第二幕:守護縛鎖の拳④

   三


 天晴が自分達の宿に着いたのは、大通りの亡者による騒ぎが落ち着いた後のこと。

 襲撃者の鎖を解除するのに手間取った。

 入り口に着いた時には、何かがあったとこは理解できた。

 サムライが警戒するように立っている。天晴らが泊まろうとしていたのは高価な宿ではない。場違いだ。

 サムライは天晴を視認すると「中でお待ちです」とだけ言って道を空けた。

 覚悟を決めるしかない。絶を取られた可能性がある以上、行かない選択肢がない。それに、相手が真っ向から会う気でいるのに、それを無下にしては失礼だ。

 天晴は片笑むと無明を手に、宿へ入り、二階へ上がる。

 自分達の荷物が置いてある部屋の前にもサムライ。街で天晴らを見ていた者だ。

「絶よ。戻ったぞ」

 襖越しに天晴は声をかけると、絶の小さな声で「大丈夫じゃ、入ってくれ」と返ってくる。

 天晴は大きく息を吸い込み、意を決して襖を開いた……。

 座卓には向かい合って座る絶と豪華な着物の女性。

 天晴は開けた襖をゆっくりと閉じる。

「天晴。何をしているのですか。早う、こっちへ」

 襖の向こうから声を発したのは、絶ではなく女性の方。

 天晴は素直に「はい」と返事をして、しずしずと部屋へと入り、居ずまいを正した。

「これは、久しぶりですな。このような場所で会うとは、お元気そうで何より……姉上」

 天晴には珍しく苦笑いを浮かべている。

 突然、実姉に会ったのだから驚かない方が無理な話である。

 姉の名は皇羽(こう)。彼よりも二つ年上で、頭の上がらない数少ない相手の一人だ。幼い頃より武芸に秀で、男勝りの性格。天晴もよく泣かされた。すでに嫁いでおり、家を出ているため、本当に久しぶりの再会だった。

「何をそんな所で固まっているのですか。もっと近くへ来なさい。茶も淹れてありますよ」

 手招きをされ、素直に座卓へと寄ると、皇羽のゲンコツ、グーパン、言い方はいろいろあるが拳が顎を捉える。彼女の攻撃は、その細腕からは考えられないほどの威力だった、天晴は「グエッ」と小さな悲鳴を漏らして引っ繰り返る。

「まず、なんですか、そのみすぼらしい格好は? しかも、おもちゃのような刀を持ち歩いて。まるで浪人のようではないですか!」

「風来坊の手前にはお似合いの恰好かと」

 ヘラヘラ笑う天晴に、皇羽は頭を抱える。

「それで、なぜ姉上がここに?」

 顎を摩りながら、天晴は話題を変える。

 皇羽は大きくため息を吐く。

「私の護衛を務めている者が、あなたに似た者を見たと申したので確認しに来たのです。なかなか扇喜に顔を出さぬと伎雲(きく)が心配しておりましたので、どこかで油を売っていることは思っていましたが……まさかこのような所にいるとは」

「伎雲坊が……姉上は扇喜からの帰りですか」

「ええ、私用で篁に寄ったのですが、かなり雲行きが怪しくなったので引き返して藩を出るために双木に来たのです。それで、絶殿が式神に襲われている所に遭遇し、助けた」

「式神? 噂では亡者と聞きましたが?」

「亡者に似せた式神でしたよ。間違いありません」

 視線を向けると絶も頷いている。

「式神と聞いて思い出したのじゃが、烏夜衆に青幻(せいげん)と呼ばれる陰陽師がおったはず。恐らくはそやつの仕業やもしれぬ」

「なるほど、陰陽師か。これはまた厄介だな。本体を探すのに骨が折れる……アダッ」

 思案する天晴に再びゲンコツが飛ぶ。

「いきなり、何をするのですか!」

「何が厄介ですか! 絶殿から経緯は聞きました。あなたは何をしているのか分かっているのですか?」

「だからと、殴らなくても良いでしょうに」

「殴らなければ分からないでしょう。良いですか? 私が殴りたくて殴っているとでも? あなたを殴りつける度、姉の繊細な手はあんた以上に痛いのです」

 絶対にウソだ。

 まず繊細な手がどこにあるのか、岩すら砕きそうではないか。そして何よりも、間違いなく殴られた天晴の顎の方が痛い。

 だが、そんなことを言えば、再び鉄拳を見舞われることは分かり切っている。天晴は仰々しく「おっしゃる通りです」と言うのみ。これが長年、弟として過ごした処世術でもある。

「先ほども絶殿に説明しましたが、篁は非常に不安定な状況です」

「いや、それは分かって……」

 天晴の言葉を「黙って聞きなさい」と遮り、話を続ける。

「藩主の正嗣殿、その嫡男の正尚殿が亡くなり、次男の正代殿は百鬼の役を終えたばかりで不在。正嗣殿の私生児である泰虎殿が次期藩主に名乗りを上げ挙兵しました。それに対し多くの家が反発し、その旗印となったのが正嗣殿の弟、五百旗秀嗣殿です」

 分かりやすいようにゆっくりと説明する。

「これまでは小競り合い程度でしたが、ついに秀嗣殿が本格的に反対勢力を根城である圷砦に集め始めました。それに伴い、泰虎勢も兵を動かし、圷峠へ向かっているとのことです」

「近いうちに両軍がぶつかる、と?」

 天晴に問いに、皇羽は渋い顔をしながら首肯する。

「お家や藩の問題は、その家、藩の者で解決する。無関係な藩の者が関わることは、御公儀の定めにて禁じられていることです。あなたも重々、承知のはずです」

「ええ、もちろんです」

 天晴の目が泳ぐ。

「何はともあれ、この藩は危険です。巷の噂では、正嗣殿と正尚殿の死も、泰虎殿が毒を盛ったなどと言われています」

「そのようなことは、絶対にありませぬ!」

 皇羽の話を遮るように、絶が声を荒げた。

 皇羽と天晴は驚いて目を丸くする。そんな二人の様子に気付いて、絶は顔を真っ赤にして目を伏せた。皇羽もさすがに言いすぎたと「あくまでも噂である」と再度付け加えた。

「それよりも、問題はあなたですよ。天晴。今回の行為は完全に法度を違反しています。いいですか、あなたは家を継ぐ身でありながら、その自覚が足りません」

「家督ならば、伎雲坊が継げばよろしい。その方が周りも喜ぶ」

 弟の我が儘に天を仰ぐ。

「あなたは、またそんなことを。継承のことは置いておいても、今回のことがバレればタダではすみませんよ。お家にも……」

「その時は、潔くこの腹掻っ捌いて、扇喜の都を練り歩き、将軍殿の口に俺の臓物を突っ込んで死にますよ」

「潔くない!」

 まったくもって滅茶苦茶を言う天晴に、皇羽はため息を吐く。

 いつだってこの弟は危うい冗談を口にする。しかし、実際にそれをやりかねない度胸と実力を持っていることも知っている。

 睨みあう姉弟に、絶は割り込むこともできず、見守ることしかできなかった。

「絶殿、少し天晴と二人で話をさせてもらえませぬか。護衛のサムライを付けます故、一階で甘味でもいかがでしょうか」

 絶に拒否権はなかった。

 ろくに返答もできず、部屋の外に控えていたサムライに連れられて部屋を出る。

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