第三幕:白面の亡霊⑤

「見事だ」

「やはり人ではなかったか」

 一人だけ戦闘態勢を崩さなかった天晴が、豪刹の姿を見て唸る。

 釣鐘から現れたのは、未だ煙を燻ぶらせる機械の体を持った機人。

「どおりで殴った感触がおかしかったわけか。カラクリ?」

 人でなかったことに納得し、律は再び戦闘態勢を取る。

「カラクリなどと木偶と同じにするな」

 崩れた面頬の奥から輝く単眼を覗かせる豪刹の傲岸不遜な声が聞こえる。

「脆い肉体を強靭な機械へ変えたまでのこと」

 機械の特徴的な声にも関わらず、人を不快にさせる。

 人間が全身を機械化した完全機人だ。恐らくは、あの単眼の奥には溶液に入れられた唯一の肉体である脳みそがあるはずである。

 欠損した腕や足を機人化する者は見たことがあるが、全身を変えてしまう、ましてや自らの意思で完全機人と化した者など、天晴は見たことがない。

「我の挑んだこの戦い。お前たちの勝ちだ」

「三人がかりではあったがな」

 ふざけるような軽口を叩く天晴だが、豪刹は大まじめだ。

「最初にそれを認めたのは我。文句を言う資格はない」

「なんと、武士道か」

 その心意気に感心する天晴だが、豪刹は「だが」と続けた。

「こちらにも使命がある。武人としては負けたが、烏夜衆として任務を遂行させていただく!」

 言うやいなや、彼の胴部が開口し、中から回転式連発銃が現れる。それは火薬式ではない、内部のエネルギーを濃縮して火球を高速で連射する仕組みだ。

 無数の火球が、大気を震わせるほどの連射音とともに放出される。

 ろくに反応できなかった絶を律が、錬を天晴が担いで身を翻す。

「武人が聞いて呆れるわ!」

「ほざけ、勝利こそが全てだ」

 天晴と律は火球を躱しながら身近な場所に隠れる。そこで担いでいた二人を降ろして様子を窺うが、その勢いは衰えそうにない。

「弾切れと言う概念は無いのか!」

 天晴はぼやきながら無明を鞘に収める。機械の体なら、斬るよりも叩き潰した方が効果的だ。しかも、無理に斬りつければ刃が痛んでしまう。

 火球は寺を一層破壊していく、流れ弾が避難した者達に当たるかもしれない。のんびりはできない。

 律とタイミングを合わせるように、目配せをし、一気に両側から飛び出した。

 豪刹の照準は甘く、一気に距離を詰めると天晴は無明を振り上げる。

 反応できない豪刹の顎を捉え、その巨体を浮かばせた。同時に律が滑り込み、連発銃の銃身を抱えると、気合十分に圧し潰し、引っこ抜いた。

 ポッカリと開いた胴体の奥に発光した動力源。律の振り抜く拳が真っすぐ胸の真ん中を突き上げた。

 重たい体が浮かび上がるほどの威力に鎧は完全に砕かれるが、動力源を守る機人の胴は耐え抜いた。

「砕けろ」

「お前がな」

 もう一撃を、と踏み込んだ律だが肩口から焼けたような痛みが走る。豪刹の背から何本も腕が生え、それぞれに刀を持っている。その一本が彼の肩口から斬り伏せたのだ。

 千手無双。

 咄嗟に身を固くし、防ごうとするも、深く斬り付けられた肩からは鮮血が噴きあがる。

「ぐう」

 痛みに悲鳴を噛み殺しながら、律は用意していた二撃目の拳を振り抜いた。力を退くことにではなく、反撃のために使った。

「バカな」

 その拳は見事に豪刹の体を吹き飛ばし、亀裂を生む。

 だが、そこまでだった。

 受けた怪我は致命傷ではなくとも深く彼の体を傷つけている。それ以上の追い打ちはできない。万事休す。一人であれば。

 何とか倒れることを耐えた豪刹の目前に、天晴が飛び掛かる。

 不意を突かれながらも、豪刹の腕は応戦。それを弾き、打ち落とし、捌く。

 そして絡め取った腕から刀を奪い取ると、天晴はニッコリといやらしく笑った。

「相手の武器を奪うのはいい。雑に使える」

 不敵に笑む天晴は両手でしかと持ち、振りかぶると躊躇なく振り下ろした。

 剣先はまさに神速。

 刃で防ごうと掲げた豪刹の武器、腕ごと見事両断し、左の肩口から入った刃は動力源を通り、右の脇へと抜ける。剣の威力は衰えず、振り下ろされた先の地面を抉り轟音を立てて土煙を上げた。しかし、その刀は天晴の振るう剣圧に耐え切れずに、砕けていた。

「こんなことが……まだよ。まだ我が負けたわけではない!」

 崩れ落ちる豪刹の単眼が一層輝いたかと思うと、頭部が伸びた。

 否、頭部と脊髄に当たる機器が勢いよく飛び出したのだ。

 大きく開かれた口内には、白銀に輝く無数の牙が並んでいる。あんなものに噛みつかれれば、肉はおろか骨ごと咬み千切られるだろう。

「くっ」

 頭は真っすぐ天晴へ。砕けた刀では対応できない。

 牙が目前まで来た時、脊髄が引っ張られ頭部が止まった。

「往生際が悪いぞ」

 律が脊髄を宙で掴んでいた。そして、そのまま勢いをつけて頭部を地面に叩きつける。

「ま、まだ、負けぬ……」

「くどい!」

 途切れ途切れながら言葉をまだ発する豪刹の頭部に、律の拳が貫いた。

 地鳴りのような音を立て、頭部が潰れ砕ける。その隙間からは、溶液と豪刹の脳が流れでていた。

「勝利のために己が肉体を捨てた男の執着とは、かくも恐ろしいものか」

 動かなくなった豪刹を見下ろす律は、うすら寒く感じながら呟いた。

 戦闘が終わると、錬が絶を連れて、こっそり顔を覗かせる

「も、もう、終わりましたか? ホントに終わりましたか? 動きませんか?」

「おう、多分大丈夫だ」

 天晴が鞘で豪刹の体を小突きながら答える。

 初めは警戒していたが、本当に動かないと分かると、錬は律の元へと駆け寄り、傷の手当てをし始めたが、律がそれを制止する。

「この近くに豪刹の仲間が潜んでいるかもしれん。すぐにこの場を離れなければ」

「ダメです。せめて止血だけでもしなければ」

 錬の強い口調に律は思わずたじろぎ、諦めて応急処置を施される。

「こんな化け物のような者に狙われるなんて……。しかも、お寺に方々を巻き込んでしまった」

 手早く治療をする錬がしみじみと呟く。

「そなたのせいではない。この豪刹とやらは、どうやらわしらを追ってきたようだしな」

「どちらにしても、私がいては危険なことには変わりないこと」

 そこへ避難していた者達も姿を現す。

「住職様、お師匠! お怪我は? すみませんでした。私のせいで」

 近づいてくる僧侶と老婆(恐らくは薬師の師匠)に、錬は頭を下げる。

「拙僧は大丈夫。あなたに怪我はありませんか」

 傷が痛々しいがぎこちなく笑う僧侶。

「はい。でもお寺が。みんなも」

「元々、古い寺なので建て替えようと思っていました。村の者も幸い、死者は出ていません」

「早く怪我の手当てをしないとですね」

「そう……ですね……」

 僧侶の言葉が続かない。その表情は、何かを言いづらそうにしているようにも見える。隣の薬師も視線を伏せていた。

 何が言いたいのか。それは奥にいる村人の目を見れば分かる。

 恐怖に怯え、腫れ物でも見るような視線。錬に対して負の感情はない。しかし、命を脅かす原因となる存在への忌避の目。

 確かに我が身可愛さに妖狐を売り渡すような軽薄な事はしたくない。しかし、そのせいで白面の亡霊や烏夜衆などの化け物が襲ってくるのだ。

 これは理屈ではない。

 恐れる彼らを誰が攻められるだろうか。

 村人の間では話が決まっているのだ。錬には出て行ってもらう。

 それを伝える役に僧侶と薬師が選ばれた。

 錬もそのことを察して言葉を詰まらせ、目を伏せる。

「申し訳ない、錬殿。これ以上は……」

「もし、住職」

 僧侶の言葉を遮るように、天晴が割って入る。

「今回は誠に災難だった。今後、自分らの手だけで暮らすのは一層苦しくなりそうですな?」

「は、はぁ。まぁ、そうでしょうね」

 意図が分からず、僧侶が戸惑っていると、天晴は続ける。

「では、救援が必要になりますな。そうだ、この錬を圷砦へ向かう俺らと同行させてはどうだろうか」

「え?」

 錬が素っ頓狂な声を上げるが、僧侶は少し考えて口を開く。

「ここにいる者達を助けてもらえるよう、錬殿に使者となってもらう、と?」

「道案内が欲しいし、医療の知識も心強い。そうだよな。絶よ」

 振り返ると絶は仰々しく頷いている。

 僧侶は何度か口を開くも何も言わずに閉じてから、ただ「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 天晴の提案はどちらにも角の立たない。寺側も厄介者がいなくなり、錬も追い出されたのではなく役目のために出るだけ。結果は同じだが、発生する感情が違う。

 錬もようやく意図を理解して、顔をくしゃくしゃに歪めながらも笑顔を作る。

「心して、みんなのために圷砦へ向かいます。必ず、支援を得てまいります!」

 みんなに顔を見られないよう、彼女は頭を深く下げた。

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