第31話 隠し要素





 牛魔獣はまだ二人に気付いていない様子だ。どうする、ここから跳躍して果たして気づかれる前に間合いに届くだろうか、少年の懸念は万が一に空中に逃げられることだ。対空攻撃の手段はあるにはあるが、オットーの前では披露できない。初見の魔物ゆえ、どれだけ素早いかが判らず、確実性に欠ける。先程のオットーの話にもあったように逃がすわけにはいかない。被害が更に広がる可能性がある。


 あれこれ悩んでいるゼルにオットーは手を翳し、制止した。その顔にはここは任せろと語っている。なら、と一歩下がるゼルを確認したオットーは大きく息を吸った。


凍咬結フロストバイトッ!」


 凍てつく冷気は空気中の水分すら凍らせた。景色に白い靄がかかったのは決して気の所為じゃないだろう。パキパキっと静かに忍び寄る冷気の蛇はすでに牛魔獣の身体に絡みついていた。オットーは風魔術を発動させる暇も与えず、牛魔獣を氷漬けにした。


「これであの牛魔獣は仕留めたも同然だ。悪いな、俺のスキルは広範囲で細かい指向性を持たせ難い。寒くないか?」


「す、凄いですッ!何ですか、今のスキル?氷魔術ですか?」


 振り返るオットーは驚いた顔を見せた。スキルの副次的効果を気にしての発言だったが、喜々としているゼルに逆にオットーが困惑した。


「お、おぅ………今のは氷魔術の一種だが、俺のは技系のスキル『凍咬結フロストバイト』で、これしか使えない。氷魔術使いは他にも色々使えるし、この技も使えるが、技の精度と威力に関しては断然俺の方が上だ。ただのスキル『氷魔術』で『凍咬結フロストバイト』を発動させるともっと周りに影響がでる。ってかお前寒くないのか?」


「いえ、全然。それにしても、凄いですね。氷魔術なんて初めて見ました」


 未だ喜々としてはしゃいでいるゼルをオットーは怪訝な表情を向ける。ある程度指向性を持たせて魔物を氷漬けにしたとはいえ、放たれた冷気は大気を通じて、周りの気温を一気に下げた。凍えるまでしなくても、肌寒さを感じても可怪しくない。ただし、発動した本人は寒さを感じていない。


「これは非公式で探索者組合もダンジョン教会も正式には認めてないが、スキルには隠し要素があると言われている。例えば、今の俺のスキル『凍咬結フロストバイト』を発動したが、俺自身はそれによる寒さを感じていない。これは恐らくスキル『凍咬結フロストバイト』には冷気耐性や耐冷機能などの大元のスキルにあった別のスキルが一緒に付与されていると考えられている。当然、鑑定機でそんな表示は出ないし、確固たる証拠があることでもないが、そう考えるのが妥当だ。じゃないと、発動した本人が凍え死ぬなんて間抜けな事態になる。寒さを感じないってことはお前のスキルもその類か?」


 急に真剣な口調になったオットーは先程の団長語りとのギャップが凄まじい。スキルの隠し要素に関してはゼルも小耳に挟んだことがあった。スキルとは総じて強力な力を持ち、頑強な魔物相手に有効であると同時に、守るべき人間も傷つける威力を持っている。強大なスキル自体に人間の肉体が付いていけず、逆にダメージをもらってしまう、自傷込みでの攻撃など有用性に欠ける。しかし、多くのスキルが使用者本人へはスキルの副次的効果を与えない。強力なスキルを補う肉体強化があると考えるのが自然なことだった。


「僕は寒さに強くて、ちょっと鈍感なんです………」


「………」


 押し黙るオットーを見て、気まずい雰囲気が流れる。しかし、ゼルのスキルは『拳闘士』で通している以上、余計なことは喋れない。『拳闘士』にも肉体強化の補助スキルはあるとされているが、耐冷スキルではないことは確かである。あまりにも関係なさ過ぎる。


 ゼルが読んだとされる魔物系のスキル書『ドラゴン』。ドラゴンに必要な様々な身体的特徴を補うスキルが多数存在していても可怪しくない。ドラゴンが寒さで凍えている姿など想像できないからな、そう考えれば今のゼルはスキルの恩恵で寒くないのだろうが、そんなこと口が裂けても言えない。とりあえず、適当に誤魔化すしかない。


「まぁ、いい。そんなに拘ることでもない。とりあえず、あの牛魔獣は放っておいても大丈夫だ。暫く凍っているから団長達へ報告に戻ろう」


 納得よりは諦めに近い表情のオットーは来た道をもどり始めた。ゼルも急いでその後に付いて行く。前を歩くオットーの声音は団長語りより幾ばくか低かった。


「悪いな、任務中に夢中で喋ってしまって………でも、嬉しかったんだ、お前も聖騎士団の団長に憧れて騎士を目指していることに」


 ゼルは静かにオットーの話を聞く。何も言わないし、余計なことも考えない。ただ、彼の話に傾聴した。


「最近は聖騎士団の入団希望者が少なくなっているんだ。組織に属して規律ばかりの騎士より何にも属さず自由気ままな探索者に憧れる奴が多くなったんだよ………別に探索者を否定するわけじゃないが、街や人々を守っているのは聖騎士団だ。その団員をまとめて、人々を導く強い光である団長に俺は強く憧れているんだ」


 ゼルはオットーの瞳を見た。この眼は知っている、強い羨望が宿った眼だ。強い憧れは強い意志を生むが、時に脆い。現実と理想のギャップに心折れそうになるかもしれないが、結局は一歩、一歩近づいていくしかない。偶像がいつまでも目の前にチラついていて、脳裏から離れなくても、憧れと現実をすり合わせていくのは本人しかあり得ないからだ。


 偽りの身である今のゼルにはオットーの熱意に合わせる言葉は持ち合わせていないが、気持ちは同じだった。目指す先は違えど歩むべき道は同じと感じた。

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