5. 理不尽な時間切れ
この白い空間に来てから、どれくらいの時間が経過しただろうか。おそらく、五時間は経過している。キャラメイクの制限時間は六時間だというのに、だ。
「おい、まだか!?」
「も、もう少しだから! あと、ホントにもう少しだから!」
「さっきも聞いたぞ、その台詞……」
すでに、この空間には俺と御使い男しかいない。どうやら、キャラメイクが完了した者から個別に異世界へと転移する方式になっているようだ。愛莉と玲那も既に異世界へと旅立った。俺のことを心配して、待つと言ってくれたが、気にせず先に行くように言ったのだ。付き合わせても意味がないからな。
御使い男は、あいかわらず端末を手に唸っている。どう見ても修正作業が上手くいっているようには見えない。果たして、いつまで待てば良いのか。
愛莉たちにアドバイスをするときに、端末を見せてもらったので、ある程度内容は把握している。大枠のビルド方針も固まっているので、キャラメイクにはそれほど時間がかからないだろう。とはいえ、それも端末が使えればの話だ。
「おい、本当に制限時間内に修正作業は終わるのか? というか、キャラメイクの時間は延長してもらえるんだろうな?」
相手は御使い。とはいえ、ここまで待たされれば、敬意を払う気にもなれない。乱暴な言葉で問うと、御使い男の肩がピクリと跳ねた。
「おい!」
「いや~……。制限時間を僕の一存で伸ばすことはできないんだよね!」
「笑顔で誤魔化そうとするな!」
無意味に良い笑顔を浮かべる御使い男に、苛立ちが募る。殴りつけたいという衝動が湧き上がるが、そんなことをして修正作業が遅れると最悪だ。
「とにかく、作業を進めろ!」
「できた! もうできたよ! ちゃんと間に合ったでしょ? まだ時間は……げっ!」
ちょっと待て。何だ、今の「げっ!」というのは。
「まさか……」
「あはは。だ、大丈夫、大丈夫。戦闘職業は何かしら設定されるはずだから!」
問い質す時間すらなく、俺の周囲にキラキラと輝く光の粒が飛び交いはじめた。これは転送の前兆。つまり、俺はキャラメイクの時間を取ることが出来ずに制限時間を迎えてしまったのだ。無責任なことを言う御使い男を今度こそ殴りつけたいところだったが、転送途中のせいか体の自由が利かない。
(おい、待て! 嘘だろ!? 絶対許さないからな、糞野郎!)
せめて罵ってやろうと思ったのだが、声も出ず、それすら叶わない。結局、転送処理が完了するまでに俺が出来たのは、御使い男を睨み付けることだけだった。
転送された先は、洞窟の中らしい。俺の周囲だけは石畳が敷かれ、篝火がたかれている。これだけ整えられているところをみると、転生者は皆、この場所に送られてくるのだろう。
それはともかく。
「マジかよ。俺のキャラメイク、どうなったんだ……」
状況の確認すら放り出して、俺はその場に
御使い男は“戦闘職業は何かしら設定される”と言っていたが、それならばその他の項目はどうなるのか。能力は最低でスキルもない状態なのだとしたら最悪だ。
「とにかく、どんなビルドになったのかだけでも確認しておきたいが……」
肝心な確認方法がわからない。御使い男の説明を思い出してみるが、それらしきことは何も言っていなかったように思える。そもそも、奴は修正作業に追われて、ろくな説明をしていない。この世界のことも、ほとんど分かっていない状態だ。
「あれ? まだ、人がいたのか。えっと、何をしてるんだい?」
内心で御使い男への呪詛を吐いていたところに声をかけられた。声の主は、20代くらいの男性。黒髪に黒い瞳。見た目で判断するならば、俺と同じ日本人に見える。おそらく、ご同輩だろう。
彼は洞窟の入り口の方から歩いてきたようだ。蹲ったままの俺を不思議そうな顔で見ている。
「……いえ、特に何も。あなたは?」
何ごともなかったかのように立ち上がり、尋ね返す。目の前の男性がどういう素性なのかもよくわからない以上、自分の弱点となるような話をするわけにもいかない。
「僕はハルヨシだ。あえて言うなら君の先輩、かな。ここにいるのは、新人を案内するためのボランティアのためだね」
ハルヨシと名乗った男性は、そう言って、微笑を浮かべている。
彼の言葉が事実ならばとてもありがたい。だが、全面的に信用しても良いものか。ひょっとすると、転生してきたばかりの人間を狙う初心者狩りという可能性だってある。そんなことをするメリットがあるかどうかは不明だが。
「警戒しているみたいだね。用心深いのは探索者としては悪くないよ」
疑いの目が露骨にならないように気をつけていたつもりだが、彼にはお見通しだったようだ。それでも、目の前の男性は笑顔を崩さない。むしろ、微笑ましいと言わんばかりの視線を向けてくる。
彼の言う通り、自分の行動が間違いだとは思わない。が、ここまで見透かされると。自分の行動が子供じみたものに思えて、少し気恥ずかしくなってくる。
「失礼しました。状況がわからないものですから」
「いや、気にしなくていいよ。ホント、それくらいでちょうどいいからね。気を許すのは信頼できる仲間くらいにしておいた方がいいよ」
男性――ハルヨシさんの顔に一瞬暗い影が過ぎる。おそらく、何らかの辛い経験があったのだろう。ゲームのようなファンタジー異世界とはいえ、実際には楽しいことばかりではないということだ。ここはあくまで現実なのだから。
とはいえ、ハルヨシさんはすぐに気を取り直したらしい。その顔に、再び、人好きのする笑顔が浮かんだ。
「それはともかく。普通はこんなことしないんだけどね。今回の転生者は何故か詳しい説明を受けないままこっちに来てるみたいだから、有志で簡単に説明しているんだよ」
なるほど。それでわざわざこんな場所で待ってくれていたのか。
やはり、本来は転送前に色々と説明を受けているものなんだな。あの、御使い男、本当に役に立たない奴だ。
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