいな感じで付き合うの、嫌なんだ。ちゃんと恋をして、相手も本気で私を好きになってくれて……って、そういう相手が現れたらいいなって」

「合コンとか、告られたノリで〜とかは嫌なんだね」

「うん。そういうのに反対はしないけど、私は違うの。今どき真面目かよ、って自分でも思うし、重たいかなとかも思うんだけどね」

「彼氏が欲しいんじゃなく、恋がしたい…と」


 茨本さんは真っ赤になって両手で顔を隠してしまった。意外とピュアなんだ。

 両手の下から小声で続ける。


「いやあの、いつか私にもそんな日が来たらいいなっていうか。ほら、うちの両親がさ、いろいろあったけど今もラブラブだから」

「そんな照れんなって。あたしもさ、両思いとか結婚とかって、奇跡じゃん! って思う。好きになった人が、自分のこと好きになってくれるなんてさ。ラブラブな両親に憧れるのも、すごいわかる」



 ─── 沈黙が落ちた。あさぽんも茨本さんも、いまだにワイワイしてる虎枝くん周辺を眺めている。


「……みんな、イロコイ沙汰が好きだねえ」

「まぁ、奇跡だからねえ」


 そういえばこの『あさぽん』も、どこか達観している感じの人だ。もちろん浮いた噂は聞いたことがない。


「あのさ、あさぽん……」

 茨本さんが、うんと声を落とした。


「ん?」

「稲生っち………」

「ん、ああ。今はトイレに篭ってる。後であたしが上手く言っとくよ」

「いいのかな、そんな感じで」

「いいんだよ。謝ったりすんなよ、誰が悪いわけでもないんだから」

「…ありがと」

「冬休みが明けたら、みんなケロッとしてるって」



 ガタン!

 茨本さんの机に、イカつい巨体で頬杖をついたこの男は ──── 出た、ヤンチャ系池内。前の席の椅子に後ろ向きに腰掛けて、イカつい顔を近づけてくる。


「ねえねえ、虎枝カノジョ持ちだって。だから俺と付き合っちゃおうよ☆」


 ほんと、懲りない奴。金剛メンタルか。


「いや、無いから。何故そうなる」

「池内ってマジで空気読まないよね」

「そこが俺のチャームポイントだから」

「はいはい」


 聞き耳を立てていた加川くんの、背中が緩んだ。ちょっと笑ったみたい。

 そっと席を立って、教室を出ていく。静かにドアを閉めてしんとした廊下を歩き、ひと気のない階段に座る。彼は冷たい壁に凭れ、赤くなった頬を冷やしながら目を閉じた。


「………でもやっぱ、好きなんだよなぁ」



 せっ、青春だぁ〜〜〜! 甘酸っぱーーーーい!



 ⚝ ⚝ ⚝



 当時のあたしは、心の中でこう呟いたものだ。


─── パパ、ママ。私もこんな青春送ってみたかったよ……


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